適正
「勇者のくせに、人のものを盗るのは悪じゃないの!」
横から茜の素っ頓狂な声が飛んだ。
声でけぇよ、鼓膜が死ぬわ。
それよりも……勇者? 俺が?
何言ってんだこいつ。
「いやいやいや、なんでそうなる。普通にないだろ」
反射的に全力で否定のジェスチャーをする俺に、勇者は本気で不思議そうに首を傾げる。
「だって君、できるでしょ?」
「何がだよ!」
「悪を止めて、人を守って、ちゃんと終わらせた」
なんのこと言ってるか、さっぱり分からん。
相変わらず言葉が致命的に足りねぇんだよ。
「竹原のことか? それは今回たまたまそうなっただけだ。端っから俺にそんなつもりは――」
「でも、君はやった。やりきったじゃないか」
食い気味ぃぃ……。
理屈がシンプルすぎる。
経過を見ろよ、結果でしか判定しねぇのかコイツは。
マジで1ミリもブレねぇ。
「勇者ってのはね、そういう人のことだよ」
当たり前のことを言うみたいに、さらっと言いやがった。
「肩書きとか神託とか、そういうのは後からついてくるだけ」
「いらねぇんだが、んなもん」
即答で拒否した。
なんだそのブラック企業のスカウトみたいなノリは。
「うん、そういうところも合ってる。ほら、君ならできるよ。適性ある」
「いや、どんな適性だよ!」
俺が噛みつくと、勇者は少しだけ視線を細めた。
「迷ったのに、逃げなかった」
……それは、褒めてんのか?
ただ状況に流されただけなんだが。
「普通はどっちかなんだ。考えずに殴るか、考えすぎて何もしないか」
淡々と、事実だけを並べる口調で勇者は言う。
「君は考えて、それでも止めた」
評価の言葉……なんだよな?
なのに話す言葉に熱がないせいで、ただ観測結果を読み上げているみたいに聞こえんだけど。
「まぁ、僕ならもっと早くやるけど。でも、君のやり方でも悪は増えなかった」
なんだその「処理時間は長いが誤差範囲」みたいな言い方は。
さり気なくマウントまで取ってくるし。
「あと」
勇者が竹原の方をちらっと見る。
「ちゃんと《《殺さない》》ところまで持っていった」
「……それは」
思わず、俺と松下さんは顔を見合わせた。
「……ただ松下さんに付き合っただけだ。頼まれたからな。俺自身は普通に殺したほうが早いと思ってたし」
思ってた、どころか最初はマジで殺すつもりでやっていた。
魅了された茜に防がれたから、仕方なく未遂になっただけ。
「つまり、ただの仕事の延長だ。仕事でそうする必要があったからやった。それだけ」
だから、『勇者』のお前に褒められるようなそんな立派なことしてねぇんだよ。
そんな思いを込めて、勇者に対して視線を送る。
だが、勇者はそれを受け止めて、あっさりと首を振った。
「それでも、だよ」
勇者の琥珀色の瞳が――
「それでも、止めたのは君だ。もちろん、悪を止めようとしたのは君だけじゃない。でもね、君がその中心にいた」
――隣に立つ松下さんに茜、這いつくばって気絶している影山。彼らをゆっくりと捉える。
そして、俺の目を真っ直ぐに見つめる。
「……結果的に、そうなっただけだ」
「結果がすべてだよ。悪は止まった。人は誰も死ななかった」
勇者はそこで一度言葉を切って、さらに続ける。
「それができる人は、そんなに多くないよ」
穏やかな声だった。
評価というより、事実確認みたいな言い方。
「……いやだから、それを勇者って言うのやめろ」
「じゃあ、勇者(仮)でいいよ」
「なおさら嫌だわ!」
なんだよ勇者(仮)って。
偽物みたいで余計嫌なんだが。
せめて見習い勇者とかにしろよ。
いや、見習い期間とかあるのか知らんけど。
「ほら、一緒にやろうよ」
軽い。
勧誘のノリが軽すぎるだろ。
勇者ってもっとこう……なんかあるだろ!
