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下層の街

「いいかアリス。このゲームにはログアウトを短縮する方法が存在する。もし何かあったら私に構わず逃げろ」


「嫌!イグニスさんを置いていくなんて!」


「ほら進みますよ……」


 もし何かあったらどうするべきか、そうイグニスさんと一緒に対策を練る。

私達は亡霊に誘われるがまま壁に開いた暗い道を歩いていた。

というかメルクに引っ張られていた。


「……おや、明かりが漏れていますね」


 メルクが足を止めた。

確かにメルクの言うとおり、目の前にある穴からは光が漏れていた。

鉄っぽいパイプが下に垂れていて、どうやらこれを伝って降りろということらしい。亡霊が先導してるし、多分それが正しい道なんだろう。……大丈夫だよね?


「どうであれここは降りるしかないでしょう。私が先に降ります」


 そう言ってメルクは降りていってしまった。

正直私はこんな暗い空間に長居したくない。私もメルクの後を追って急いで降りようとする。


「……あ、イグニスさん先どうぞ」


「いや、アリスこそ先に行くべきだ」


 イグニスさんも先に降りたそうにしていたので、先に降りるよう勧めたところ謎の譲り合いが発生してしまった。

結局1分くらい時間を無駄にした。……何をしているんだろう私達は。


――――


 パイプを伝ってよく分からない暗い空間から明るい空間へと降りていく。

私が降りた先は街だった。どうやら大量にここへと至ることのできる道はあるようで、天井を見れば大量に穴が空き、そこからパイプが地上まで伸びているのを確かめることができる。


 また、この街は天井があるだけではなく街の周囲も壁に囲まれていた。

壁にはこれまた穴あきチーズのようにそこかしこに丸や四角の穴があり、多分これも天井の穴と同じように『迷妄機関ビジョン・ダヴァーニ』の様々な場所と繋がっているのだろう。


 街はやはりこのワールドに合わせてかSF的な外観をしていた。

中央部であろう場所には、四方に大量にモニターの付いた周囲の建造物より一際大きな塔が建っている。

それ以外に特筆すべき点はなかった。全ての建造物が尖っている方を下にした正四面体みたいなものだからだ。


 大きな塔に付いているモニターには様々な映像が映し出されている。

機械がどこかの通路を闊歩している姿の映されたものや、ただただ真っ暗なだけの画面、果ては風の吹き荒れる巨大な墓場や海底都市まで――海底都市!?


〈『迷妄機関ビジョン・ダヴァーニB1F』エリアを発見しました〉


〈《レヴォルト》を発見しました〉


 あ、このタイミングで通知くるんだ。

だがその通知をろくに確認する暇もなく、メルクもあの映像を確認したのか興奮気味に私達に話しかけてくる。


「アリスさん!イグニスさん!あれ見ました!?」


「あぁ。あれはどう見ても……」


「『虹の一端』……だよね」


 私達は早速考察を始めようとしたが、亡霊は私達に構わずその街――《レヴォルト》の中へと入っていく。

案内役を見失う訳にはいかない。私達は慌てて先行く亡霊を追いかけた。


――――


 私達は中央部にある塔の中に亡霊の先導で入っていった。

塔の中は配線やパイプの入り乱れた混沌とした場所だ。

塔の中心には配線が剥き出しのエレベーターが通っているようで、私達が入ってきたのを察知したのか、すぐさまエレベーターが降りてくる。


 エレベーターの扉が開く。亡霊は「これ以上は案内できない」と言わんばかりにエレベーターの内部を指し示す。


 ……凄い怪しいけど、ここまで来た以上入るしかないよね。


 私達は意を決してエレベーターの中へ入った。

エレベーターの扉が閉まる。ちょっと不安になるガタガタという音と共にエレベーターは勝手に上昇していった。


 塔の最上階(であろう場所)。

私達はそこで多分偉い人であろう亡霊二人と相対していた。


 二人の内一人は先程の案内役の亡霊と見た目は殆ど同じである。頭部に王冠を付けていること以外は。

もう片方は、案内役の亡霊が少しだけ男性的な特徴を有していたのに対し、少しだけ女性的な特徴を有している。そして頭部にはティアラが付いていた。


「ようこそ、我が街へ。私はコーザル。この場所の王だ。……いや、王と言えば少し大袈裟かもしれないな。この街の代表、と言った方が正しいか」


「よ、よろしくお願いします……」


 私達はお辞儀した。亡霊は喋ることができないものなのかと思っていたけど、別にそんなことはなかったみたい。……いや、この人が特別なだけなのかな?

