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闘技大会 その2

 私達の行動制限が解除された。と同時に前方から大きな音と共に一発の銃弾が私目掛けて飛んでくる。どうやらその部分だけ射線が通っていたらしい。


「っ!」


 私はそれをどうにか体をひねって躱す。だが二撃目が続けざまに私を襲う。

だが、今度はそれをオグロが杖で弾いた。


「そっ」


「そ」


 ありがとう。それほどでもない。そんな会話を交わし、私達は木を背にする。

しかし、あの射線がギリギリ通るって場所を相手はよく見つけたものだ。


「そ」


「そ?」


 オグロから相手は相当な強敵かもしれない、という忠告を受ける。

確かにそうだ。あれ程の技量、相当なプレイヤーでは実現できる訳が……いや、違うか。


 スキル、【狩人の目】。視界内に捉えたモンスター(PVPの場合はプレイヤー)を一定時間マーキングし、遮蔽物を通してでも視認可能にするスキルだ。

私達が木の陰に逃げ込もうとしていた時、相手から私達が見えない筈なのに銃撃は綺麗に私達を追ってきていた。


 であればそういう事だろう。

……でも、森フィールドでそのスキル持ちかぁ。相当不利だねこれ……。


 マーキング時間は一回のスキルにつき15秒。本来のスキルはマーキング時間がもっと長いのだが、PVP用に調整されてこの時間になっている。


 それまで待たなければいけないのがじれったい。


「そ?」


「そ!」


 とはいえ、待たなければ蜂の巣にされることは確定だ。銃(イグニスさんが持ってる奴)の一発辺りのダメージはまあまあ低いが、それでも驚異であることには変わり無い。私達は作戦の確認をして、15秒きっかりを待った後に駆け出した。


 作戦は簡単だ。真っすぐ行ってぶっ飛ばす。以上。

相手の一人は少なくとも遠距離武器を持っている、という事が割れている以上こうするしかないだろう。盾役なら『銃弾ティル』か何かで遠距離武器を担いだ奴を倒せばいいだけだし、仮にもう一人がアタッカーだとしてもオグロに防いでもらっている間に後衛を殴れば良い。


 私達は森を相手の居たであろう初期地点に向かって最短距離で突っ走る。

そして視界が開けた先で見たものとは――。


「止まれ!…………えっ?」


「イグニスさん!?」


 えっ何やってるんですかここで。


 私達は硬直した。

向こうも私達に銃口を向けたまま硬直している。


 ……あれ?というか、イグニスさんはいるけどもう一人のプレイヤーは?


 ――殺気!

私は殺気を感じた方角に指輪代わりにはめていた『グロースシルト』を展開する。

カンッと音を立てて、何かよく分からないものをグロースシルトは防いだ。

何これ?と思っていた矢先にそのよく分からないものが火を吹く。


 まさか……これ。


「そっ」


 私はオグロに相手のありえないパーティ構成を伝える。

いや、うん。色物枠に一組はいると思ってたけどさ。当たるのが早いよ。


「罠に鍛冶師だと!?正気か!?」


「……いや、トラちゃんがやろうって言うから」


 先程私に当たったもの。それは『フレアトラップ』だ。

罠師が作れる罠の一種で、このPVPにはアイテムはその職業専用のアイテムしか持ってくることはできない。つまり相手は罠師の見知らぬプレイヤーと鍛冶師であるイグニスさん、つまり生産職の二人ということになる。よく128位以内に入れたね。


「というかトラちゃんって誰?」


「私だよ~」


 声のした方に目をやると、前にどこかで見たことのあるようなアバターが木々の葉っぱの中から顔を出した。

……んん?あー、イグニスさんのリア友か。確か結構前にどっかで会った気がする。


「やっほー。じゃ、そろそろ続き始めていい?」


「あ、はい」


 閑話休題。

私達は武器を構え直す。


「はっ!」


 銃弾……いや、既にレーザーと化している銃撃が私に襲いかかる。だが、それが私に当たることはなかった。レーザーはヘイト奪取スキルを使ったオグロに吸い寄せられて、消える。


