第9話 イチゴミルクキャンディー
シュウたちを乗せたマイクロバスは、郊外の小さな林を抜けた。
雑草の生い茂る田畑。人のいない集落。曲がりくねった細い山道が、奥へ奥へと向かって延びていく。
舗装された道路から脇道にそれたバスは、『この先行き止まり』と書かれた看板を何度も無視して通りすぎる。
案の定、バスは行く手を阻まれた。
半円形をした鈍色のシャッターに閉ざされているのは、トンネルの入口だろうか。
運転席の真木が外の守衛室と短く言葉を交わしたかと思えば、シャッターは重低音を響かせながら巨大な口をひらいた。
なにかに乗り上げたような大きな揺れのあと、バスのエンジンが止まる。
にもかかわらず車体が前進しているところを見るに、なにか別の動力が働いているのだろう。
バスはそれから一度も地上に出ることなく地中を移動している。
(……アイツは……ハルのところへ戻ったのか?)
トンネルの入口で当然のように別れたバイクの行き先はわからない。
願わくばハルを、とは思いつつも、シュウはどこかやりきれない思いにこぶしを握った。
「ぅう~ん……」
「……ったく、のんきなやつ」
隣でうとうとと居眠りをするエリカの重みを肩に感じながら、シュウは静かにため息をついた。
窓越しに見えるオレンジ色の光が、不規則な間隔で視界の端を横切っていく。
(どこまで続いてんだろうな、このトンネル)
車内はしん……と静まり返っていて、時おり真木と小畑の話し声がかすかに聞こえてくるが、それも他愛のない会話のようだった。
変わらぬ景色にも見飽きた頃。
バスの前方十メートルほど先で回転灯がけたたましい電子音とともに回りだすと同時に、車体がゆっくりとスピードを落として動きを止める。
エンジン音とともに前進したバスは、吸い込まれるようにまばゆい光の中へと躍り出た。
「っまぶし……」
トンネル内の薄暗さにすっかり目が慣れてしまったせいか、急激な明るさの変化に目の奥がチカチカと痛む。
「ぅん~、着いたの~?」
まだ眠たそうな目をこするエリカに、シュウは「たぶんな」とだけ返した。起きろと言わんばかりに、肩に乗ったままの彼女の頭を遠ざける。
不満そうにするエリカを気にかけるでもなく、シュウは窓の外に視線をやった。
鬱蒼とした木々に囲まれた道を抜けた先。『敷地内一方通行』の看板に従い進むバスは、コンクリート造りの五階建ての建物の正面へと横づけされる。
「みなさん、おつかれさまでした。これから館内に移動します」
「荷物はあとで研修室に運んどくから、貴重品だけ各自で管理してくれよ」
バスに残るらしい真木に見送られ、引率する小畑の背中を子ガモのようにぞろぞろと追いかける。
周囲をきょろきょろと見回してみるが大して珍しいものがあるわけでもなく、そこはいたって平凡なオフィスのようだった。
エレベーターに乗り込んだシュウたちはなんの説明もなく地下五階で降ろされ、そのまま長い廊下を進む。
(『司令室』……?)
先頭の小畑が足を止めたスライドドアの上部で、白いプレートがほこりを被っていた。
シューッ、という空気の抜ける音とともに視界がひらく。
広そうな室内は薄暗く、部外者を寄せつけない威圧感と不気味さがある。
「所長、入隊希望者です」
小畑の声に、室内にいた全員の視線がシュウたちに向けられた。
期待半分。
好奇心半分。
だがあまり居心地のいいものではない。
「ねぇシュウ。あれってぇ、あたしたちが乗ってたバスの中かな?」
声をひそめるエリカの指さす先を目で追えば、壁一面に設置された巨大モニターの片隅で、バスに残った真木が車内をチェックしているようだった。
エリカの問いかけに「そうみたいだな」と小声で答えながらも、シュウは内心おもしろくないとばかりに舌打ちをする。
(ずっと監視されてたってことかよ)
「ごくろうさまー。みんな長旅で疲れたでしょ? アメでもどう?」
丸い体を左右に揺らしながら歩み寄ってきた男は、白衣のポケットから小さなアメ玉をいくつか取り出した。
だが男の差し出したアメ玉は、若者たちの無言とともにやんわりと断られる。
「あれ? イチゴミルクは好きじゃなかった? じゃあ今度は別のを用意しとくよ」
残念そうにポケットにアメ玉を戻した男との緊張感の欠片も感じられないやりとりに、若者たちも少々困惑気味である。
(本当に政府の委託組織なのかよ。重要な機関だってのに、ずいぶんとお気楽な所長だな)
いささか顔の大きさに合っていない丸メガネに、だぼだぼの白衣にショッキングピンクのTシャツ。
刈り上げられたグレーの短髪は、ところどころ無造作に跳ねている始末である。
とはいえ本人は大して気にも留めていないらしい。
がしがしと後頭部を掻きながら、集まった若者たちをゆっくりと見渡した。
「あらためて、僕は阿内ユキノリ。一応、ここの責任者ってことになるのかな。僕はただ研究者の一人として研究できれば、それでよかったんだけどね。みんながどうしてもって言うからさ~」
「無駄話はいいから、さっさと終わらせなさい。受け入れ手続きが終わったらすぐに研修だって言ったでしょ」
視線を移したユキノリの隣で、神経質そうな声色が響く。
オレンジ色のショートボブの女が腕を組んで仁王立ちしていた。
「マリアちゃんはねぇ、すごいんだよ~。研究者としての知識もさることながら、医療者としても優秀でね!」
嬉々として彼女を紹介するユキノリのほうが得意げな顔をしていることから、それほどまでに信頼を寄せている人物なのだろう。
「まだ説明しなきゃいけないことが山ほどあるんだから、その辺にしてちょうだい。まったく……」
「あ! じゃあ先にアキトくんにいろいろ案内してもらってよ。僕、ちょっと気になることがあるんだよねぇ」
いそいそと自分のデスクに戻っていくユキノリのうしろ姿に、マリアは深々とため息をついた。
「ったく……アキト! ちょっといいかしら?」




