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闘技大会 その1

「タイミング、これで良かったかな……」


「問題ないですよ、バッチリです」


 私は屋台の戸棚の下に身をかがめてメルクと話し合う。

掲示板を見つつ年表登録の機会を測っていたが、多分このタイミング以外に登録のタイミングはなかった筈だ。


 掲示板以外のSNSサービスでも回復薬ポーションを売る店がある、という情報は広まりつつある。

ここで年表に登録するのが最善だったかどうかは分からない。だが何か回復薬ポーションを売っていてチーターだどうの言われるのは嫌だ。


 という訳で私達の店が認知されてきたタイミングで年表に登録した次第である。

そして、その効果はほどなくして現れてきた――。


――――


「メルク!今並んでる人の前から三人目とシエルから前に二人、三人目は二回目来た人!」


「了解です!」


 結果。物凄いことになった。そして順番待ちも凄いことになった。


 このゲーム、何故かこのイベント中に屋台で物を売り買いする時はウィンドウを介して取引を行うことができないのだ。アイコンをタップしたらそれがインベントリの中に、といった具合いにはならない。屋台の場合は何故かアイテムを手渡ししなくてはならないのだ。(通貨はデータだから流石にできないけど)

いや、そういうところでリアリティとか出さなくてもいいから。ウィンドウで取引させてよー!


 パラケルススさんとシエルら錬金棟の生徒は列の誘導に出向いていて、メルクは基本二回目並んできた人をどかす役割だ。

回復薬ポーションを買うことができるのはお一人様3個まで。そしてそれをすり抜けようと時間を置いてからまた並んでくるプレイヤーもいるが、私が店に来たキャラの顔を全て覚えているので問題なく除外することができる。


 いや、流石に課金アイテムのキャラ容姿変更アイテムを使ってこられたら対策はできないけど。


 まあそんな事はどうでもいい。それより今の問題は当初予定していた人員では圧倒的に足りなかった、ということである。


 屋台には最大10人までメンバーを設定することができる。

10人もメンバー設定して何するのかと思っていたが、なるほどこういう人気店にはそれくらい必要なんだろう。……うん、舐めてたよ。回復薬ポーション、まさかここまで需要のあるアイテムだったなんて。


「はぁ……はぁ……。アリスさん、回復薬ポーションというのは、クールタイムこそありますが……HPを即時回復できる……凄いアイテムなんですよ……だから、人員の……増強を……」


「メルク!シエルの場所から後ろに五人目!」


「は、はい!」


 ごめんメルク。でも今のところそういう輩に対処できるのってメルクだけなの。

実際、メルクのそういう輩への対処能力は異様に高い。一体現実で――そう考えていた時に私は肩を叩かれた。


「どうにかここを観光中の錬金棟の生徒2人と連絡が取れた。今すぐ向かってきてくれるそうだ」


 パラケルススさんだ。不意に見えなくなったと思ったら、そういうことだったのか。


「パラケルススさん……!ありがとうございます!」


「この程度当然だ。私と君達は友達だからな」


 それだけ言うとパラケルススさんは列整理をしに去っていった。

……パラケルススさん、割と謎な人の一人だよね。今のところは私達の味方にいるけど、その素性は全く分からないし。シエルに聞いてようかな、って思ったこともあったんだけど……その時はシエルにうまくはぐらかされちゃったし。


 ……っと、それよりもこの行列を整理しなくちゃいけない。私はすぐさま待っている客に向き直ると、引きつり始めた表情筋をなんとか動かして笑顔を作った。


回復薬ポーション3つですね。ありがとうございます」


 私は笑顔で回復薬ポーションが3つ入った袋を渡す。その代わりに2700ゴルドを受け取り、次の人の注文を聞いた。

いや、どうせ回復薬ポーション3つだろうけどさ。私は足元に回復薬ポーションの3つ入った袋を寄せる。

……でも、こうして油断してると時折別の物とか1、2個で注文してくる客が出てくるんだよね。


 ……っと、私は接客をしながら相手からは見えない場所でウィンドウを弄る。

死ぬほど迷惑だろうけれど、私はテキストメッセージをフレンドになっているプレイヤー達にとりあえず送る。


『ヘイオグロ。突然だけど私の店の従業員になってくれない?』


『今ゴミ拾い中だ話しかけんな』


『そんな』


『言っとくがお前の屋台の惨状は見た。俺は絶対手伝わんぞ。後俺の教徒達も絶対手伝わせん』


『そんな』


 その後もテキストメッセージを連打したが全く反応は帰ってこなかった。あいつブロックしたな私のこと。

クソ、これだからオグロは……。


 まいいや。委員長ヘルプ!


