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戦闘開始

レンドローブが小さい海竜と言った海竜は、近づいて見ると決して小さいとは言えない大きさだった。人間など軽く一飲みしてしまいそうな大きな頭を海面に掲げ、島に向かって悠然と泳ぐ姿が見えてくる。

躰は半分海中に沈んでいるので、尻尾の先が何処にあるのかは良くわからないが、全長は少なくともレンドローブよりはある事は間違いない。それが想像以上のスピードで海面を滑るように移動していく。その姿からかなり厄介な相手である事が想像できる。


『とりあえず無視して行くぞ』

が、レンドローブはその海竜には近づかず、直接島に向かう進路を取った。そうする事にレーシェルとしても異存はない。雛鳥の元へと急ぐ事の方が優先だからだ。


「はい、まずは雛鳥の無事を確認する事が先決です。島に着いたらすぐに私を降ろしてください」

レンドローブに向かって言ったつもりのその言葉にヨンフリーが反応する。

「あら、大丈夫? ワイカレスって大きな鳥なんでしょう? いくら雛鳥だとは言っても、下手をしたらレイちゃんなんて踏み潰されてしまうんじゃないの?」


軽い言い方をしているが、これでもヨンフリーはレーシェルの事を心配して言ってくれているものと思われる。

確かに、レーシェルはワイカレスの親鳥とは面識はあるものの、雛鳥とは一時卵を温めていただけで、生まれてからは一度も会った事が無い。初見なので敵とみなされる事も充分に考えられる。だが、レーシェルは大丈夫な事を確信していた。何故かはわからないが、彼等となら通じ合える自信があるのだ。

「大丈夫、そんな事にはならないと思う。…だから、レン様、急いでください」


『既に一体は追い越して来た訳だし、ここまで来たらそこまで急がなくても大丈夫だと思うぞ』

実際、先程の海竜もかなりのスピードでアルクース島を目指している様ではあったのだが、レンドローブはその海竜をあっという間に追い越している。見たところ、島にも異常はないようだし、ここまで来れば、確かにそこまで急がなくてもいいのかもしれない。


と、レーシェルがそう思いかけたその時、アルクース島の中央に高く聳える山の頂から、大きな鳥が飛び立った。現れたのは周辺の島々では神と崇められる巨鳥ワイカレス、コルドだ。

しかし、コルドは飛び出して来るなり、こちら側には目もくれず、島の向こう側へと急降下して消えて行った。これは、何らかの獲物を狙った動きだと思われる。この状況で襲うものがあるとすれば、それは海竜意外に考えられない。という事は、少なくとも海竜の一体が島に取りついたものと考えられる。


『前言撤回だ。ヤツが出たという事は、ヤツが危険が近づいていると判断したという事だ。少し飛ばすぞ。悪いが少し耐えてくれよ』

言うなりレンドローブは更に速度を一段階上げた。

物凄い風圧がレーシェルの身体に襲いかかる。出来るだけ身体を低くし、出せる力を全て使ってしがみついても、それでも身体が後ろに持って行かれそうになる。


と、次の瞬間、すぐ横から細い腕が伸びて来て、レーシェルはいつのまにかすぐ横まで来ていたヨンフリーに抱きかかえられていた。

「ちょっと窮屈かもしれないけど、出来るだけ私の身体にくっついていて。離れると風圧で飛ばされちゃうからね」


そう言うヨンフリーは意外な事に身体を起こした状態でいる。よく見るとレーシェルの身体も先程までより身体を起こした体勢になっているのだが、ついさっきまで全身で感じていたはずの風圧は、何故か今はほとんど感じられない。


ヨンフリーの豊かな胸に顔を埋めながら、レーシェルの頭は少々混乱してしまっていた。それを察したヨンフリーが教えてくれる。

「風の侵入を防ぐ魔法よ。でも、範囲はかなり絞っているから、しばらくこのまま動かないでいてね。これからの事を考えると、魔力の無駄使いは避けたいの」


とはいえ、いくら女同士だからと言って、これだけ密着しているとさすがにちょっと恥ずかしい。そう思ったレーシェルが恐る恐る身体を離していくと、途端に髪の毛が激しく暴れるようになる。確かに、魔法の範囲はかなり絞られている様だ。もう少し範囲を広げてくれればもっと楽にいられるのに、と少々不満に思いながら、レーシェルはやむなく再びヨンフリーの胸元に顔を戻した。


