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第四五回 病


「着きましたぞー!」


「……あ……」


 気が付けば馬車は停まっていた。揺れにも慣れて、いつの間にか眠ってたみたいだ。アトリたちも気持ちよさそうに寝ていて、まだ起きる気配はない。


「ここがルコカ村か……」


 正直、イメージしていたものとは大分違っていた。徐々に盛り上がっていく斜面に添って弓なりに家々がぎっしりと立ち並び、一番の高所に教会があるのがわかる。地形そのものが城壁になっている、そんな村だ。


 山奥の村というから、もっと寂れたものをイメージしていたが全然違ってて、むしろ山岳都市といってもいいくらいだった。夕陽を浴びて赤くなっている。


「――はっ……」


 お、アトリがようやくお目覚めだ。慌てた様子で起き上がった。


「も、申し訳ありません、コーゾー様。召使いの立場なのに……」


「いや、あれだけ子供たちと遊んでたんだししょうがない」


「ありがとうございます……」


「あんまり気持ちよさそうに寝てたから、むしろいいものを見せてもらったよ」


「……」


 照れ臭そうにそっぽを向くアトリがなかなか可愛い。


「あ! もう着いたんですねっ!」


 ターニャも起きてきた。相変わらず元気一杯だ。


 熟睡していた様子のシャイルたちを起こして、早速俺たちは頂上にある教会へと急いだ。途中で鐘が鳴り出したが、ジョブチェンジは六時までとはいえまだ間に合うかもしれない。なんせターニャの知り合いの神父もいるわけだから、多少遅れたとしても許してもらえるはずだ。




「――申し訳ありませんが、神父様はお会いできません。理由も外部の人間には話さないように言われています」


「……え……」


 よし、ギリギリ間に合ったと思った矢先、俺は厳しそうなシスターの発言がショックで固まってしまった。しばらく教会の入り口付近では鳴り終わった鐘の音の余韻と、俺たちのせわしない呼吸音だけがむなしく響いていた。それだけ必死に走ってきたからな……。


「では、この辺で失礼しますね……」


「待ってください!」


 出入り口のほうに進み出したシスターの前にターニャが血相を変えて回り込む。


「お願いです、会わせてくださいっ!」


「だから、それはできませんと言ったはずですよ? おわかりになりませんか?」


「それがダメなら、せめて理由だけでも!」


「だから、できませんと何度言わせ――」


「――おおっ、やはりこの声、ターニャじゃったか……」


「し、神父様!?」


 シスターが驚いた様子で振り返った先には、祭壇のほうからよたよたと杖をついて歩いてくる老人の姿があった。丸い黒の帽子を被り、ゆったりとした白いローブを纏っていて、胸元まで真っ白な顎髭を生やしている。祭壇の右後ろに扉があり、惰性で閉まろうとしていることから、おそらくそこが神父のいた部屋なんだろう。


「あ……! リットンさーん! こっこでーすっ!」


 ターニャが飛び跳ねて手を振ってる。


「そこ! 神父様のお知り合いであろうと、聖堂内では暴れないようにしてくださいっ!」


「は、はいぃ!」


「――まあまあ、久々なんだ。わしに免じて許してやってくれ」


「は、はい、神父様……」


 神父が俺たちのすぐ近くまで来て、シスターが苦い顔で黙り込む。というか、このリットンという神父、額にはっきり見えるほど凄い汗の量だ。大丈夫なんだろうか……。


「リットンさん、なんだか具合が悪そうですけど……!」


 いや、物凄く悪そうに見えるぞ。シスターが恐ろしい形相でターニャを睨んでいる……。


「本来なら、立っているだけでも大変なのです。神父様、お体に障るのでどうかお戻りを……」


「……あ、そ、そうだな。向こうで話を――」


「――神父様!?」


 俺たちに背中を見せて弱々しく歩き始めたリットン神父だったが、まもなくうつ伏せに倒れてしまった……。




 祭壇の右後ろにある狭い部屋、その片隅にある小さなベッドに神父は横たわっていた。何度シスターが手拭や光魔法を使っても、汗が滝のように溢れ出てくるのがわかる。シスターによると彼は風土病にかかっていて、しばらく絶対安静が必要らしい。


「無理をしたからです……。変な小娘のせいで……」


 介抱しながら愚痴を言うシスター。まだターニャに対して怒っているようだ。


「よさぬか……。おそらく勇者のジョブチェンジのために来たのだろうが、この体では無理だ、すまんな……」


「そんな、謝らないでください、リットンさん! 私こそ事情をまったく知らなくて……」


「そこっ! いい加減黙っててください!」


「は、はいっ……!」


 こういう状況なのもあって、ターニャはすっかり小さくなって俺の後ろに隠れてしまってる。神父はいつの間にか眠った様子で、大分汗も落ち着いてきた。


「あ、あの……シスターさん、神父様はどれくらいで治るんですか?」


 アトリが恐る恐るといった様子で話しかけると、シスターは柔らかい表情で振り返ってきた。


「……絶対安静は前提として、一週間が山です」


 シスターの返答は重い沈黙を呼び込んだ。一週間が山ということは、その間に乗り切れる可能性はあるが、そうでないときは死ぬということだろう。


「シスターさん、なんとかならないんだろうか?」


「……厳しいですね。風土病は一流の法術師様でも治せないそうです……。唯一の治療法は、ここの東方にある沼地周辺にしか生えない薬草を煎じて飲ませることくらいでしょう」


「え、じゃあそれ使えば治るってこと?」


「本来は毒を消すためのものですが、激しい痛みにも効く万能な薬草で、煎じて飲めば半日ほどで治るかと思います。ただ、採取するのは厳しいでしょうね。沼地周辺は山賊が頻繁に出るため、かなり前から供給が断たれている状況ですから。しかも、その頭領は魔女だそうです……」


「……なっ……」


 山賊の頭が魔女なのか。そりゃ厳しいわけだ……。

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