帰還2
翌日、レーシェルが目を覚ますと、巣穴はすっかり元通りになっていた。
と言っても、これはレーシェルがやった事ではない。
レーシェルは重力を操る事には長けているが、そもそもそれ以外の魔法はほとんど使う事が出来ない。…とはいえ、この魔法は瓦礫を撤去するのには結構便利に使える事も事実なのだが、昨日はそれも途中で止めていた。
ヨンフリーが止めるよう言って来たからだ。
「おっはよう、レイちゃん。どう? 結構いい具合に出来たと思わない? ウルオスで家を直すのも、穴を埋めるのも結構やってきたから、私、そこそこ効率よくやれる自信があったのよね」
見ると、海竜の開けた穴はすっかり埋め戻され、瓦礫も綺麗に無くなっている。さすがに落ちた岩棚は元に戻っていないが、落ちずに残った部分の上にも、もう瓦礫は残っていない。これだけの作業をするのに、どれだけの魔力を使ったのか想像できない。
「ヨンフリーさん、こんなに頑張って大丈夫なのですか?」
ヨンフリーが昨日動けなくなったのは魔力の枯渇が原因だ。あまり魔力を使っては、また昨日の二の舞になりかねない。
目を見張るレーシェルの目の前に、ヨンフリーは右腕をぐっと突き出してきた。
腕には木製の腕輪が嵌められている。小さな花が一輪ついた、決して派手ではない簡素な腕輪だ。
ヨンフリーはその小さな花を指差し、胸を張った。
「昨日みたいな失敗はもうしないわ。魔力の残量はちゃんとチェックしているからね」
「どういう事?」
「この赤い花の花びらが残っている間は大丈夫っていう事。ね、大丈夫でしょう?」
大丈夫でしょう、と言われても、正直言って良くわからない。
だが、ヨンフリーが元気な事は一目見ればわかる。なので、少なくとも取り敢えずは問題ないと考えていいのだろう。考えすぎても仕方がない、と割り切るより仕方がない。
『お、レーシェルも起きたようだな。こちらも準備完了だ』
と、突然、コルドの声が届いてきた。直後、上から強い風が吹き下ろしてくる。
急いで上を見上げると、コルドが器用に翼を羽ばたかせ、ゆっくり降りて来る所だった。その後ろには二羽の雛鳥も見えている。
『こちらも準備は完了だ。娘には伝えるべき事は伝えておいた。ヨンフリーが巣穴の復元する間は外に出ていてくれと言うのでな、この間を利用して教えてきたと言う訳だ。もういつでも出発できるぞ』
コルドが巣穴の底に降り立つと、コルドを避けるようにしてアルとクースもそのすぐ脇に着地した。
そこでレーシェルの姿を認めたアルは、飛び跳ねる様にして近づいて来るとレーシェルの身体の前に自分の頭を差しだした。どうやら撫でてくれと言っているらしい。
レーシェルはその要望通り、アルの頭を撫でてあげた。
アルが満足そうに目を細める。
その様子をチラと見てから、コルドは周囲を見回した。
『しかし、魔法と言うものはなかなか便利なものなのだな。儂らだけでは、こんなに早くここまで回復させる事はできなかった。見事と言うより言いようがない』
「横穴は完全に潰してしまったのだけどね」
ヨンフリーが壁面の一角を指差して言う。
ヨンフリーが指差したのは昨日海竜が侵入して来た洞窟があった場所だ。
しかし、そこにはもう洞窟は存在しない。微かに痕が残っているだけだ。
『いや、空気の通り抜ける横穴はまだ他に二カ所も残っている事になる訳だし、問題ないさ。むしろ今までの方が多すぎたのだ』
「そう言ってもらえると助かるわ。穴を埋めるくらいの事なら問題なくできるんだけど、元の状態に戻すとなると、今の私だとそれこそ動けなくなりかねないのよね」
『充分だよ、ありがとう。海竜の亡骸も片付けてきたし、もうすっかり元通りだ』
すると、ヨンフリーは亡骸と言う言葉に反応し、レーシェルの後ろに視線をやった。
「そうそう、海竜の鱗が丈夫だっていう話を聞いたから、外皮を一部貰って、あなた用に鎧を作ってみたのよね。可愛く作っておいたから、後で着てみてくれないかな」
そこには何やら青い服のような物が置かれているようだった。確かに、それは海竜の鱗で出来た軽鎧の様にも見えなくもない。それにしては生地の部分が少ないようにも思えるのだが。
「これって、私のですか?」
「そうよ。聞けば海竜の皮は食べられないからそのまま捨ててしまうって言うし、それなりにレアで良い素材みたいだっただから、もったいないかなと思って作ってみたの。ああ、ちなみに海竜の身の方はコルドが島のどこかに吊るしてきたみたいよ。干して保存食にするんだって」
