島の中の戦い1
火口の棚岩の中に、根元の部分に大きな凹みのある一枚を見つけたレーシェルは、その凹みの中に腰を降ろした。火口の底の方が落ち着く事はわかっているが、そこには横穴が存在する事を知っている為、ある程度高さがあった方が安心だと考えたのだ。
レーシェルが雛鳥達と和解してから、もう随分と時間は経っているのだが、侵入者の気配はまだ一度も感じていない。レンドローブやワイカレスの親鳥のコルド、それにヨンフリーまでが外に出て戦ってくれている訳なので、彼等の力で充分対応できているものと思われる。
いくら大きな海竜が相手だとは言っても、彼らが負ける事など考えられない。しかし、まだ戻って来ない所を見ると、それなりに苦労している事は想像できる。もしかしたら複数の海竜を撃退して回っていて、それで時間がかかっているのかもしれないが。
いずれにしても、戻ってきた時には労ってあげなければならない。彼らが時間を作ってくれたおかげで、レーシェルは雛鳥達との時間をつくる事が出来た訳で、その結果、雛鳥達は随分とレーシェルに慣れ、懐き始めている。特に、レーシェルの事を守ってくれた一羽などは、今もレーシェルにぴったりくっついていて、なかなか離れようとしなくなった。かなり気に入ってもらえたらしい。
レーシェルはこの雛鳥を「アル」、もう一羽を「クース」と名付けた。
これはもちろんこの島の名前から取ったものだ。少々安易なネーミングで申し訳ないかとも思ったのだが、名前がないとどちらに話しかけているのかわからなくなり、話が無茶苦茶になってくるので、名前を付ける必要があったのだ。
とはいえ、仮でつけたつもりだったその名前を、ふたりとも随分と気に入ってくれたようで、二羽とももうすっかりその気になっている。名前を呼ぶと、時に母親に甘えるように擦り寄って来る事もあるくらいだ。
「アル、そんなにくっ付いたら重いです。もう少し離れてください。それと、クース。クースはあまり遠くに行ってはダメですよ」
二羽の雛鳥は共にレーシェルに懐いてきているものの、その動き方には大分違いがある。一羽はレーシェルの近くに留まり、もう一羽は周囲を動き回っている事が多い。活発に動くのがクース、大人しい方がアルだ。
クースは岩棚の端まで行って、そこで周囲を見回して、侵入者がいない事を確かめている。レーシェルを襲って来た事などから推察すると、侵入者を見つけたら勇敢に立ち向かって行くつもりなのだろうが、そんな事をしたら飛んで火にいる夏の虫だ。
「クース、あまりそっちに行かないでください。敵の狙いはあなた達なのですよ」
海竜がここまで入って来る事はないものと信じたいが、もし来た場合にはレーシェルが雛鳥を守らなければならない。その為には雛鳥達が何処にいるか、侵入者である海竜にはわからない様にしておきたい所なのだが、その雛鳥が自ら見つかるような所にいたのでは、守るどころか逃げる為の時間を稼ぐ事すら難しくなる。
レーシェルが少し強めに言った所為か、クースは少し名残惜しそうにしながらも、レーシェルの言葉に従いすごすごと戻って来た。
「あなたがいくら勇敢でも、今のあなた達では海竜には敵いません。いざという時は私が護りますから、あなた達はここでじっとしていてください」
レーシェルは、言いつつクースの頭を撫でてやった。しかしクースはその場に落ち着こうとはせず、ただレーシェルに向かって何か言いたげな視線を投げかけている。
どうやらクースはレーシェルの実力を疑っているらしい。クースの早とちりで始まった事とはいえ、先程のレーシェルとクースの戦いではクースの方が優勢だった事も間違いない。アルの自らの身を挺した仲裁が無ければ、レーシェルは下手をしたら死んでいた可能性だって有るくらいなのだ。
あの時、レーシェルは抵抗するつもりが無かったので、そうなっていてもおかしくない状況だった。だが、クースはその事実から勘案し、レーシェルよりも自分の方が強いと勘違いしてしまっているきらいがある。
実際、事を優勢に進めていたのはクースの方なので、そう思うのもある意味当たり前の事なのかもしれないが、クースの行動を見ていると、レーシェルの事を守ろうとしているように感じられる。
だが、海竜の狙いはレーシェルではなく雛鳥達の方なのだ。ここは一旦落ち着いてもらわなければならない。
「クースは私の事を心配してくれているのですね。でも大丈夫です。本気になれば私もそこそこ強いのですよ。海竜がどれだけ強いのかはわかりませんが、少なくとも援軍が戻って来るまで持ちこたえるくらいの事は、私の力でも出来るつもりです」
しかし、クースはまだ納得していないのか、相変わらず疑いの眼でレーシェルの事を見つめている。
一方、アルもレーシェルのその言葉を聞いて、レーシェルとクースの間に割り込むようにして入り込むと、レーシェルの目の前に自分の顔を近づけてくる。どうやら何か訴えたい事がある様だ。
「な、なに?」
レーシェルが聞くと、アルはどこか悲しげな声で鳴きながら、レーシェルの事を労わる様に首筋のふわふわの毛の部分を使って撫でつけてくる。その行為を伝ってレーシェルの中にアルの優しい気持ちが流れ込んでくる。
「アルも私の身を案じてくれているのですね、ありがとう。でも、私は、ううん、私達は、あなた達の事を守る為にここへ来たのですから、それが出来るくらいの力は持っているつもりです。だから、もし敵が現れた場合には、その時は私に任せて、あなた達はここでおとなしくしていてくれませんか」
しかし、クースの疑いの目は変わらない。アルはそんな目はしていないが、やはりレーシェルを庇護するかのような態度を見せている。まあ、先程はアルにも守られた訳だし、そもそも身体の大きさで言えば、アルとクースは雛鳥とはいえレーシェルよりも大きいので、人と接触した経験のない彼等から見れば、そんな風にしか思えないのだろう。
「わかりました。ついて来てください」
レーシェルはふたりの間を縫って進み出ると、ついさっきクースのいた岩棚の端の方へと歩いて行った。




