そういうもの。
「俺はやりたくてやってるわけじゃないんだが?」
大体が仕方なく巻き込まれてるだけだ
今回のことも、ゴブ太郎の時も。
「成り行きで、気づいたらそうなってただけ。百パー、俺の意思じゃない」
頼まれた仕事だから仕方なく。
少なくとも、自分ではそう思ってる。
つーか、仕事なんて誰だって好き好んでやりたくねぇだろ。
それが面倒臭い仕事ならなおさら。
「うん。でもね、そこに君の意思は関係ないよ。君がどう思おうと、結果的に《《そう》》なるってだけ」
「はぁ? なんだよ、それ……」
勇者はなにか確信があるかのように。
「そういうものなんだよ」
少しだけ目を細めて。
「『勇者』っていうのはね」
あっさりと言った。
「……意味分かんねぇよ」
マジで意味不明で、眉間に皺が寄ってくのがわかる。
こんないかにもな主人公っぽい奴にそれっぽいこと言われると、少し……いや、かなり不安になるんだが。
「お前マジでそういう事言うの止めろよ。俺はただのモブだっての!」
言霊って知ってる?
お前みたいな奴が口に出したら本当にそうなりそうで怖いんだけど。
「いいか、俺は誰かに選ばれた覚えはないし、世界の平和とか正義とか知ったこっちゃない。そもそも、そんなものを背負う気概も覚悟も、暇もないんだ。仕事で忙しいんだよ俺は!」
「そう言う人ほど、だいたい同じところに行き着くんだ」
即座に返された。
「……まるで見てきた風に言うのな」
「うん、何度もね」
おい、経験談かよ……。
「君みたいに『やる気はない』って言う人ほど、最後まで残る」
勇者のその一言に、俺は心の底から舌打ちした。
「……最悪だな、その統計」
マジで気分最悪。
まるで最初から逃げ道塞がれてるみたいじゃねぇか。
フラグ立てんじゃねぇよ。
「安心して。嫌なら無視してもいいし、逃げてもいい」
勇者は相変わらず軽い口調で言ってくる。
「その結果も、結局《《そう》》なるだけだから」
「強制じゃねぇか! 決定事項かよ!」
「事実を言っただけだよ。君以外のみんな、《《そう》》だったってだけ」
にっこり。
嫌だっつってんのに悪びれもせずに笑いやがって。
マジでこいつの善悪、それに距離感はズレてやがる。
俺が顔を顰めたまま内心で理不尽に文句を言っていると、横からフフッと笑う気配がした。
「ほらね」
茜が俺の腕に自分の腕を絡ませて、ぴったり張り付いている。
「やっぱり面倒くさい顔してるのね」
「当たり前だろうが。俺に『勇者』とか営業妨害も甚だしいだろ」
「まぁ、貴方ならそう言うわよね」
「お前な、他人事だと思って……」
「でも」
茜は俺の横顔をちらりと見て、にへぇ〜っと得意そうに口角を上げた。
「そうやってなんだかんだ言いながら、困ってる人がいたらまた助けちゃうんでしょう?」
「……は?」
「今みたいに『面倒くせぇ』って顔して自分は嫌々だってボヤくくせに、でも放っておけずに世話してくれる」
茜は赤い瞳を細め「私のときみたいに」と笑った。
そして、まるで全部お見通しだと言う風に言う。
「貴方の良いところ、全部分かってるから……ね?」
――勇者よりも、私の方が。
そう言いたげな、声音。
いや、いやいやいや。
なんか副音声で聞こえてきたんだけど。
「なんだよそれ。急に何言ってんだお前」
「急じゃないわよ。だって、私はこれから貴方の彼じょ……パートナーとしてやってくわけだし。相互理解は仕事をする上で大切でしょ?」
今、彼女って言おうとしたか?
彼女じゃねぇよ。何言ってんだこいつ。
しかも自分で言ってて途中で照れてんじゃねぇよ。
顔赤くしちゃって俯いて、可愛いかよ。
「いや、あのなぁ。そりゃ大切だけど……パートナーってお前、俺たちは別にそういう関係じゃな――」
――ぎゅっ。
突然、手を握られた。
心なしか、二の腕に柔らかい感触も感じる。
これは……!
コート越しのノーブラおっ◯い!
俺でなきゃ見逃しちゃうね!
「……おっふ。って、おい! だからやめろっての。うちは社内恋愛禁止なんだよ。それに、ちょっとキスしたくらいで彼女面――」
「……なぁに? 望ヅキ?」
一瞬だけ、茜の手の力が抜けたように感じた。
だが、次の瞬間
ぎゅぅぅぅぅっ!