お辞儀を続ける私達だが、王冠を付けた亡霊(この人がコーザルさんだろう)は笑って「よい」と言う。


「そうかしこまる必要はない。我も成り行きでこうなった身だからな」


「は、はい……」


「こんな辺境まで来てもらった礼だ、茶を用意した」


 別の亡霊がどこからともなく現れ、人数分の椅子とテーブルとお茶を置く。

私達は「とりあえず飲んでおこう」とアイコンタクトを交わして席に付いた。

だが、今度はティアラを付けた亡霊が口を開く。


「コーザルさんは人を持て成す事が趣味なんです。口に合わなかったら言ってくださいね?不味くても無理矢理飲む、と言うのはあの方の本望でありませんから」


 すぐさまそれに反応し、王冠を付けた亡霊は笑いながらその言葉に付け加えた。


「まあそんな事はないと思うがな。我の出す茶は上手いとこの地の民からも好評だ」


 それに対し、ティアラを付けた亡霊さんはおや?というような表情で反論する。


「あら?私の元には「あのお茶はまずい、自分の口からは言い出せないからどうにかして欲しい」と便りが何度も来ていますけど?」


「なっ……何故それを言わないアストラル!そうと分かっていれば別の持て成しを考えたものを……!」


「あらあら」


 うふふ、とアストラルさんは笑う。


「……」


 私達はそれを萎縮しながら見ていた。ちなみにお茶はまずかった。


――――


「さて、此処に君達を誘ったのは理由がある」


 お茶を飲み終えて少しした後、コーザルさんは本題っぽいことを語りだした。

……というか、私達ここに採取の目的で来たんだよね?なんかどんどん主目的からズレてる気がしなくも……。

そう考えている最中、突然コーザルさんとアストラスさんは私達に頭を下げてくる。


「どうか我らを救って欲しい。このままでは私達は滅ぼされてしまう」


「あの忌々しい自律機械の主を倒して頂きたいのです。どうかお願いします……」


「は、はぁ……?」


 二人は頭を下げたまま動かない。私達もメルクを除いて硬直していた。メルクはそれを聞いて何やら考え込んでいる。

そんな時、私達に訪れた通知音がその沈黙を破った。


〈ワールドクエスト「自律機械の主」を受注しますか?〉


〈注意事項:このクエストは一度受注すると破棄できません〉


〈注意事項:このクエストを受注することで進行・受注不能になるこのワールドのクエストが多数存在します〉


 ワールドクエストね……。確か、クエストには普通のクエスト、そのワールド全体に関わるワールドクエスト、世界全てに関わるメインクエストの三つがあるんだっけ。

確かメインクエストはβテストの時に一つ攻略されてて、ワールドクエストは今の所そこまで見つかってないものの筈だ。

……え、って事はこれってかなりレアな代物じゃないの?


『良い事を思いつきました、これを受注する方向で動いてもよろしいでしょうか』


 私がワールドクエストを目の当たりにして当惑している間、突然メルクがパーティチャットにそのような文言を送ってきた。


『私は困ってる人が居たら助けたいし、全然大丈夫だよ』


 私はそう送っておいた。

流石に頭まで下げられて断ることができる私ではない。というか注意事項が通知されたけど、ここで断るプレイヤーっているのかな……。


『上に同じく。私も困っている人が居たら助けたい』


 イグニスさんも同意見のようだ。それにしてもメルクは一体どうするつもりなんだろうか。


「……分かりました。受けます。ですが、この世界を救う前に一つだけ欲しいものがあります」


 この沈黙をメルクは破る。初っ端から結構大胆に切り込むねメルク。


「ほう、それは何だ?用意できるものなら用意しよう」


 メルクは少しだけ不敵な笑みを浮かべた。


「素材です。私達は錬金術師が二人、鍛冶師が一人のパーティです。素材が無ければ何もできません」


 なるほど。正直メイン目的の武闘大会二冠のための素材集めに『迷妄機関ビジョン・ダヴァーニ』に来たのに、そこを救うなんて用事も追加されたらどうしようかと思っていたが、確かにそうすれば一応主目的は達成できる。


「錬金術師に鍛冶師か、久しいな。しかし素材か……。確かに用意できるが、君達は特有のアイテム無しで十分戦えていたようだが」


 っ。確かに前の戦いだと生産職特有のアイテムなんて『銃弾ティル』しか使ってなかったけど、それ見られてたんだ……。

だがメルクは動じなかった。全く動揺の色を見せず、つらつらとそれらしい理由を述べていく。


「はい。ですが……あれは自律機械の中でも下の下、言わば雑魚に相当する敵の筈です。であれば私達はアイテムを使う必要がない、と判断しましたが――自律機械の主と戦っていくとなると」


「よし、把握した。そうだな……我々が物資の採集に使っている場所を貸し出そう。――しかし、くれぐれもアイテムの取りすぎは控えるように。良いか?」


「はい!」


〈ワールドクエスト「自律機械の主」を受注しました〉


――――


『さっすがメルク!』


『少し相手を騙したようで心が痛むが……流石だな。一体どこでそんな術を学んだんだ?』


『秘密です』


 私達はほくほく顔で塔を退出した。そして今私達は新たに現れた案内役の亡霊に素材集めの場所へ案内されている。

何故パーティチャットで喋っているかだが、それはあの戦闘が見られていたのだから声も聞かれているかもしれない、というメルクの忠告からだった。


「あ、案内役の方すみません。少し寄りたい場所があって」


 そうだ。街に着いたのだから、しておくべき事がある。

メルクもイグニスさんも亡霊も首をかしげているが、とにかく寄るべき場所がある。私は二人を引っ張って、同じような形の家(?)ばかりの街中で少しだけ目立つ像のところまで連れて行った。