 『銃弾ティル』をそのどさくさに紛れてこそっと放つが、それは見透かされていたのかイグニスさんは小さな動きでそれを躱す。銃弾ティルは奥に生えていた木にめり込んだ。


「――!0.3秒後上空2mに『スロウトラップ』投擲!」


「あいあいさー」


 オグロと戦っていたトラさんがその指示に従ってトラップを一つ上に放り投げる。

それは私が銃弾ティルにくっつけておいた『流星メテオール』が呼び寄せた隕石に当たり、降り注ぐその動きを少し遅くさせる。


 えぇ、なんで気づけたのあれ。

少しだけゆっくりになった隕石の着弾地点は微妙にずれ、丁度私達とイグニスさんを隔てる壁となる。

……ただ防ぐだけじゃなくて、逆に利用するとは。イグニスさん恐るべし。


「そ!」


「そっ!」


 ならばまずはトラさんを片付けるだけ。私は何かのスキルを使って木々を渡り歩くトラさんを追った。


――――


「右だ!」


 どこからともなく聞こえてくるイグニスさんの声にトラさんは従って右の木の枝に飛んだ。

その為に、事前に置いておいた『爆弾ヘルツ』が避けられる。


「降りろ!」


 再度聞こえてきたイグニスさんの声にトラさんは従う。

ヘイトをオグロが稼ぎ、〈植物〉の銃弾ティルでガチガチに周囲を固めて動けなくしたのにもかかわらず爆弾ヘルツの爆発は躱された。


「そ!?」


「そ……」


 分かる。分かるよオグロ。

なんだよあれ、って言いたくもなる。

《宴会芸》スキルから派生するパッシブスキル、【やまびこ】。それによって多分遠くにいながらも声を届けているんだろう、多分。


「そっ」


 だとしてもおかしい。正直、【狩人の目】があったとしてもここまで動きを読み切ることは不可能な筈だ。

イグニスさんのやってることは半分未来予測に近い。どうしてこんなことが……。


 ――いや、まさか。

……でもこの前の戦争の時も初心者とは思えない程の指揮力を誇ってたし、年齢もあの声の具合からしてそうだろう。だとしたら……ありえるかもしれない。


 そう――イグニスさんが、本当に未来予測に似た能力を持っている可能性だ。


 それは親から軽く教わった事だが、過去――それも私が生まれる数年前。自分の思い通りで望むままの遺伝子を持った子供を産むことができる技術が完成されたのだ。

その技術は隠蔽され、一般の私達が使うことはできなかったらしいが。


 だがまあなんやかんやあってその技術は封印された。しかし、その封印されるまでの過程で何百人かはその技術を用いて作った子供が産まれてしまったらしい。

そしてその子供達は「デザイナーベビー」と呼ばれ、発展した科学技術の是非を問う格好の的となったらしいけど……。


 そして、今のような半分未来予測に近い能力。これはデザイナーベビー特有の能力の一つだ。

いや、私の親から軽く教えてもらっただけだからよく分からないけど。


 だとすると……これ、相当な強敵だぞ。

というか、この闘技大会にイグニスさん以外のデザイナーベビーが混ざってる可能性もあるかもしれない。イグニスさんは生産職だからまだいいけど、もし戦闘職だったら……。末恐ろしい。


「そ!」


 くっ、完全に判断を間違えた。

先に狙うべきは機動力の乏しいイグニスさんからだったか。


 私達は踵を返してイグニスさんを探し始めた。

しかし、この動きもイグニスさんに予想されていたようで。私達の退路には大量にトラップが仕掛けられていた。軽く一歩前に進んでみたが、それだけで槍が突き出てくるトラップに引っかかってHPをゴリっと持って行かれた。


 ……まずい、完全に手玉に取られてる。

下手に戻ることはできない。かといってトラさんを追いかけ続けていても不利になっていくだけだ。

どうすれば良い……?


――【闘技大会一日目深夜:生産部門】――


 時は戻って、ゲーム内で三日程前。

私はメルクの突拍子もない発言に思わず聞き返した。


「累計ランキングで1位を取るの?本気で?」


「ええ」


 メルクは表情を変えずに頷く。あんまりメルクは冗談を言わないタイプの人間だ。本気で取るつもりなんだろう。……でも、どうやって累計一位を取る……というより維持していくんだろうか。もう目玉の回復薬ポーションないけど。


「何か策はあるの、メルク?」


「勿論。秘策があります」


 そしてメルクはいつものように不敵な笑みを浮かべた。


「私達は多分、この世界に現存するであろう回復薬ポーションの空き瓶の半分ほどを集めました。また、集めた900本ほどの内500本は細工師ギルドから頂いたものです。多分、細工師ギルドにはもう在庫はないでしょう」