「そ、そうなの? …でも、そこには一着しかないように見えるんだけど…」
そこに有るのはどう見てもせいぜい一人分のものだけで、二人分あるようには思えない。
レーシェルは振り向いてその青い鎧とヨンフリーを交互に見た。
ヨンフリーが、小さく頷いて言う。
「ああ、私の分がない事を気にしてくれているのね。でも、いいの。確かに海竜の鱗は素材としてはなかなかのモノだと思うけど、私が身に付けているモノは特別なモノばかりだから、替えられないのよね」
「そういう事…」
レーシェルは、鎧に近づきその青い鎧の一部を手に取ってみた。光の具合の所為なのか、その青は昨日見た海竜の鱗の青よりも若干明るい青色に見える。というか、随分と可愛らしく設えてくれている事に驚かされる。
「とりあえず、少しだけ加工も施しておいたけど、気に入ったのなら、魔力の余裕のある時にもうちょっと手を加えてあげてもいいわよ」
「ありがとう。海竜の鱗って光を反射して綺麗に光るのですね」
「まあ、それが手に入ったのもレーシェルがここで海竜を斃したおかげだからね。海の中でやっつけても皮は手に入らないから。…でも、今さらだけど、なんで海竜達は雛鳥を襲ってきたのかしらね。いくら好物だからって、あの巨体に雛鳥二匹じゃ、苦労の割に得る物が少ないように思えるのだけど」
ヨンフリーはずっと疑問に思っていた事を小さく付け足した。
その言葉に、コルドが反応、答えてくれる。
『奴等、仕留めた雛はその場で食さず、後で山分けにする気だったのだ』
ヨンフリーはコルドの方を振り返り、コルドの顔を見上げた。
「襲って来たのが人間ならそれもわかるけど、あんなに大きな海竜が山分けなんかしたら、ひとり分は一口にもならないのじゃない?」
にもかかわらず一族総出で襲って来るなど、効率が悪いどころか、仲間内で争いごとさえ起こしかねない。苦労をして襲ったのにもかかわらず何も食べられない、なんていう個体だって出てくるかもしれない。
『それで充分なんだよ』
コルドが吐き出す様に言ってくる。
「えっ? 海竜ってそんなに小食なの?」
ヨンフリーが普通に聞き返すと、コルドはそれを否定した。
『いや違う。小食なのは雛鳥達の方だ』
「?」
ヨンフリーが頭の上にクエッションマークを付けているのがわかる。
コルドはゆっくりとヨンフリーから視線を逸らした。
『実は、我々ワイカレスは生まれてから成鳥になるまでの間、ほとんど食事を摂らないのだ』
そんなに長い間、食事をしないで生きながらえる生物など、普通は考えられない。しかし、ヨンフリーはそんな奇異な話をあっさり流した。
「…そうなんだ、珍しい種族なのね。でも、それは海竜が雛鳥達を大挙して襲って来た事とは関係ないのじゃない?」
『いや、それがそうでもないのだよ。ワイカレスは成長すると儂くらいの大きさになる。雛鳥の間ほとんど食事をしないのにこんなに大きくなるというのは不思議ではないかね?』
「それは、まあ…。遥か昔に動物をそのまま大きくする、なんていう魔法もあったみたいだけど、それは必要な魔力量が半端ではない上に、消費した魔力はもう回復しないとかで、実用的ではなかったと聞いた事があるわ」
『ほう、そんな魔法もあるのか。なら、きっと仕組みは同じだ』
「どういう事?」
コルドはここで少し間をとった。
そして、そこで一息入れてから言ってくる。
『ワイカレスは雛鳥でいる間だけ大量の魔力を保有している。そして、真偽のほどは儂らにはわかりようもないのだが、その雛鳥の肉を食したモノは、食した肉の分だけ自らの魔力の糧に出来るらしいのだ。あの海竜達は、恐らくその魔力が目的で襲って来たのだろう。彼等は魔法を使う訳ではないが、魔力を使った攻撃は出来る。という事は、魔力量が増えれば攻撃の機会も威力も増す事になる訳で、だから魔力が欲しいのだ。…とはいえ、この魔力を独り占めするなどして必要以上に魔力を得たとしても、恐らくは宝の持ち腐れになってしまう。なので、皆で分けるくらいで丁度良いのだ。腹を満たすのが目的ではない訳だからな』
「…なるほどね」
ヨンフリーは頷くと、何やらそこで考え込んだ。
その横では、アルがレーシェルの横腹を突つこうとしている。レーシェルはその動きをひらりと躱すとアルの目を正面から見つめた。




