第四一回 苦手
「自分はまだ鑑定師としては未熟者ですが、なんとか師匠の意志を引き継ぎ、コーゾーさんやアトリさんに貢献できるように努力します!」
「ああ、俺からもよろしく頼むよ」
「私からもお願いします」
「ちょっとちょっと、ターニャとやら、あたちたちには一言もないわけ?」
「妖精の肩を持つわけではありませんが、わたくしたちの後輩になるわけですし、一言くらいはあってもいいと思いますわ」
「そうなのだー!」
早速シャイルたちがちょっかい出してる。ターニャが純粋そうだからって……。
「あ、あの、えっと、みなさんはなんていうんですか!?」
「シャイルよっ」
「リーゼですわ……」
「ヤファなのだ!」
「よろしくですっ! あの、覚えきれないのでもう一度お願いしますっ!」
「「「はあ……」」」
シャイルたちは一様に困り顔で押され気味になってる。こっちが思ってる以上にターニャはやり手なのかもしれない……。
「……あった。ターニャ、お前これ持っていけよ」
グレッグが倉庫から分厚い本を取り出し、青い顔のターニャに渡した。辞書をさらに厚くしたようなやつだ。
「ええ……これは……」
「お前の苦手な古代言語で書かれた辞書だよ。これを完璧にとは言わねえが、ある程度読めるようになるくらいじゃないと師匠のクオルさんには近付けねえぞ」
「うう……」
……やっぱり辞書なんだな。ターニャが凄く重そうに両手で抱えてる。
「ターニャ、ちょっと中身を見せてもらってもいいかな?」
「あ、はい! いいですよっ!」
「……」
ターニャが開くところを見せてもらったんだが、びっしりと解読できない言語で埋め尽くされていた。『マジカル・キャンディ』だったか、魔法屋のオーニングテントに添えるように書かれていた異世界言語と一致している。一ページでさえ解読するのにかなりかかりそうなのに、それが八百ページまであるんだから、全てを読み切るには途方もなく時間がかかりそうだ……。
「読もうとするだけで《解読》の経験値は上がっていくんだから、一日五分でもいいから読めよ」
「は、はい、グレッグ兄さん!」
へえ、つまり読もうとするだけで、そのうち鑑定師の術のレベルは上がるってことなんだな。てっきり読み解かなければいけないのかと思っていた。
「《解読》が3レベルになる頃には古代言語ももっとすらすら読めるようになるだろうし、そうなりゃ《精霊言語》を覚える日だって近いだろうよ」
「はい!」
「《精霊言語》ってどんな言語なんだ?」
「ああ、それはな――」
「――グレッグ兄さん、自分が説明します!《精霊言語》は古代言語、すなわちコーゾーさんから見た異世界言語の元になったもので、もっと複雑な言語なんです。だからまずは古代言語を《解読》できるようになる必要があります。それを普通に読めるようになれば、《精霊言語》も自然とわかるようになるっていう仕組みなんです!」
「へえ……」
「ただ、《精霊言語》は読めるようになるだけじゃなく、正確に発音できるようにならないとレベルは上がらないそうです!」
「大変なんだな……」
「ですですっ!」
これらを全て極めている鑑定師クオルがいかに凄いかがわかる……。
「みなさん、クオルさんは俺が診るから、妹のターニャのことをよろしく。ご覧の通りかなりのアホの子だけど、いい子だから仲良くしてやってくれ!」
「仲良くしてくださいっ!」
「あ、ああ……」
アホの子と言われてるのになんともまぶしい笑顔だ……。
「もちろんですよ、みんなもターニャと仲良くしましょうね」
「「「はーい!」」」
概ねターニャはアトリたちにも好評っぽい。この子の明るい性格ならすぐ馴染んでくれるだろう。
……お、鐘の音が鳴り出した。もう正午ってことか……。
――というワケで、近くのレストランで昼食を取りつつ、今後のことをみんなで話し合うことになったんだが、食事も終わる頃に先にジョブチェンジをしようと俺が言い出したところで、ターニャの表情が見る見る暗くなるのがわかった。
「あ、あの教会には行かないほうが……」
「ターニャ、なんでだ?」
「悪い噂があるんですよー……」
「……どういうことだ? 詳しく説明してくれ」
「はいっ! なんでも、有力な勇者さんとつながっているとか。特にコーゾーさんのような凄い方だと目の敵にされる恐れがあります……!」
「……なるほど」
「ターニャさん、目の敵にされたらどうなっちゃうんですか?」
「はい……! かつて、あそこでジョブチェンジした有能な勇者さんが行方不明になったという噂がありまして……。それに、グレッグ兄さんも知り合いの憲兵さんから注意したほうがいいって言われたそうです。あそこの神父さんは平気で賄賂を貰うそうですし、たまに来る司教さんは子供の頃から悪童として有名な方だったらしいです……!」
「……」
俺はアトリたちと向き合った。みんな不安そうな顔をしているのもわかる。教会が凶の方角であることからも、大人しく避けたほうがよさそうだ……。
「でも、ジョブチェンジが遠のくな……」
「そこで提案があるんですが、自分の知り合いの神父さんがいるルコカ村に行くのはどうでしょう!」
「……アトリ、知ってるか?」
「はい。確か近くにあるテイナ山の奥のほうにある村だったかと……」
「……」
知らない地名が連続で出てきちゃったな。地名を覚えるのは苦手なほうだし、忘れないうちに覚えておこう。ルコカ村、ルコカ村。テイナ山、テイナ山……。
「年齢も80歳ですからそんなに高齢ではないですし、とっても優しいんですよ!」
「……そ、そうなんだな」
……なんだか不安になる年齢だが、アトリの所属していた騎士団の団長は70歳だったらしいし、長命な魔女もいるこの世界で80歳は大した年齢じゃないのかもしれない。
「行ってみるか」
「ですね」
「行きましょう! ……あ、これ苦手な味だったので、食べたいなら差し上げますよっ!」
ターニャがシャイルたちの欲深い視線に気づいたようだ。一つの皿の上に魚がほぼ丸々残っている。結構抉るように見られてたから、やっとではあるが……。
「ターニャ……あたちの奴隷にしてあげるっ」
「いえいえ、わたくしの子分にしてあげますわ、ターニャ……」
「じゃああたいはターニャを部下にしてやるのだ!」
「う、嬉しいですっ! さあどうぞ!」
「「「わーわー!」」」
シャイルたちが挙ってターニャの食べ残した魚料理を食べ始めたんだが、あっという間に骨だけになった。凄い食欲だ……。
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本日の更新はこれで終了です。
明日の連投で第一部完了します。
評判が良ければ第二部を始めたいと思いますので
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