そんな事をしている間に、あっという間にアルクース島の上空に差しかかる。

『ヨンフリー、悪いが二人を送っていく余裕はなさそうだ。レーシェルを連れて降りてくれ。我はこのまま直進する』


ヨンフリーは、レンドローブのこの言葉が終わるか終らないかのタイミングで、レーシェルの身体を抱きかかえたまま空へと跳んだ。

「了解。あの大物はレンに任せるから、よろしくね」


跳び上がった二人の身体が元の位置に戻るまでの一瞬で、レンドローブの躰は二人の下から消えている。

レンドローブは、海竜が吐いたと思われる青白い光線を見事に躱し、今まさに上陸しようとしていた先程の海竜よりも二回りくらい大きな海竜に向かって突進していくと、勢いよく体当たりをくらわして、海竜共々そのまま海上へと飛び出して行った。


一瞬、既にそこで海竜と戦っていたコルドがレンドローブに並びかける。が、すぐに離れて、別の方向へと向きを変えて飛んで行った。その先にはレンドローブが体当たりを喰らわせた海竜と比べると一回り以上小さい、別の海竜がいる。先程追い越して来たばかりの海竜とほぼ同じくらいの大きさの、恐らくはレンドローブが体当たりして行った海竜の子供の一体だ。この海竜も口から青白い光の槍を吐いているが、コルドはそれを躱しつつその海竜に向かって突進して行く。


そんなレンドローブとコルドの動きを下に見ながら、レーシェルはヨンフリーに抱かれた状態で落下を続けていた。ヨンフリーは空を飛べるはずなのだが、もう随分と落ちているのにもかかわらず、まだ魔法は使っていない。その間にも島が見る見る大きくなってくる。レーシェルは念の為に確認しておく事にした。


「ヨンフリーさん。ヨンフリーさんって、確か空を飛ぶ事が出来ましたよね」

「ええ」

「…そ、それなら、もうそろそろその魔法を使ってもいいのではないかと思うのですが…」


心配するレーシェルに対し、ヨンフリーはあくまでも冷静だ。

「ギリギリまで自然落下に任せた方が早く島に降りられるでしょ。大丈夫だから、心配しないで」

「でも…」


かなりの高さから飛び降りた所為で、落下速度はもう既に相当なものになっている。ふたりの身体があるのは、島のシンボルでもある巨大な山の上空だ。ヨンフリーは軌道を微妙に修正しながら、火口に落ちるよう誘導している。


その微調整は成功し、少しの後、ふたりは火口の中へと突入した。火口の中は狭い為、スピード感は倍増する。目の前を溶岩の岩盤が物凄いスピードで流れて行くのを見て、レーシェルは我慢しきれなくなった。


「ごめんなさい」

言うと同時に、自ら魔法を発動させる。


使ったのは重力魔法、レーシェルがウルオスで習得した魔法だ。この魔法を使えば、発動範囲の物質を軽くする事が出来る。身体を軽くする事で、落下の加速度を小さくし、と同時に、火口の中に吹く上昇気流を捉えて落下速度を小さくする。そして、充分速度が落ちた所で、落下の速度を調整し、火口の中にたくさん出来ている棚状の岩の一つに緩やかに着地した。


着地してすぐに、レーシェルは先に魔法を使ってしまった事を謝った。

「ごめんなさい、我慢出来ずに魔法を使ってしまいました」


ヨンフリーが大丈夫だと言ったのだから、任せておけばよかったのだが、結局我慢しきれなかったのだ。が、ヨンフリーもまた謝ってきた。

「ううん、謝るのは私の方。 実はちょっと訳があって、魔力をなるべく節約しておこうと思ったんだけど、でも、ちょっと粘りすぎてしまったみたい。ごめん、怖かったわよね」


「そうなんですか? でも、それならもっと早く言ってくれれば…」

レーシェルは空を飛ぶ事は出来ないが、只着陸するだけなら、比較的楽にする事が出来る。もっと早く知っていれば、始めからゆっくり降りて来る事だって出来たはずだ。そうすればこんなに怖い思いをする事も無かったともいえる。


不満げな顔をしているレーシェルを尻目に、ヨンフリーが早口で言ってくる。

「悪いんだけど、ゆっくり話をしている暇はないみたい。あれが出来るのなら、ここからはレーシェル1人で大丈夫よね。私は早く戻って、さっき追い越して来た海竜がこの島に取りつく前に、片付けて来る事にするわ」


