第三六回 耐える者
「……もー、ダメ……」
鑑定屋『ディープ・フォレスト』前の大行列の中央付近、セリアは湧き上がってくる眠気を必死に堪えていたが、限界が近いことがわかって雄士の肩に寄りかかった。
「ちょ……」
「ねえ、ユージ様、膝枕して……?」
「な、なんで僕がっ……」
雄士がその場から離れたため、セリアは地べたに倒れてそのまま寝てしまった。
「ったく。こんなところで寝やがって……」
ロエルが呆れ顔でセリアを背負うようにして起き上がらせると、凄い形相で雄士を睨みつけた。
「ユージ、お前自分の立場わかってんのか……?」
「……た、立場? 勇者でしょ……」
「確かにそうだけどよ……もし固有能力がしょぼかったら、下働きとして死ぬまでこき使ってやるからな……」
「そ、そんなこと言わないでくれよ、ロエル……。ミリムも同じ意見なの……?」
「はぃ、ミリムもロエルさんと考えは同じですよお。そうですねえ、毎日便所掃除でもさせてあげますねえ。あうあう……」
「お、ミリムそりゃいいな。潔癖症のユージにぴったりの仕事じゃねえか」
「……ぼ、僕が毎日便所掃除……? おぇぇ……」
見る見る顔が青くなる雄士。
「……ユージ様はあたしが守る……」
「……ひっ……?」
いつの間にかセリアが四つん這いの状態で雄士の背後に回り込んでいた。
「お、おいセリア、起きたのかよ……」
「寝ぼけちゃってるみたいですねぇ」
「ちょ……!」
危険を感じて逃げようとする雄士だったが、既に足を掴まれていた。
「た、助けてええぇぇ!」
セリアを引き摺って右往左往する雄士の様子に、周囲から笑い声が上がった。
「「はあ……」」
ロエルとミリムはいずれも弱り顔だ。その原因はセリアたちだけでなく、行列にもあった。
「……それにしても長いな」
「まだまだかかりそうですねぇ」
「この行列にあのおっさんとアトリがいたら面白いんだけどな」
ロエルの鋭い目が周囲に向けられる。
「……ロエルさん、まだ探してたんですかあ?」
「俺は結構執念深いほうなんだよ。行列もそうだけど、通り過ぎてくやつらも見てたよ。今のところいねえけど……」
「早くお雑魚さんたちが見つかるといいですねえ……」
「だな。地獄を見せてやる……。てか、ここで仮に見つからなくても手は打ってあるけどな」
「それは楽しみですう。あうぅ……」
「……涎垂らしてるぞ、ミリム」
「はっ……お雑魚さんの上げる悲鳴を想像して、つい……」
残虐さでは、ミリムは決してロエルに負けてはいなかった……。
◆ ◆ ◆
俺たちのやるべきことはわかっていた。前代未聞のジョブに就くため、全ての属性魔法を5まで上げることだ。
それを達成するにはどうしたら手っ取り早いかを話し合った末、俺たちはブルーワームのいる北のフィールドに向かうことにした。魔女が去ったことが影響したのか、冒険者らしき者の姿もちらほら見えるが、ほとんど洞窟に向かっている様子だから取り合いにならなくて済みそうだ。
アトリが言うには、ただ魔法を出しっぱなしにするだけより、それでワームを倒したほうがより早く上がるらしい。
「――《スラッシュクイッケン》!」
俺の出している風魔法に反応してワームが迫ってきたが、アトリが深い傷を負わせて、俺がとどめを刺す形になった。最初に風魔法を出した理由は、前回のこともあるので、万が一のときのためにとアトリが提案してきたからだ。風魔法のレベルが高ければ、ブルーワームが大量発生した場合でも強化した風魔法で仕留めることができるという。
しばらくして手鏡を確認すると、もう風魔法が5になっていた。こりゃ凄い。アトリの言う通り、これでとどめを刺したことが良かったっぽい。5にもなると結構威力のある風が出てきて、巨体のワームが吹っ飛んでいくほどだった。
光は5だし火はもう5どころか8になってるから、あとは水、地、闇、無を5にするだけだな……。
「ブルーワームは水属性なので水魔法が効きません。なので地からいきましょう。とはいえ風魔法のように効かないので、レベル3になってからとどめを刺してください」
「あ、ああ……」
アトリ、本気モードだな。目が怖い……。
早速地の魔法で手負いのワームを倒そうとしたわけだが、これが本当にきつかった。地魔法でとどめを刺すようになったのはレベル3からだが、攻撃に集中しても小石が水晶の杖の先に幾つか現れて弱々しく飛んでいくばかりなのだ。なんか、これだと物理攻撃をしてるだけのように見えてしまうが、アトリによれば魔力でできてる石だからちゃんと魔法攻撃にもなっているという。
レベル4になったあたりで、拳くらいの石が勢いよく飛んでいくようになって楽になり、そこからはスイスイ上がってすぐ5まで到達した。
次は無ってことで無魔法を出したままにしてるんだが、どうも実感が湧かない。というのも、無というだけあって目に見えないからだ。
ただ、それでワームたちが相変わらず集まってるのでちゃんと出てはいるんだろう。レベル1や2だと時間がかかるということで、出し続けて3にしてから弱ったワームに無魔法を浴びせることになった。
「……」
俺の前で、手負いのワームの胴体が曲がっていく。見えない手で絞められているかのように……。殴るのをイメージすると、ワームの頭が凹んだ。念動力のような感じか。なかなか面白いなこれ。時間はかかるもののちゃんととどめを刺すことができた。そうして、あっという間にレベル5になった。
「あたちの!」
「わたくしのです!」
「あたいのだ!」
ブルーワームを倒し続けることでわかったことがあるんだが、たまに小さな丸い粒のようなものが落ちてシャイルたちが競うように拾い集めていた。
アトリによるとこれは魔力の粒(水)といって例の魔法の飴玉や、ポーション、属性武器等の材料になるのだそうで、ギルドで依頼があったときのためにも集めておいたほうがいいらしい。ポケットのあるリーゼやヤファはともかく、シャイルはどこに収納してるのかと思いきや、自分の影の中に入れていた。少しくらいなら入るらしい。あまり入れると自分が入れなくなるとのことだが。
「コーゾー様、次は闇魔法のレベルを上げましょう」
「ああ……」
さすがに疲れてきたが、もうあとはこれと水魔法だけだから我慢できそうだ。杖の先に黒くて丸い塊が現れる。小さなブラックホールみたいだ。
「綺麗ね……」
さすがは闇の妖精シャイル。うっとりと闇の塊を見つめている。リーゼとヤファは少し怯んだ様子だが……。
「わたくしはちょっと怖いですわ……」
「あたいも怖いのだ……」
「ふんっ。感性が残念だからそう見えるのよ」
「「わーわー!」」
「あんまり騒ぐとご飯抜きにしますよ」
「「「はーい……」」」
シャイルたちの騒ぎはアトリの鋭い一言で収まったが、ブルーワームたちの発生はとどまることを知らなかった。しばらく出し続けて闇魔法がレベル3になったことを伝えるも、アトリがいつも以上に弱らせているところを見ると一筋縄じゃいかなそうだ……。