『ハァイ、調子いい?』


〈送信エラー:相手がテキストメッセージを受信不可能です〉


 ……。

そういえば、1vs1に出るとかなんとか言ってたね。

ってことは今試合中かぁ……。


 ……。なんで私こんな辛い屋台やってるんだろう。委員長の戦いぶり、一回見てみたかったな。


「ありがとうございましたー」


 私は無心で、しかし笑みは浮かべながら回復薬ポーション3つセットをお客に渡す。

……くっ、なんで私は足元にだけ回復薬ポーション3つセットを集めたんだ。動きづらいことこの上ないし、しかもいちいち屈伸まがいの動きをさせられるから死ぬほどきついんだけど。


 というか……行列、終わりが見えないどころかスネークゲームばりにどんどん伸びてってない?大丈夫これ?


 ……いや、心配するべきはそこじゃないか。

私はちらりと後ろを振り返る。

そこには、屋台内側のスペースを半分ほど埋め尽くす、装飾としても機能し始めている回復薬ポーションの山――ざっと900本はある、が鎮座していた。


 残る回復薬ポーションは823本。

まず体力が持つかどうか分からないけど、私達は果たして売り切れるのだろうか、この量を――!


――――


「……ほとんど売り切れちゃったね」


「……ですね」


 やばい。残る回復薬ポーション、13本しかない。

私もメルクも冷や汗をダラダラと垂らしながら屋台に寄りかかっている。


 今はゲーム内では朝の1時。現実では夕方の5時前だ。

夜11時~朝4時までは屋台で物を販売することはできない。まあざっくり言えば休憩時間なんだろうけど、私達にとってその時間はひたすら心労の高まる時間でしかなかった。


「それにこれ……どうしよ……」


 私達が冷や汗をダラダラと流しているのにはもう一つ理由がある。

それはランキング――それも職業別ではない、累計ランキングにあった。


〈1位:「錬金術師の研究日誌」・・・973,900Pt〉

〈2位:「ル・アーティスタ」・・・830,000Pt〉

〈3位:「炉心ヘスティア・メルト」・・・335,000Pt〉


 ……私はこの結果を見たとき、思わず二度見した。

いや、というか誰だって二度見するでしょこんなの。

……うん、まさか1位になるとは。


 そう愕然とし続けているところ、メルクが私の袖を引っ張る。

何かあったのかと私はメルクの指差すウィンドウを見た。


「実況スレ、大変なことになってます……」


 メルクの開いた生産部門実況スレ、そこは阿鼻叫喚や怨嗟の声で満ちていた。

単純な叫び声から私達への罵倒(勿論別の屋台への罵倒も)、妬みや文句等々。

要するに地獄絵図だ。


 ウップス……。ほんとこれどうしよう……。

私は頭を抱えた。メルクも同じように悩ましげに眉間に手をやる。


 いや、別に悪く言われることは問題ではないのだ。

私達が悩んでいるのはそんなことではない。悩んでいるのは、この騒ぎを見て店を訪れた人達を落胆させたくないということだ。


 大手ギルドをバックに付けていない、上位予想スレでは話題にすら登らなかった私達がトップを取る。

うん、初日にこれだけハチャメチャやって、翌日からはいもう閉店ですなんてやった日には一体どんなことが待ち受けているだろうか。いやそれはそれで伝説になりそうな気もするけど。