「いっ……!?」
「ねぇ……モチヅキ?」
手が、いつの間にか茜と恋人繋ぎになってる俺の手が。
万力で締め付けられたように。
「いっってぇってなお前! 急に何すん――」
振りほどこうとしても振りほどけない。
茜の方に顔を向けると。
「――ひぇっ」
大きく。
限界まで見開かれてそのまま飛び出してきそうな紅い瞳が。
目の前に。
「……ねぇ。いま、なんて、言おうと、したの?」
ぎりぎりぎりぎり!
腕を締め付ける音。
……痛ぇ。めっちゃ腕痛い。
「私たち、キス、したわよね? 新しい名前も、つけてくれて……」
「《《それ》》はもう、《《そういうこと》》、よね?」
じぃぃぃぃぃっ。
……怖ぇ。めっちゃ近い怖い。
「ねぇ? 答えて? ねぇ? ネェ?」
「……っ、い、いや、なんでもないです!」
言えなかった。
顔は笑ってるんだ。
それはもう、とびっきりかわいい笑顔で。たぶん。
視界いっぱい紅い瞳だけど、なんとなく笑ってるんだろうなって。
でも、その瞳が……一切笑ってない。ガンギマってる。
これ、口に出したら百パー面倒なことになるやつだ。
具体的には、さっきの勇者がされてたみたいに。
だから言わない、言えない。
「……モチヅキ」
「……はい」
茜の吐息が顔にかかる。
「貴方は……」
「裏切らないで、ね……?」
――勇者みたいに。
「……はい」
……マズい。
俺は、欲に釣られてとんでもない地雷を踏んだのかもしれない。
ゴブ太郎よりもヤバいぞこいつ。
沈黙。
数秒、本当にたった数秒の沈黙だったと思う。
だが、体感では軽く五分くらいは止まっていた。
握られた手が、ゆっくりと剥がされていく。
指が一本一本、何かを確かめるみたいに、ゆっくりと。
「……ふふ」
茜は何事もなかったかのように軽く息を吐いて、俺から一歩離れて……笑った。
「……冗談よ」
にっこり。
いつもの柔らかい笑顔を向けてくる。
「……」
にっこり、じゃないんだが?
さっきとは違う圧を感じる。
茜の情緒がヤベえ。
「そんな顔しないでよ、本当に冗談なんだから。ちゃんと分かってるわ」
分かってる?
何が?
何を?
「仕事と私情を分けたいのよね? 貴方がそういうつもりなら、私もそれに従うわ」
さっきまで万力だった手の主とは思えないほど、理知的な口調。
……いや、余計に怖いんだが?
仕事も私情も、お前にとやかく言われる筋合いねぇんだけど。
「ただし」
ひとつ。
茜が指を立てる。
「絶対……裏切らないでね?」
ギョロッと。
また大きく見開かれた紅い瞳が、俺を捉えて離さない。
「私、裏切られるの……大嫌いなの」
こてん、と首を傾げて。
「もし貴方が、私を裏切ったら――」
茜はそう言って黙り、ただじっとこちらを見つめてくる。
ぞわり、と何か冷たいものが背中を走った。
もし裏切ったら何するつもりなんだよ……。
つーか、裏切りの基準を教えてくれ。
聞いたら藪蛇になりそうで聞けない、つーか聞きたくない。
さっきの「冗談」って言葉。
あれを素直に信じて、知らん間に何かやらかしたらと思うと……。
「……分かったよ」
絞り出した声は、若干引きつってる気がする。
「仕事はともかく……プライベートでは善処する」
そうしなきゃ、俺が死ぬ気がする。
「うん、それでいいわ」
満足そうに頷く茜は、満面の笑みを浮かべる。
……この顔だけを見れば超絶可愛いんだけどなぁ。
なんだろう、主導権を握られてる気しかしない。
俺、お前の雇い主なんだけど。
……そんなやり取りを、少し離れた場所で眺めていた二人がいる。
勇者。
それと、松下さん。
勇者はニコニコして少し面白そうに、松下さんは例のあの顔。
「…………」
「…………」
勇者はともかく、松下さんさ……さっきからずっと目を逸らしてるけどな?
助け舟出すタイミング、今じゃないの?
というか、見なかったことにしてない?
また仏みたいな顔してっけど、こういう時あんたいつもそれだな!?
俺が内心で必死に視線を送っていると、ようやく勇者が一歩前に出た。
「ふふ。君たち、仲いいね」
今のやりとりのどこにそんな要素があったかな?
ヤンデレは悪じゃねぇの?
