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7話「魔法とこの世界の常識」

「おはようございます、エイトさん。朝ごはんできてますよ」


 ナギサに起床を促され、のそのそと起き上がる。今朝のメニューはパンと果物がいくつか。実に質素なものである。

 だが、これでもナギサのおかげでもかなり改善された方だ。


 女神イディエルによって異世界に飛ばされた俺は、行く宛もなく山の中を彷徨ってこの村にたどり着いた。幸いにもこの村の住民は皆優しく、流れ着いた俺に空き家とその家の裏にあるじゃがいも畑を与えてくれた。

 だから、毎日3食じゃがいもを食っていた。

 うちのじゃがいもと他の果物で物々交換でもすればよかたんだろうが、正直めんどくさかった。レートとかよくわからないし。

 後で聞いた話だが、俺はよほどじゃがいもが好きな変人だと思われていたらしい。


 さて、なぜナギサに身の回りの世話をしてもらっているかというと、魔法を教える見返りだ。

 電化製品もコンビニもない異世界での生活は、俺には非常に辛いものがあった。文明の利器なしでは、絶望的なまでに生活力がなく、どんどん部屋が汚くなっていくのを実感していた。

 それに毎日じゃがいもばかり食っていたら流石に栄養状態だって偏るし、飽きる。

 だから、ナギサにやってもらうこととした。


 朝食を食べ終わると、魔法の指導を開始した。


「今日からよろしくお願いします! エイト先生!」

「いや先生はつけなくていいよ……」


 先生とはなんとも不思議な言葉だ。なというかむずがゆい感じがしてくる。ともかく今の俺は先生と呼ばれることに慣れなかった。


「とりあえず手本を見せるから真似してみて」

「【風よ、爆ぜろ!】」

「『風撃(エアロ・バースト)』!」


 手元で空気を圧縮し一気に解放することで、炸裂する。今俺が使える魔法の中で――とは言え基本魔法を除けばまだ3つしかないが――最弱のものだ。

 威力としては人間程度なら軽く数メートルは吹き飛ばせるだろう。

 他をあまり知らないから比較しにくいが、きっとシンプルで使いやすい魔法だろう。

 ナギサも同じように詠唱し、魔法を発動させる。が、何も起きない。まあそりゃそうか。俺のように女神の加護があるわけではないし、一般人がいきなり魔法を使えるものではないんだろうな。


 その後もナギサは何度か繰り返していたが、うんともすんとも言わない。やはり詠唱するだけじゃダメなんだろうな。


「うーん、うまくいきませんね。何がダメなんでしょう?」

「俺もうまく説明できるわけじゃないけど、例えばイメージして見るとかかな? こう、空気が手のひらに集まってくる感じを」


 ……。

 しばしの沈黙。


「あのー、空気ってなんですか?」


 予想だにしない問いかけ。空気とは。別に、哲学をしているわけじゃない。

 空気とは酸素や窒素、二酸化炭素が混ざった気体である。そんなことは現代の常識となっているが、どうやらここではそうではないらしい。だが、よく考えてみると、俺達だって知識としてあるだけで、それを実感することはない。だとすれば、この目に見えない空気という存在をなんて説明すればいいんだろうか。


「ほら、息を吸ったり吐いたりする時に、体内に取り込むし、手で扇いだら流れみたいなものを感じるでしょ? それが空気」

「これが空気ですか……? なんというか不思議ですね。冷たくなっているのはわかりますが……」


 ここから俺は、あの手この手で空気に関する説明を試みた。なにもないように見えるけど空気があって、それは酸素とかの分子という目に見えないけど確かにある物でできているとか、空気の流れが風だとか、そんなことを。

 これじゃ魔法というより科学の授業だな。


 必死の講義の甲斐あってか、ナギサはなんとなくではあるが、空気の概念を理解してくれたようだ。

 しかし、ここまでにくるのに時間がかかりすぎて、あたりは暗くなってきていた。


「ナギサ、最後に1回だけ詠唱して終わりにしようか」

「はい! 行きますね!」

「【風よ! 爆ぜろ!】」

「『風撃(エアロ・バースト)』!」


 ポンッ


 かすかにではあるが、破裂音がした。


「やったー!!! できましたよ!!!」


 はしゃぎまわり、俺に抱きついてくる。


 こうして1日が終了した。


 俺たちは家に戻り、ナギサが夕食の準備に取り掛かる。先日、俺が殺した竜の肉とパンに色とりどりの果実、あとジャガイモ。かなりまともな食事になってきたと感じる。


「どうですか? お口に合いましたか?」

「ああ、すごく美味しいよ」

「良かったです。あんなに一生懸命に教えてくれたのに変な物をお出しすることにならなくて」


 単純に、味の深みやバランスなんかだけなら元の世界の食事のほうが遥かに良いんだろう。でも、今まで食べてきたどんなコンビニ弁当やカップ麺よりも食べていて幸福な気持ちになれた。食べる人のことを思いやった料理。それがこんなにも美味しいなんて。


 そんな感傷に浸っていると、知らぬ間に涙がこぼれ出ていた。

 ナギサにそれを気づかれる。


「あの、もしかして美味しくなかったですか!?」

「いや違うんだ。料理は美味しい、美味しいよ。でもなんだか昔のことを思い出してしまって……」


 嫌なことしかなかった。自分は幸せになってはいけない人間なんじゃないかと考えたこともあった。でも今、幸せになってもいいんだよと、そう言われている気がした。

 望むのは些細な喜び。そのためならなんでもしよう。もう後悔なんてしないために。


 ナギサは席から立ち上がり、無言で俺をギュッと抱きしめてきた。


 柔らかさと暖かさに包まれる。


「ありがとう」


 とっさに出た感謝の言葉。ひとまず今はこのままでいたい。

 安心して気が抜けたのか、そのまま眠りに落ちてしまった。


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