「……ここは」


「?」


 メルクが呟いた。

そしていつものようにニヤリと笑みを浮かべ――。


「アリスさん。このまま累計1位、取ってみませんか?」


――――


「…………よし!」


「どうしたんだ?」


 唐突にパンと手を叩いた私を心配したのか、オグロが声を掛けてくる。

私はオグロと一緒に大会の会場、《オラトリオ》の中心地でもあるコロシアムの目の前に立っていた。


「いや、別に。ちょっと心の切り替えをしてただけ」


「そうか?なら良いけどさ」


 うん。今の私は累計1位を取ろうと頑張る私ではない。今から精鋭達の集う武闘大会に殴り込みをかける私なんだから。

……というかまあ、もう昨日のことは考えたくもないし。うん……。


 現在の時刻はゲーム内で4日目の午後、そろそろ2vs2の試合が始まる頃だ。


「大会参加者はこちらへ」


「あ、はい!」


 私達はNPCに誘導されて裏口っぽいところからコロシアムの地下へと下る。

その空気はひんやりと張り詰めていて、なんか凄く私達には場違いな感じがした。


「こちらでお待ちください」


 そう言って私達を大部屋に通してNPCは去っていった。

大部屋には同じように連れてこられたのであろう、様々なプレイヤーがいる。少しだけだけど、見知ったプレイヤーを認めることもできた。


「お、オグロっち!お前も来れたか!」


「勿論っすよあたりー!」


 いぇーいとオグロとあたりめさんはハイタッチをかます。

……いつの間にこんな仲良くなったんだ。


「あれ?あたりー相方は?」


「あぁ、俺の相方はちょっと遅れてくるって。ダブルブッキングらしい」


 そして話題は次々と別のものへ移っていく。

私はあの二人の世界を邪魔したくはなかったので――関わりたくなかったとも言うが、まあそういう訳なので別の参加者達を視察することにした。


 きっとここで優勝を目指すならぶつかるであろうあたりめさんの相方も気になってはいるが、まあ今は探してもいない確率の方が高いだろうし。他のプレイヤーを確認するとするか。


 上位128位にいるだけあって、参加者の殆どは賢いプレイヤーばかりだった。武器はバレないように装備していないか、装備していてもダミーの武器を装備している人が多い。

……いや、でもダミーなのか?魔法職っぽい防具を付けて岩の棍棒を装備してるっていうのはブラフじゃなくてマジでそういう戦い方の可能性もあるし……。


 ……あ、これ視察したら逆に訳分かんなくなるパターンのアレだ。

やっぱり大人しく待っておこう。私は適当な席に座る。

……?あれ、近くに座ってるプレイヤーどっかで見覚えが……。


 あ、思い出した。「看板団」のギルドマスター居るじゃん。

……気づかれないようにしよう。


「おい。お前、アリスか?」


 速攻でバレた。


「人違いでは?あ、あはははは……」


 とりあえず笑ってごまかしたが、どうやらそれを許してくれるほど甘くはないみたいだった。


「……はぁ。落ち着け。確かにこの試合でお礼参りする気はあるが、ここでどうこうしようって訳じゃねぇ」


「ここでどうこうしないってことは外ならどうこうするの?」


「……お前、知らねぇのか?「看板団」は解散した。お前らに負けたせいでな」


「あ、そうなんだ。なんかごめん」


「言っとくが、気をつけろよ?お前は「回復薬ポーション」の作り方を知ってる。俺ら以上に厄介な奴らから狙われる筈だ」


「それは分かってる」


「そうか」


 そう言って、元「看板団」のギルドマスターは試合の時間が来たのか部屋の外へ出て行った。大人しそうな女性プレイヤーと一緒に。


 ……ん?

私は元看板団のギルドマスターが座っていた席に何かよく分からない物が落ちているのに気づいた。


 ……ヴィーラのアクリルキーホルダー?


――――


〈3〉


 私とオグロはコロシアムの地面を踏みしめる。

周りに植物や木が生い茂っているために、対戦相手の姿を初期地点からはまともに見ることができない。今回のフィールドは森林だ。コロシアムのフィールドにはいくつか種類がある。まあ苦手ってほどじゃないけど、得意でもないフィールドだった。


〈2〉


「そ?」


「そ」


 私とオグロは作戦を確認し合う。


 緊張をほぐすために、私は空を見た。空は真っ白、音は虫のさざめき以外は何も聞こえない。

ここはコロシアムだが、外部から何か妨害行為をされる危険性があるために内部から外部の状態は何も分からない状態になっているそうだ。勿論実況とかも聞こえてこない。


〈1〉


 うん、まあバスケのフリースローの妨害みたいなことされても嫌だし。

少々やってる側からしたら味気ないけどしょうがないか。

私はエア人の字飲み込みをして気持ちを落ち着ける。


〈Start!〉


 空中に数字ではない大きな文字が浮かんだ。

――よし、初戦だ!

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