ヨンフリーはそう言うと、レーシェルから飛び退く様にして距離を取り、そこで魔法を発動させた。ヨンフリーの身体の下に真っ赤な魔法陣が浮かび上がる。

確かに、今はのんびりしている場合ではない。ここを狙っている海竜はレンドローブとワイカレスが今対応している二体だけではないはずだからだ。現にその内の一体は、先程追い越して来ているし、他にもまだいる可能性は高い。出来るだけ早く手を打っておかないと、次々に島に上陸して来てしまう。


「レーシェルは私達が戻って来るまで、雛鳥の事を守っていて。粘っていれば、私達の内の誰かが戻って来るはずだから」

ヨンフリーはそれだけ言うと、赤い軌跡を残して火口の中を上昇して行った。そして、火口の外に出た所で、やはり赤い軌跡を残して消えて行く。


ここから先はヨンフリーの言う様に、レンドローブかワイカレス、もしくはヨンフリーが戻って来るまでレーシェル1人で頑張るしかない。その為には、何よりもまずは雛鳥と合流する事が第一だ。

岩棚の端から覗いて見ると、火口の底はまだかなり下にある。とはいえ、肉眼でもしっかり確認できる距離だ。火口の底は、昔シオリと共に卵を抱いて温めていた場所でもある。その場所を見たレーシェルは懐かしさが込み上げて来るのを押え切れずにいた。と同時に、まだ見ぬ雛鳥への思いも湧き上がって来る。あの卵から孵った雛鳥は元気に育ってくれているのだろうか。


早く会いたい。

レーシェルは居ても立ってもいられなくなり、すぐに岩棚の上から飛び降りた。が、火口の底まではまだかなり距離が残っている。レーシェルは先程ヨンフリーがしようとしていた事を真似て、出来るだけ自由落下に任せ、ギリギリのところで魔法を発動させるようにしてみた。しかし、いざやってみると、一歩間違えば大怪我を負ってしまうかもしれないし、下手をしたら命を失う可能性だってある事に気づかされる。こんな事を平然とやってのけようとしたヨンフリーはさすがだと言わざるを得ない。


と、そんな事を考えている間にもぐんぐん加速度がついて降下の速度が増している。

レーシェルは余計な事は考えず、意識を集中させる事にした。狭い空間を落ちて行く恐怖に耐え、ギリギリのタイミングで魔法を発動させる。


結果、魔法は成功し、レーシェルは無事に火口の底へと降り立った。着地の衝撃も、レーシェルが当初想像していたものよりは少し大きかったものの、身体に支障が出る程のものではない。予想以上に上手くいったと言ってもいいだろう。


その事に満足し、僅かに気を緩めてしまっていたレーシェルに、いつの間に現れたのか、すぐ横から黒い影が襲いかかって来た。その攻撃を何とか躱して見てみると、その黒い影の主は雛鳥だとわかる。


雛鳥からしてみれば、突然、目の前に人間が現れた事になる訳で、それが味方とは限らない以上、攻撃しない訳にはいかなかったという所なのだろう。ある意味当たり前の行為ともいえる。

が、レーシェルは雛鳥を助ける為に来た訳で、もちろん雛鳥と戦うつもりで来たわけではない。なので、急いで魔法を発動させ、魔法の力を借りて高く跳ぶ事で、雛鳥の視界から何とか逃れるべく試みた。


しかし、雛鳥はすぐにレーシェルの位置に追従し、レーシェルを攻撃するべく迫ってくる。頭に血がのぼっているのか、レーシェルへの攻撃を止めるつもりはなさそうだ。上に逃れたレーシェル目がけて空を飛び、嘴で攻撃を仕掛けてくる。


レーシェルの魔法は重力を操る事でかなりの高さまで跳ぶ事が出来るのだが、空を飛べると言う訳ではない。まだ飛ぶ事に慣れていない雛鳥が相手とはいえ、空中戦では分が悪いと言わざるを得ない。

いや、正確に言えば、レーシェルに雛鳥を攻撃する気があれば、レーシェルの魔法なら充分すぎるくらいに対応する事ができるのだが、しかし、レーシェルにはそのつもりは全くなかった。雛鳥に怪我を負わせるつもりで来たわけでは無いからだ。


