使われている風
街道を半日ほど進んだ頃、
風の質が、はっきりと変わった。
強く吹いているわけではない。
むしろ、穏やかだ。
だが――
揺れが均一すぎる。
ソラが足を止める。
「……おかしいな」
ミナも気づいていた。
「風、
行儀よすぎるわ」
ルナは顔を上げ、
珍しく即座に言った。
「……これは……
“選んでる”風じゃない……」
風の光は、
一行のそばにあるが、
どこか緊張している。
アリアは静かに確認する。
「……引っ張られている?」
風は、
否定も肯定もしない。
ただ、
流れの端が、
ある一点へ向かって揃えられている。
⸻
◆見えてきた集落
丘を越えると、
小さな集落が現れた。
畑は整い、
水路も手入れされている。
人の動きも、
よどみがない。
一見すれば、
問題はない。
ミナが眉をひそめる。
「……さっきの町より、
よっぽど元気やん」
ソラが低く言う。
「せやから、
引っかかる」
風は、
集落の上で
同じ高さ、同じ速さで循環している。
美しい。
だが、
生き物の動きではない。
⸻
◆中心にいる人物
集落の中央、
水車小屋のそば。
一人の男が、
風向標のような器具を調整していた。
年齢は中年。
服装は質素だが、
所作に迷いがない。
風が、
その男の動きに合わせて
わずかに反応する。
ルナが小さく息を吸う。
「……あの人……
風に……
“頼られてない”……」
ミナが囁く。
「……使っとる」
男は、
まかない部の視線に気づくと、
穏やかに笑った。
「旅の方ですか。
よろしければ、
水でもどうぞ」
声も態度も、
敵意はない。
それが、
余計に判断を難しくしていた。
⸻
◆踏み込むか、引くか
少し離れた場所で、
一行は立ち止まる。
ソラが言う。
「今の町みたいに、
困っとる様子はない」
ミナも頷く。
「むしろ、
“うまくいっとる”側や」
カール(蒼術)が冷静に分析する。
「だが、
風は明らかに
外部から“整えられている”。
長期的には、
必ず歪みが出る」
ルナは、
風を見つめて言った。
「……風……
ここでは……
“休めてない”……」
アリアは、
すぐに結論を出さなかった。
(……困っていない場所に、
こちらから正しさを
持ち込むのか)
それは、
これまで避けてきたことだった。
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◆男の言葉
そのとき、
例の男が近づいてきた。
「……風を見ている方々のようだ」
アリアは否定しない。
男は続ける。
「安心してください。
私は、
風を縛っているわけではありません」
ミナが思わず言う。
「……でも、
揃えとる」
男は笑った。
「ええ。
人が暮らしやすい形に、
“整えている”だけです」
ルナが、
はっきりと首を振る。
「……それ……
風の声、
聞いてない……」
男は一瞬、
言葉を詰まらせた。
それは、
初めて向けられた
“異なる視点”だった。
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◆沈黙
短い沈黙が流れる。
風は、
どちらにも寄らない。
アリアは、
男をまっすぐ見た。
「……あなたは、
この町を守っているつもりですね」
男は、
即答した。
「ええ。
風任せにして、
作物が枯れるのを
見ていられませんから」
その言葉は、
嘘ではなかった。
だからこそ――
簡単に否定できない。
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◆一歩手前
アリアは、
一行にだけ聞こえる声で言った。
「……今日は、
踏み込まない」
ミナが少し驚く。
「様子見?」
アリアは頷く。
「ええ。
ここは、
“壊れてから”じゃない」
ソラが理解する。
「せやからこそ、
下手に触ると、
壊す側になる」
ルナは風に囁く。
「……待とう……
今は……」
風は、
ほんの少しだけ、
楽になったように揺れた。
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◆夜へ
その夜、
一行は集落に留まる。
表面は整っている。
だが、
どこか張りつめた空気。
アリアは思う。
(……この町は、
いずれ選ばされる。
風を、
道具にし続けるか。
共に生きるか)
そしてその選択は、
まかない部ではなく、
この町自身が下すべきものだった。
風は、
夜の空気の中で、
静かに揺れていた。
それは――
まだ答えを出さないことを選んだ風の姿だった。