裁いてくれよ。
「どこがだよ」
「モチヅキ?」
「ひぇ」
「ふふ、良いと思うよ」
完全に他人事みたいに言ってんな。
元はといえばお前のせいでこうなったくさいんだぞ、こいつ。
そんで松下さん、どこ向いてんだ。黙ってんなよこっち見ろよ。
「あ、そういえば……やっぱり君たち似てるね」
勇者は顎に手を当てて、少し考えるような仕草でぽつりと続ける。
「誰が誰と似てるって?」
「君が初めてじゃないんだ」
「おい、質問に答えろよ……」
勇者は遠くを見るみたいに視線を逸らす。
「ここに来る前にも、数人に声をかけた」
へぇ、と適当に相槌を打つ。
いや、さらっと何言ってんだこいつ。
「ちょっと待て。俺が初じゃないのか?」
「うん、初じゃないよ。五人くらいかな。いや、正確には……四人と、一頭?」
魔物やこいつら、いわゆる異世界の連中がこの世界に来てまだ二日だってのに、ご苦労さまなこって。
「待て、数え方おかしくね?」
勇者は俺の疑問に答えず続ける。
「まぁ、みんな断られたんだけど」
「そりゃそうだろ」
人の話聞かねぇヤベェ奴だもんな。
このノリで勇者勧誘とか、普通は逃げる。
「君の前は二人組でね。一人は人間、もう一人はゴリ……いや、人間?」
「おい、ゴリ……ってなんだよ?」
「外見がゴリラみたいだったんだ」
「外見がゴリラならゴリラじゃねぇか」
「本人は人間って言ってたから」
「じゃあゴリラじゃねぇだろ」
「でも筋肉質で、体格が良くて、威圧感がすごくて、毛深かったよ」
「じゃあゴリラじゃねぇか。いやいや、待て待て。意味分かんねぇよ。魔物かなんかか? こっちの世界に喋るゴリラなんていねぇんだよ。つーか人として勧誘する存在じゃなくね?」
「「え……?」」
え、ってなんだよ。
勇者、それに茜までびっくりした顔して。
「……そうか。こちらのゴリラは喋らないんだね」
「というか、こっちにもゴリラいるのね。じゃあゴリラじゃないんじゃないの?」
「うーん、でも本人は頑なに人間だって言い張ってたよ。神聖な雰囲気出してたし」
「なお悪いわ!」
人間だと言い張るゴリラってなんだよ。
人からもゴリラの枠からも外れてるだろ。
「神聖な雰囲気ってなんだよ、ゴリラ相手に何言ってんだ」
「失礼ね」
茜が真顔で言う。
「あちらのゴリラは『森の守護者』よ。彼らが守ってる森は神殿扱いされてる地域もあるんだから」
「ゴリラを!? ゴリラなのに!?」
世界観が追いつかねぇ。
異世界ってなんなの……。
「で、その二人も断った」
勇者は気にした様子もなく続ける。
「でもね」
ちらり、と俺を見る。
「君たちと、どことなく似てた」
「どこがだよ!」
俺は毛深くないしバナナも主食じゃないぞ!
「そっちじゃないよ」
即座に否定。
「ゴリラじゃなくて、一緒にいた人間の方」
「そっちも嫌だわ!」
俺が吠えると、勇者はくすっと笑った。
「君、さっき言ってたよね。『やりたくてやってるわけじゃない』って」
「言ったが」
「それ、僕が声かけた人たちも、みんな同じこと言ってたよ」
「は?」
「やる気はない、責任も背負いたくない。でも、困ってるのを見たら放っておけない」
勇者は淡々と、しかし確信を持って言う。
「二人とも、同じことを言ってた」
――『俺らがやらなくてもいいだろ、なぁマッサン?』
――『ああ、いいこと言った。そうだよアカギくん。他に適任がいるだろ』
――『巻き込まれただけのただのおっさんに何言ってんの?』
いや誰だよ。「マッサン」に「アカギくん」て。どっちがゴリラだよ。
「で、結果は?」
嫌な予感しかしない。
「全員、最後まで関わってた」
「……」
「途中で逃げた人もいたよ。でもね」
勇者は少しだけ目を細める。
「結局、戻ってきた」
……最悪だ。
「だからさ」
勇者は、こちらを見て静かに言った。
「君も、たぶん同じだ」
「だからその統計やめろ」
「経験則だよ」
にこり。
その笑顔が、さっきより少しだけ―― 確信寄りになっている気がした。
そして。
勇者はふっと視線を外し、地面の方を見た。
「……起きたかな」
その先で。
「……っ、ぐ……」
地面に転がっていた竹原の指が、ぴくりと動いた。