であるならば、雛鳥の攻撃を避け続けるより仕方がない。それはすなわち、自分に掛る重力を上手に変化させ、上昇気流に乗った急上昇と、重力を利用した急降下を繰り返し、不規則な動きで雛鳥の狙いを惑わせる、という行為を続けるしかないという事だ。


空を飛ぶ事に慣れている親鳥にはあまり通じそうもない作戦だが、この雛鳥相手にはまだ通用するようで、雛鳥は必死に攻撃を仕掛けて来ているものの、その攻撃はレーシェルになかなか当たらない。

「落ち着いて。私はあなたの敵じゃないのよ」


雛鳥の攻撃を避けながら、レーシェルは何度も呼びかけた。だが、雛鳥がそれに反応する様子はない。むしろ自分の攻撃が当たらない事に腹をたて、更なる攻撃を放ってくる。その攻撃を避け続ける為には魔法の微妙な制御が不可欠で、気を抜く事は許されない。


しかし、その最中、レーシェルは、ふと、自分に向かって来る雛鳥が一羽だけしかいない事に気が付いた。以前、レーシェルがここで卵を温めた時、卵は確かに二つ存在した。その二つが二つとも孵化していたとすれば、雛鳥は二羽いないとおかしいはずなのだが、レーシェルを襲って来ているのは目の前の一羽だけしかいない。


もしかしてもう一羽はどこかに隠れているのだろうか。

そう思ったレーシェルが、目の前の雛鳥から一瞬目を離したその隙に、雛鳥の嘴がレーシェルの左腕を掠って行った。激痛が走り、一瞬、意識が飛びそうになる。


その隙を狙って、雛鳥が更に襲い来る。レーシェルはその攻撃を避けるべく瞬間的に重力を増し、下の岩棚の上に落ちた所で動きを止めた。

目の前から急にレーシェルの姿が無くなった事で、雛鳥は一旦レーシェルのすぐ脇を通り過ぎる事になったものの、すぐに旋回、戻って来る。


それを避けるべく、レーシェルは何とか再び跳ぼうと試みたのだが、その際、たまたま足元に転がっていた大きな石を、思いっきり踏みつけてしまった。

結果、身体が傾き、体勢が大きく崩れてしまう。こんな状況ではとても跳ぶ事など出来そうもない。


が、雛鳥はもうすぐそこまで迫っている。このままでは、今度こそ直撃を喰らってしまいそうだ。

それを防ぐためにはもうレーシェルの方から雛鳥に攻撃するしかない。雛鳥の躰に重力を掛ければ、雛鳥を動けなくする事が出来る。それでおとなしくなってくれれば、レーシェルが敵ではない事をわかってもらう事が出来るかもしれない。


しかし、これは一歩加減を間違えると、雛鳥を潰してしまう可能性のある行為でもある。雛鳥は身体がまだ柔らかいので、簡単に潰れてしまうかもしれない。レーシェルはそう考えると、魔法を使うという判断をする事が出来なかった。

そしてレーシェルは覚悟を決めた。


両手を大きく開き、突進してくる雛鳥の姿を正面から真っ直ぐ見つめる。

雛鳥の狙いはレーシェルの胸だ。そこを狙えば決着がつく事を本能でわかっているのだ。


だが、レーシェルはひるまなかった。向かって来る雛鳥の目を真っ直ぐ見つめて正対する。

一瞬、その気迫に怯みかけた雛鳥だったが、すぐに持ち直して再びスピードを乗せてくる。


だが、その一瞬を使って、物凄いスピードで飛んできてレーシェルと雛鳥の間に割り込んだモノがいた。それは、目の前の雛鳥とほぼ同じ背格好の、もう一羽の雛鳥だった。その一羽はレーシェルを守る様に翼を大きく広げ、レーシェルの目の前で所謂仁王立ちの状態になった。


レーシェルに向かって突進していた雛鳥は、それを見て慌てて軌道を変え、翼を羽ばたかせて舞い上がるより仕方がなくなった。

さすがに仲間は傷つけたくないのか、すぐに戻って来る様子は見られない。


一方、目の前の雛鳥はもう一羽の雛鳥がレーシェルを襲うのを止めた事を確認すると、ゆっくりと翼をたたんでレーシェルの方を振り向いた。さすがに巨鳥の子供なので、雛鳥とは言え、頭の位置はレーシェルよりも遥かに上にくる。なので、かなり威圧感があるのだが、レーシェルはそれを怖いとは思わなかった。