「悪を見つけて、終わらせるだけだよ」
「その《《だけ》》が重いんだよ!」
「君、そういうの得意そうだし。すぐに慣れる」
「得意じゃねぇし、慣れたくねぇ!」
頭を抱えたくなってきた。
なんで俺が、異世界基準の正義の代行者みたいなポジションにスカウトされてるんだ。
「……断ったら?」
「そっか、で終わりかな」
「なんだよ! 食い下がれよそこは!」
「無理強いは悪だからね」
にこにこしながら言うな。
言ってることがまともなのが余計に困る。
「じゃあ却下で! 俺は『魔物使い』だ。『勇者』になんかジョブチェンジしねぇ。面倒くさいのが分かりきってる! はい、解散!」
「うん、分かった」
あっさり引き下がりやがった。
早いなオイ。それはそれでなんか苛つく。
「……はぁ。なんなんだよお前」
自然とため息が出た。
勇者のノリについていけずに肩の力が抜ける。
だが、間髪入れずに、
「分かった、じゃないわよ!」
横で爆発音みたいな声がした。
だからうるせぇっての。鼓膜死ぬだろが。
さっきまで黙っていた茜が、俺の腕を掴んだまま一歩前に出る。
「なんであんたが誘うのよ!」
「え?」
勇者が本気で分からなさそうな顔をする。
「彼、むいてるから」
「そうじゃなくて!」
噛みつくような勢い。
でも、言葉の方向がなんか妙だ。
「なんでそんな軽く……そんな、平然と……!」
途中で言葉が詰まる。
怒ってるのは分かる。
でも、茜の顔を見るに怒りの種類がさっきまでとは違う気がする。
「……茜?」
「だって……!」
ぎゅっと、俺の袖を握る力がさらに強くなる。
「この人は……その……」
言い淀んで、顔がみるみる赤くなってく。
おい、嫌な予感しかしないぞ。
「私の、だから……!」
絞り出したその一言で、空気が止まった。
「「…………は?」」
俺と勇者の声がハモった。
松下さんはそっと視線を逸らした。
「……お前のじゃないんだが?」
即座に否定してみた。
「う、うるさい!」
バンッと俺の腕を叩かれた。
痛い。
理不尽だ。
力めっちゃ強いし。
「そういう意味じゃなくて……!」
「じゃあ、どういう意味だよ」
「と、とにかく!」
顔を真っ赤にしたまま、勇者を指差す。
「あんたが勝手に連れてっていい相手じゃないって言ってんの!」
「勝手には連れてかないよ? ちゃんと確認してるし」
「そういう話じゃないのよ!」
本気で会話が噛み合ってない。
でも今度はさっきの苛立つズレとは違う。 なんかこう、見てる側がむず痒くなるタイプのやつだ。
勇者はしばらく考えてから、ぽん、と手を打った。
「あぁ、なるほど」
「何がよ!」
「彼が、大事なんだね」
ニコッ。
茜の顔が、さらに、さらに赤くなる。
「ち、違っ……!」
「いいと思うよ」
「だから違うって言ってんでしょ!」
さっきまで殺気全開だった吸血鬼が、今は完全に恋するポンコツだ。
なんなんだこの落差。
俺は深いため息をついた。
「……茜。いやまぁ、銀髪巨乳美人に好かれるのは吝かじゃないけどな。でもそういうのはあとでやってくれるか?」
「す、好きとかじゃないしっ……!」
「ああ、はいはい。わかったわかった。勇者もコイツの言う事は無視してくれ」
「どういうことかな」
「してくれ」
有無を言わせず遮る。
勇者は一瞬だけ考えてから、あっさり頷いた。
「うん、分かった。じゃあ無視する」
「軽いわねっ!」
横で茜が悲鳴みたいな声を上げた。
「ちょ、ちょっと! なんでそんなあっさり流すのよ!」
「だって、困るんでしょ?」
「そ、それは……!」
詰まるな。そこで詰まるな。
勇者は本気で不思議そうな顔のまま続ける。
「罪もない大事な人を無理に連れていくのは、悪だからね」
「…………」
茜が黙った。
だが、この勇者。
さらっと言いやがったが、さっきから一貫してる。
善悪の基準が、呼吸みたいに自然だ。
だからなのか、まるで迷わない。
「さて。じゃあ、もういいかな? 君の仕事は終わった。なら、それ以上は僕の仕事」
勇者は軽く周囲を見回した。
「世界にはね、悪が多いんだ」
ふっ、と。
勇者は小さく、本当に小さくため息をついた。
「大きいのも小さいのも、そこら中にある。放っておくとすぐ増える。それは世界が違っても変わらない」
嘆きでも怒りでもない、ただの現状報告のように淡々と。
「……まるで『庭の雑草がまた生えた』、みたいな言い方だな」
「ふふ、雑草か。まさにその通りかな。抜いても抜いても、次から次へと芽が出てくるんだよ」
そこで、また勇者は俺をまっすぐ見つめた。
「君はさっき、それを減らした。悪の芽を一つ抜いてくれた」
「別に……そんなつもりはねぇよ。俺はただ、目の前の面倒を片付けただけだ」
竹原が雑草ってのは同意だけど。
何回も渋とかったし。
「それを減らしたっていうんだよ。……僕一人じゃ間に合わない。だから、手が欲しい。君なら任せてもいいかなと思ったんだけど」
頼む、じゃない。
必要だから使う、みてぇな言い方だな。
『勇者』の採用基準ってそんな感じなのかよ。
「正義は息をするのと同じ。やらないと世界が淀む」
こいつにとっては使命でも理想でもない。
ただの生理現象と同じ。
「世界とか言われてもな。俺は自分のことで、俺の世界を守るので精一杯なんだわ。だから、他を当たってくれ」
改めて断る。
でも、勇者はにこりと笑った。
「それでいいよ」
やっぱり迷いがない。
引き留めもしない。
こいつにとっては、俺が手伝っても雑草が一本早く抜けるかどうかくらいの違いしかないんだろ。
「でも」
そこで、勇者はほんの少しだけ言葉を足した。
「またどこかで同じことをすると思うよ」
「は?」
「仕事だなんだって言い訳するけど」
それは称賛でも期待でもなく。
観測した結果の再確認のように。
「君は、そういう人だからね」
俺は、舌打ちした。
「……クソが」
否定できないのが、一番腹ただしい。




