第五一回 謝意
「フハハハハハッ! ぐうの音も出まいっ!」
「……」
というか、確かに緑色の髪ではあるが、かなり明るいような。あれじゃ薄緑色だ……。
「どうだ、びびって声も出せないか!?」
「「「「「ケケケッ!」」」」」
「……愚か者……」
「ハハハッ……へ?」
俺たちがまったくびびらないどころか、愚か者なんて幼女に言われたからか、カルファーンが目を丸くして露骨に動揺してるのがわかる。
「コーゾー様、あの人魔女じゃないです。存在自体よく知らないんですが、おそらくハーフゴブリンの方かと……」
「……やっぱりな」
アトリの《マインドウォーク》は敵の種類さえも見分けることができるからこれで確定だな……。
「……バッ、バカなことを抜かすな! 俺様は間違いなく魔女だ! ほら、髪の色をよく見ろ!」
自分の頭を指差して必死にアピールするカルファーンだが、シャイルたちがクスクス笑うくらい効果がなかった。
「ええいっ、そこ、笑うなっ! 誰がなんと言おうと俺様は魔女なんだー!」
「「「「「そうだそうだ!」」」」」
「……黙れ……」
「は、はいぃっ! ……って! なんで俺様が幼女ごときにびびらなきゃならんのだ!」
「……ただの人間だったらすぐに殺していた。一つだけ訊ねる。何故魔女の振りをしていた……」
魔女の声は弱々しかったが、それ以上に怒気が籠もっていて迫力があった。そうか。薬草採取のついでだったかどうかはともかく、山賊が魔女の振りをしていたということは、魔女の品位を貶めるようで彼女にしてみたら許せないことだったのかもしれない。
「……だ、だから、俺様は魔女だと何度言えば……」
「《エル・ブレイズ》」
帽子を脱いだと思ったときには魔女の詠唱が完成し、沼地から炎が勢いよく噴き上がった。
「ま、魔女だあああぁぁっ!」
「本物が出やがったああ!」
「「「「「逃げろおおぉぉ!」」」」」
「お、おい! お前たち、子分のくせに俺様を置いていくな! 俺様は魔女なんだあぁ!」
「……それ以上魔女だと言い張るなら、この炎をそっちに向かせてあげる……」
「……本当にごめんなさい。俺様は魔女じゃないです。魔術師の格好をしてるだけの、ただのハーフゴブリンです……」
涙目で土下座するカルファーン。あっさり陥落したな……。
「……何故……魔女の振りをしていたのかと聞いている……」
「……だ、だって、勝手に怖がってくれるから楽だもん……。それに、最初に勘違いしたのは人間のほうだし……。だってほら、俺様はハーフゴブリンだし、地毛が緑色でしょ? おまけに、子分どもと違って背も高いしイケメンだし……お願いです、ちびりそうだからこれ以上睨まないでください……」
「……ほかの種族を騙るとは……お前たちにはプライドがないのか……うっ……」
とうとう魔女が倒れてしまった。気を失った証拠に炎も石の絨毯も消えたことで、俺は彼女の体を抱きかかえた。……って、いつの間にかカルファーンがいなくなってる。逃げ足速すぎだろう……。
俺たちは早速、依頼用だけでなく神父や魔女、それに鑑定師クオルを治すための薬草を採取することになった。沼地の薬草がどんなものかはシスターから聞いていたし、アトリもルコカ村の道具屋でまとめて購入したことがあるそうなのですぐに見つけることができた。さらに帰る途中で木材を回収してギルドに運び、報酬を受け取る頃には周囲はすっかり夕暮れに染まろうとしていた。
あれだけ貧しかったのに、もう合計で2550グラードもある。色々ありすぎて正直疲れたが、得るものも多い日だった。
とはいえ、休んでる暇はない。午後六時の鐘が鳴る中急いで宿まで魔女を運び、道具屋から教えてもらった処方通り、水と火の魔法で薬草を煎じて飲ませるとすぐに教会に向かった。目が回るような忙しさだが、苦痛よりも充実感のほうが上回っていた。
「――あっ、ありがとうございます。勇者様……この御恩、決して忘れはいたしません……ううっ……」
教会でリットン神父に湯薬を飲ませたあと、シスターにボロボロ泣かれながら感謝されて戸惑う。厳しそうな人だったから意外だった。飲ませて間もないのに、目に見えてリットン神父の顔色がよくなっているのがわかる。
「本当によかったです……! シスターさんも凄く心配してたんですよ……」
「はい……ひっく。ターニャさん、あなたにも酷いことを言って申し訳ありませんでした……えぐっ……」
「あ、謝らないでください! 自分が失礼だっただけです……!」
何気にシスターとターニャが手を取り合って和解している。これで心配することはもう何もなさそうだな……。
「……あ……思い出しました……! コーゾーさん、ちょっと……」
そこでターニャがはっとした顔で耳打ちしてきた。なんだ……?
「――何……?」
彼女によると、昼頃教会の周りに怪しげな男が二人いたらしい。山賊かと思って特徴を聞いてみたが、二人とも村人のような軽装で、頭に布は巻いてなくて耳も尖ってなかったとのこと。今はいないが、しばらくその辺をうろうろしていたそうだ。どうもきなくさいな。怪しまれないように村人の格好で様子を見てるっぽい……。
「アトリ、ターニャと一緒にここで見張っててくれ。すぐ戻る」
「コーゾー様はどうされるんですか?」
「……魔女の様子を見ようと思ってな。もし目覚めてるなら、いなくなる前にお礼を一言でも言っておきたい」
「……わかりました……あのっ……」
「ん?」
「な、なんでもないです……」
アトリ、何か言いたそうな顔だった。
「アトリ、ちゃんと言わなきゃ伝わらないわよっ」
「そうですわよ、アトリ様……」
「そうなのだ、アトリ!」
シャイルたちはニヤニヤした顔で何を言ってるんだか。アトリは顔を赤らめてるし、妙な空気だ……。
「……もうっ、そんなんじゃないです。コーゾー様に気を付けてほしくて……でも、口に出すと不安にさせてしまいそうで……」
「……あ、ああ、わかったよ。ありがとう、アトリ」
「はいっ」
アトリが心配する気持ちもわかるが、どうしてもお礼だけは言いたいんだ。薬草を採取できたのも、魔女のおかげでもあるんだからな……。