「あなた、私の事を守ってくれたのよね。ありがとう」

レーシェルがお礼を言うと、雛鳥はレーシェルの顔を正面に見たまま、ゆっくり頭を下げてきた。


近づくとレーシェルの視界は雛鳥で埋め尽くされ、その迫力は更に増す。しかし、ここのところずっとレンドローブと共に行動していたレーシェルにとっては、そのくらいの迫力ではもう何とも思わなくなっている。雛鳥の頭のふわふわの羽など、むしろ可愛く思えるくらいだ。


レーシェルはそっと雛鳥の頭に手を伸ばしてみた。そしてそのふわふわの羽にそっと手をもぐりこませる。

だが、いくら今は大人しくしているとはいっても、この雛鳥にとってのレーシェルは、レーシェルを襲って来たもう一羽の雛鳥にとってのレーシェルとかわらないはずで、という事はいつ襲って来てもおかしくないはずなのだ。こんなに至近距離では襲われたらさすがに逃げようがない。そうなった場合にはさすがに生きている事は出来ないに違いない。だが、レーシェルは不思議とそんな事にはならないと確信していた。


レーシェルが背伸びをするようにしてふわふわの頭の毛に手を埋めていくと、それに合わせて、雛鳥もレーシェルの手が届きやすくなる様、更に頭を低くしてくるのがわかる。これはもう、レーシェルの存在を認めてくれたものと考えてもよさそうだ。


すっかり目を細め、レーシェルのされるがままになっている一羽を見て、もう一羽の雛鳥も恐る恐る近づいて来た。先程までの闘気は、もう全く感じられない。この雛鳥ももう戦うつもりはなさそうだ。と言うか、ユウの事を遠巻きに見ながら、おろおろと歩き回り、狼狽えているようにさえ見える。その様子は、その大きさにも関わらず雛鳥らしくて可愛らしい。


「怒っていないから、あなたもこっちに来て」

レーシェルが呼ぶと、雛鳥は少し迷ってからとぼとぼとレーシェルに向かって近づいて来た。が、その姿には先程までの猛々しさは全く感じられない。主人に怒られる事がわかっている時の飼い犬の様に、恐る恐る近づいて来る。そして充分近づいた所で、地面に着くくらいにまで頭を下げ、その頭をゆっくりとレーシェルの身体に押し付けるようにして擦り付けてくる。どうやら謝っているつもりらしい。

こちらの雛鳥もレーシェルの事を味方と認識してくれたみたいだ。


なので、レーシェルがその雛鳥の首筋を撫でてやっていると、もう一羽が反対側から同じようにレーシェルの身体に自分の顔を擦り付け始める。

結果、二羽の雛鳥にもみくちゃにされる事となり、レーシェルは思わず悲鳴を上げた。


「ちょ、ちょっと。もう少し大人しくしてください。潰れちゃいます」

とかなんとか言いつつも、レーシェルは緩んでくる頬を止められないでいた。実際、レーシェルは嬉しかった。あの時の卵から孵った雛鳥と、いつかこんな風にじゃれ合う事は夢だったのだ。


だが、今はまだこんな事をしている場合ではない。レーシェルは雛鳥とじゃれあうために、わざわざ主であるトキトの元へと向かう予定を崩してまでこんな南の島まで来た訳ではないのだ。それに、忘れてはいけないのは、今この時もレンドローブとヨンフリーは外で戦っているのだ。ならば、レーシェルも今のうちに敵の襲撃に備えなければならない。


「ふたりとも私について来て」

レーシェルは、競う様に頭を押し付けてくる二羽の雛鳥の間を一旦抜けて、雛鳥達を正面に呼び寄せた。そして、まだじゃれようとする二羽の頭を両手で押え、静かにさせる。


「今、外ではあなた達のお父さんと私の仲間達が戦っています。海竜の群れがあなた達の事を狙って集まって来たのです。でも、大丈夫です。皆がすぐにやっつけてくれるはずですから。だから、それまで私達は安全な場所に隠れていなければなりません」


二羽の雛鳥はレーシェルの言葉を大人しく聞いていて、レーシェルは身体こそ小さいものの、まるで親鳥のように見事に雛鳥達を従える事が出来ている。もうすっかり主導権はレーシェルにあるとみて良いようだ。

「とりあえずここから移動しましょう。ここは上から丸見えだから危ないわ。大人しく私の後について来て」


レーシェルはそう言って二羽の雛鳥を促すと、岩棚を一段一段丁寧に上って行った。

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