帰還3
アルの目を見た事で、レーシェルはアルの言いたかった事を理解した。
「わかりました、アル、そろそろ行った方がいいと言う事ですね。でも、ちょっと待ってください。折角だから、これに着替えてから行く事にします」
レーシェルはヨンフリーの作った青い鎧を手に持つと、皆から少し離れた場所へと移動した。と言っても、もう瓦礫は無くなっているので、レーシェルが身を隠すのに適した場所など無くなっている。それを察したアルがレーシェルを庇う様にレーシェルの前に立つ。アルはもうすっかりレーシェルの騎士気取りだ。
コルドはそんなアルの姿をしばらくの間黙って見つめ、思い出したようにゆっくり言った。
『そうそう、アルの事だが…』
この時、はコルド初めてアルの事をアルと呼んだ。そして、少し詰まってから先を続ける。
『アルもじきに話す事が出来るようになるはずだ。とはいえ、声を出す事はできないはずだから、儂と同じように、頭の中で会話をするしかないだろうがな…。たくさん話しかけてやってくれ。話しかける事によって、早く言葉を覚えて話せるようになるはずだ』
「わかりました。そうします」
などと会話をするうちに、レーシェルは着替えを終えた。
「随分と軽い鎧ですけど、大丈夫なのでしょうか?」
その言葉でヨンフリーはレーシェルが着替えを終えた事に気が付いたようで、レーシェルの元へと駆け寄って行く。
「思った通り、可愛いわ、似合ってる。…うん、それはその辺の鎧よりは頑丈なはずだから安心していいわよ。…ねえ、そこでくるっと回って見てくれない?」
何故かヨンフリーは若干興奮ぎみの様子だ。
レーシェルはそんなヨンフリーに促され、その場でくるっと一周回ってみた。
が、急に恥ずかしくなり、その恥かしさを隠す様に、大きな声でアルを呼んだ。
「アル、出発しましょう。名残惜しくはありますけど、ここに来るのに随分と勝手な行動を取ってしまいましたから、なるべく早くご主人様の元へ駆けつけなければなりません」
言われてアルがレーシェルの横へと進み出る。そして、その場で蹲り小さくなった。
レーシェルはアルの背中に手を掛けると、アルの躰をよじ登るようにして跨った。
その後ろにヨンフリーも付いて来て、レーシェルの背中に密着する。
正面では、コルドとクースが頷いている。見送る準備は出来ているという事らしい。
「では、行きますね」
レーシェルは二人に向けて頭を下げた。
コルドは真っ直ぐレーシェルを見つめ、
『アルの事をよろしく頼む。アル、レーシェルの言う事を聞くのだぞ』
それに返事をするかのように、アルが長く甲高い声を発する。
クウォーーー
そして鳴き終ると、アルはゆっくり穴の底の地面を蹴って上昇を開始した。
コルドとクースは動かない。そのまま見送るつもりでいるらしい。
ふたりの姿が徐々に小さくなっていく。
アルは上昇を続け、しばらくして穴の外へと到達した。そして、そこで数回旋回する。
「行きましょう、アル。スピードが乗って来た所で魔法をかけますから、そうしたら急に体が軽くなると思いますけど、驚かないでくださいね」
レーシェルが声を掛けると、アルは小さく頭を下げ頷いたようだった。そして最後に巣穴の底を一瞥し、北に向かって飛び始める。コルドはもう何も言って来ない。
アルの背中はその大きさではレンドローブやライールには劣るものの、それでも意外に乗り心地は悪くない。しかも、フカフカさに関しては彼等の比ではない。これなら一日乗っていても疲れる事などないかもしれない。
アルはもう今までにない真剣な眼差しで、ただ真っ直ぐ前方の一点を見つめている。遠出をするのは初めてなので、緊張しているのかもしれない。
「大丈夫、もっと力を抜いて。でないと、疲れてしまうから」
レーシェルが背中を軽く叩くと、アルはレーシェルの指示に従い力を抜いた。と、徐々にスピードが増してくる。どうやら上手く風に乗れたらしい。この状態であれば、魔法も随分とかけやすい。
「じゃあ、魔法をかけますね。このまま力を抜いていてください。方向だけは間違えない様気を付けて」
その言葉に応じるように、アルが小さく首を震わせる。
レーシェルは魔法を発動させた。
と同時に、一気にアルの速度が増す。
アルはその速度の変化にすぐに馴染んだようだった。特に動揺した様子もなく、風を身体に受けて飛んでいく。
振り返ると、アルが生まれ育ったアルクース島が徐々に小さくなっていくのが見える。
少し寂しい気もするが、もう後ろを振り返っている暇はない。
レーシェルの勝手で、ここへ来る為に随分と寄り道をしてしまったのだから、出来るだけ早くトキトの元へと戻らなければならない。レーシェルは、逸る思いを押さえつつ、まだ肉眼では見る事の出来ない大陸の方向を、真っ直ぐに見つめた。
翌日、レーシェルだけではなくヨンフリーの援助も得て、一行は予想以上の速さでコチの街に到着した。
そして、そのコチで無事に北方から戻ってきたトキト達と再会する事になるのだった。