「うん」


 500本はパッと聞いた感じ多いかもしれないけれど、実際このゲームのアクティブプレイヤーの総数を考えれば塵レベルだ。

メルクは続ける。


「そして100本はNPCから頂いたもの。つまり残る300本程度がプレイヤー達から頂いたものになります。ですが――」


「それは氷山の一角に過ぎない、ってこと?」


「はい」


 なるほど。確かに、このゲームの市場機能でざっくり調べた感じ一日に500本程度は回復薬ポーションが出回っている。回復薬ポーションのドロップを狙った金策もあるし、それは結構メジャーな金策だ。というか私達もやった。


 まあつまりメルクの持つ策とは、まだ入手できていない回復薬ポーションの空き瓶を今回の一件で手に入れたネームバリューで入手しようということだろう。


「でもさ、それって策っていうか……ただのゴリ押しじゃない?」


「いいえ。これは一つの前段階に過ぎません。私の秘策は――」


――――


「……それ、本気?」


「勿論です」


 メルクが話してくれたのはかなりブッ飛んだ策だった。

果たしてその策がうまくいくのかは分からないけれど、累計一位を取ろうとするのならやらねばならない賭けなんだろう。


「メルク。私は乗った」


 正直あんまりやりたくないのだが、累計1位を取りたくなっちゃったし。許せ、皆。


「……!」


 メルクの顔がぱあっと明るくなる。いやメルクの顔って言っても口元くらいしか見えないけど。


 まずメルクの立てた秘策の前段階として、私達は集められる限りの空き瓶を集めなくちゃいけない。

私達は集められる限りの錬金棟の生徒、「錬金術師の研究日誌」に所属している錬金術師に空き瓶を集めてもらうことをお願いし、いつもの錬金部屋へと向かった。


――――


「やっぱり空き瓶は高くつきますか……」


 闘技大会よりも前、私達が回復薬ポーションの空き瓶を集めだしたことは周知の事実となっている。

そしてそれが回復薬ポーションの材料である、ということは既に気づかれていたのだろう。


 だからこそ、私達は逆に空き瓶が回復薬ポーションの材料ということを大々的に明かした。

これで回復薬ポーションを自分達で作ろうと勤しむプレイヤーやギルドが増えるだろうが、彼らが製法を発見するであろう頃にはメルクの秘策を発動できる。


 そして次に、私達は掲示板やSNSで回復薬ポーションの値上げを決定した。空き瓶の価格が高騰してきているのだ、しょうがないだろう。


 そして屋台の売上で得たゴルドを総動員させて(勿論空き瓶購入用のゴルドは取ってある)、現在市場機能で出回っている回復薬ポーションを買えるだけ買い占めた。


 これで、回復薬ポーションを入手する為には低確率のドロップに頼るか私の屋台で買うかしかなくなった訳だ。


「ふふふ……」


「くくくく……」


 メルクと私の顔が愉悦に歪む。

楽しくなってきた。市場機能において出回っていた回復薬ポーションは私達の屋台の影響もありかなり安く、また個数も結構減っていたので買い占めは容易かった。

1個3000ゴルドのものを大体300本ほどだろうか。


 それとなんとか休憩時間の間に作ることに成功した自家製の回復薬ポーションが100本弱。

これで在庫は400本だ。これだけあれば、私達は累計1位を余裕で取れる……筈だ。


 昇り始めた朝日が景色をパッと明るくさせていく。


「限定販売200本です!」


 1本辺り1500ゴルド。私達は回復薬ポーションを「材料費が高くついたため」として値上げした。

嘘ではない。実際に空き瓶の価格は上がっているのだから。


 また、いくら1日に500本程度が売り買いされると言っても、転売目的等を除けば実質1日300本程度しか回復薬ポーションが新たにこの世界に生成されていない計算になる。


 これでは空き瓶の供給が闘技大会における回復薬ポーションの需要に耐え切れるハズがない。なんせ前の1日で900本売れたんだし。

だから限定販売、ということにした。

うん、パッと見どこもおかしいところはないよね。


 何故か市場機能から回復薬ポーションが消え去ってる、ってこと以外は。


 当然、掲示板では値上がりに文句を言う輩もいた。というか直接文句言ってくる奴もいたし。だけど、その程度別に問題ない。

私は心の中で呟く。


 ――この程度で文句を言ってたら、死ぬよ。

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