朝の手触り
朝は、
思ったよりも早く来た。
宿として借りた建物の窓から、
薄い光が差し込む。
強い日差しではない。
だが、昨日までより
空気が軽い。
ミナが起き上がり、
小さく息を吸った。
「……あ、
息、
楽やわ」
ソラも同じことを感じていた。
「夜の間、
風、
止まらんかったな」
ルナはすでに起きていて、
窓の外を見ている。
「……風……
まだ……
そばにいる……」
風の光は、
町の上空を大きく巡るのではなく、
建物と建物の間を
ゆっくり通っていた。
昨日よりも、
人の高さに近い。
アリアは静かに頷く。
(……戻りきってはいない。
でも、
拒まれてもいない)
⸻
◆朝の町
外に出ると、
町は動いていた。
露店が準備を始め、
井戸に人が集まる。
昨日と同じ光景のはずなのに、
違うところがある。
会話が、
短くなっている。
必要な言葉だけで、
無理に雑談をしない。
ミナがそれに気づく。
「……皆、
無理せんように
しとるな」
ソラが答える。
「昨日の感覚、
まだ残っとる。
“普通に戻る”のを
急いでへん」
それは、
悪い兆しではなかった。
⸻
◆戻らない部分
炊事場を覗くと、
すでに火が入っている。
だが、
昨日より少ない薪。
若い男性が、
慎重に鍋を見ていた。
「……今日は、
煮込みやめときます」
ミナが声をかける。
「火、
不安定?」
男性は頷く。
「昨日よりはええです。
でも……
長く火を入れると、
まだ、
ちょっと重い」
カール(蒼術)が、
低く補足する。
「……完全には、
抜けきっていない。
空気の“癖”が、
残っている」
ルナが風を見る。
「……風……
ここ……
まだ……
怖い……」
風の光は、
否定しなかった。
それが、
正直な反応だった。
⸻
◆町からの申し出
昼前、
町の代表らしき中年の女性が、
一行のもとへ来た。
深く頭を下げることはしない。
だが、
真剣な目だった。
「……昨日は、
ありがとうございました」
アリアは静かに答える。
「こちらこそ。
町を、
使わせてもらいました」
女性は少し驚き、
それから続ける。
「……お願い、
というほどではないのですが……
あの……
もう一度、
一緒に火を囲んでいただけませんか」
ミナが目を丸くする。
「もう一回?」
女性は頷く。
「昨日のあと……
皆、
少し楽になったんです。
でも……
“どう戻せばいいか”は、
まだ分からなくて」
ソラが腕を組む。
「教えてほしい、
ってわけやないんやな」
女性は首を振る。
「ええ。
ただ……
一緒にやる時間が
もう少しあれば……」
その言葉に、
アリアはすぐ答えた。
「……いいですよ」
⸻
◆一緒に立つ
昼の炊事場。
今日は、
町の人が主に動く。
まかない部は、
横に立つだけ。
ミナは、
薪の置き方を
少しだけ直す。
ソラは、
煙の抜け道を
さりげなく示す。
ルナは、
風に声をかけない。
ただ、
人の動きに合わせて、
風が流れるのを待つ。
風は、
昨日より少しだけ、
低く降りてきた。
アリアはそれを見て思う。
(……制御を解いたあとの回復は、
“人が主役”にならないと進まない)
⸻
◆夕方の変化
日が傾くころ、
火は安定していた。
長時間の煮込みはまだ無理だが、
簡単な調理なら問題ない。
誰かが言う。
「……明日は、
もう少しやってみよう」
それだけで、
十分だった。
ルナが小さく言う。
「……風……
ここ……
居てもいい……
って……
思い始めてる……」
風の光は、
否定せず、
逃げもしない。
⸻
◆夜へ
宿へ戻る道すがら、
ミナが言った。
「……治した、
って言われへんな」
ソラが頷く。
「せやな。
“戻る途中”や」
アリアは、
町の灯りを振り返った。
「それでいい。
途中に立ち会えたなら、
任務としては十分」
風は、
町と一行の間を、
ゆっくり行き来していた。
それは――
完全な解決ではないが、
確かな回復の途中を示す風だった。