「ちょ、どうしたんですかアリスさん?」


「モニュメント。完全に忘れてた」


「あっ」


 モニュメントを登録しておかねばワープすることはできない。私もさっきまでは完全に頭からすっぽ抜けていた。

《レヴォルト》、どうやったら来られるか分からない場所だし。登録しとかないと結構危なかった。


「よし」


 私が睨んだ建造物は無事モニュメントだった。

登録を済ませると急いで私達は案内役のところまで戻る。


「すみませーん!遅くなりました!」


 亡霊は首を振る。どうやら気にしてないみたいだ、良かった。

というわけで私達は亡霊に案内されるのを続行した。


 それから少し。

私達は《レヴォルト》の周りに大量に空いている穴の内一つを潜り、そこから枝分かれした通路を右右左下右…………と移動した。

最後に壁のよく見ればボタンっぽくなってるところを押すと、目の前の壁が開いて――。


「……!?」


 突然目の前に大きな機械のようなものが落ちてきた。それはスクラップと機械を足して割ったような見た目をしていて、所々から青白い電気の迸りが見える。


「あの、これは……?」


 メルクが質問する。

すると、亡霊は後ろ手に持っていた何かの金属片を取り出した。


『ここは自律機械達の廃棄処分所だ。ここでは奴らの材料が大量に手に入る』


 金属片にはそう書かれていた。

また、金属片の下の方にはこんな走り書きが付け加えられている。


『時折奴らが落ちてきて、その衝撃で死にかけた民も存在したからね。気をつけて』


 これは多分アストラルさんのものだろう。

……なるほど、採取ができても危険がいっぱいなのがこのエリアって訳か。

そう理解した瞬間、私達に通知が訪れた。


〈『迷妄機関ビジョン・ダヴァーニB1F』の隠しエリア《廃棄処分所》を発見しました〉


〈「隠しエリア《廃棄処分所》を発見」年表に記載しますか?〉


 わ、年表。

どうやらメルクやイグニスさんのところにも同じような通知が来たようで、早速会議が始まった。


「アリスさん、イグニスさん、これどうしましょう?」


「「素材を取りすぎないようにしろ」的な事を言われたしな……『迷妄機関ビジョン・ダヴァーニ』自体は公開してもいいかと思うが、ここは秘匿した方が良いと思うぞ」


「あー確かに」


 軽く私達は議論したが、結局「こういう難しいことは武闘大会が終わってから考えよう」という結論に終わった。

中々熱かった議論が一段落付き、私は少しだけ周囲を見回した。

周囲を見回したのには理由がある。


 それは、《レヴォルト》の周囲と同じく相変わらずパイプが縦横無尽に壁の中へ出たり入ったりしていて、そしてそのパイプ一つ一つに様々なモニターが付いているからだ。多分そのパイプの行先を何かしらカメラか何かで録画しているんだろう。


 私は、あの《レヴォルト》の塔で見た『虹の一端』の映像から一つ考えたことがある。

ここ、『迷妄機関ビジョン・ダヴァーニ』はもしかしたら各ワールドにパイプか何かを伸ばし、その行先をモニターに映し出してているのではないか?という考えだ。


 《レヴォルト》で見た映像。そこには「風の吹き荒れる巨大な墓場」や「ここと大分雰囲気の違う遺跡の様な場所」などの明らかに『迷妄機関ビジョン・ダヴァーニ』らしくない場所があったのだ。勿論『迷妄機関ビジョン・ダヴァーニ』らしい場所が映っているものの方が大多数を占めていたけど。


 多分、私の予想が正しければ……あれらの映像はこことは違う、まだ未開放の別のワールドに違いない。


 この推理が正しければ、きっとここのモニターにもまだ未開放の別ワールドが映っている筈だ。

そして別ワールドが映っているのならば……もしかしたらあの場所も映っているかもしれない。


「……!」


 やっぱりだ。

大量にあるモニターの中から一つ、私は“まるで白昼夢の様に輪郭がボケている”映像が映っているものを発見した。


 ……コーザルさんとアストラルさんはこの場所の王、と言っていた。

ならばきっと――このパイプがどこに繋がっているかも知っている筈だ。

私は何故かここにもあったモニュメントに登録してから二人に「あの二人の元に行く。すぐ戻る」と手早く伝えてこの場を後にした。


 私は塔まで走る。

……見つけた。『錬金都市プラハ』の手がかりを――!

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