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星夜見のプロテジェ〜加害者の彼と被害者の私は、星降る街で再会する〜  作者: wag


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いろいろほっぽり出して完全新作です。

初日5話、それから平日は1日1話(18時)、休日は1日2話(11時・18時)投稿予定です。

全40話ほど。


何卒ご支援のほど、よろしくお願いいたします。



四肢から脳天に向かって、無数の針虫がうごめくような痺れ。

夜露に濡れる前髪が隠す視界、振り払おうにも動かぬ身体。


藻掻いた口に広がる土の苦み。



『坊ちゃま!!坊ちゃま!!』


自分を置いて去って行く白い担架。


雲の多い夜の湿り気。

届かぬ己の声。



やがて誰の足音もしなくなった灯りのない庭でひとり、

幕が下りるようにブラックアウトする意識の中、



世界はこんなに昏かったか、と思った。




ーーーーーーーーーー


「ジェーン・カンタベリー、さん。

 おや、名字が変わられたのですね」


首都の最も大きな銀行は、平日昼間でも人でごった返している。

外の蒸し暑さと人の多さで、冷房を効かせてもなお逆上せそうな湿度だ。ジェーンの座るブースはパーテーションで仕切られただけの開かれた場所で、客のざわめきに言葉は紛れていく。


「はい、母が再婚しましたので」

「なるほど、それを機に首都へ?」


対応してくれた初老の男性は、ジェーンが窓口に出した手続き申込書を見るなり片方の眉を吊り上げ、奥の個別ブースへジェーンを案内してくれた。

少し時間がかかりますよ、との言葉と共に出されたミントティーのグラスは汗をかき、時折カランと氷のこすれる音が鳴る。


「はい、独立しようかと」

「それはおめでたいきっかけですね」

「ええ」


眼鏡の奥から寄越された視線に、ジェーンは曖昧に微笑んだ。


「それでご所望の手続きは、

 名前の変更と預金の引き出しですね。

 いくらほど?」


「5000ギルほど。

 それだけあれば引っ越しの諸経費はまかなえるかと」


「充分でしょう。

 住居はこれから?

 その後は国の補助金で生活を?」


矢継ぎ早の質問にジェーンはたじろくが、壮年の男性のしぐさや視線からは敵意は感じられない。どちらかというとジェーンを案じる親戚のおじさんのような温かみがあった。


「はい、今日出てきたばかりですので。

 生活にあたっては職を求めるつもりです」


「・・・なるほど、お仕事を。

 あなた方は無理に仕事をせずとも良いでしょうに」


男性の視線はジェーンの手元に落ちる。


ジェーンは自身の両手を包む、グラスの水滴で少し湿った黒い手袋を気まずそうに机の下に隠した。


「まぁ、そう甘えてばかりでもいられませんから」


「殊勝な心がけだ。ですが無理は禁物ですよ、

 あなた方は『庇護を受ける者』なのですから。

 国からの補助金も出るし、社会が守っていく必要がある」


「ありがとうございます」


ジェーンの言葉ににこりと笑った男性は、先ほどミントティーと共にブースに持ち込まれた、恐らくジェーンの口座の情報であろう数枚の用紙をぺらぺらと眺めて言う。


「名字は新しいほうを登録しておきましょう。

 カンタベリー、ですね。ここにスペルを。

 ペンはこれを使って。


 …まぁ、賢明な判断だと思いますよ。

 『ジェーン・タンストール』の名を、

 すっかり忘れた人ばかりとも限らない。

 あの頃は連日新聞にあなたの名が踊っていましたから。


 …痛ましい事故だった。命があって何よりだ」


ジェーンは自身の新しい名を書きながらまた、曖昧に笑って誤魔化した。


「…これまで一度も、

 口座に手をつけていなかったのですね」


男性がぽろりと口にした言葉を、ざわめきの中で聞こえなかったことにし、ジェーンはペンを置く。


「これでどうでしょうか」


「ええ、結構です。

 それでは手続き完了の証書と、

 口座の認証の魔道具をお持ちしましょう。

 認証が済んだら5000ギルをお渡しします」


そう言って席を立った男性の背をぼんやり眺め、ジェーンは考えた。


『あの人も、私のことを覚えているひとりなのね』


ジェーン・カンタベリー、元の名をジェーン・タンストール。

かつて起こった重大事故の被害者であり、最も重傷だった子供。


裕福な旧貴族の屋敷で起こったその事故は、事故の元となった魔道具の会社も巻き込み、一時期新聞のトップニュースを連日飾った。


その事故をきっかけに首都を離れたジェーン母子であったが、その母も田舎で良い人と出会い、新たな家庭を作ることになった。そのためとうに成人していたジェーンは、遅まきながら独立するため、魔導バスに揺られて首都に戻ってきたのだ。



男性が掌大の道具を持って戻ってくる。

四角い板のようなその道具は、表面に手のかたちが絵が描かれていた。



「はい、どうぞ、魔力紋による認証機です。

 こちらに手をかざして、魔力を流して認証を。

 できそうですか」


「問題ありません、手袋がありますので」


「それはよかった」



この世界では魔力が存在するのが当たり前であり、生活のインフラともなっている。個人の認証も個々で異なる「魔力紋」で行うのが当たり前、水の確保も火起こしも、すべて魔力ありきで物事が構築されている。


ジェーンは過去の事故で、体内をめぐる「魔力回路」に壊滅的な損傷を負った。 

魔力自体はあるが、回路が繋がっていないため発動することができないのだ。



ジェーンのような事故や、先天性あるいは後天性の病により魔力を発動できなくなった者は、「庇護を受ける者」と呼ばれ社会全体で厚く補助されている。その一環が黒手袋だ。


黒地に、掌側に金の刺繍で魔法陣が縫い取られたそれは、切れた回路を補完し、魔力と手袋さえあれば魔道具を起動できるというもので、「庇護を受ける者」皆に配布されている高価な道具だった。中には魔力そのものがなく、手袋があっても魔力を発動できない者もいるが、身分証明書代わりに手袋を身につけている者も多い。


導かれるまま手袋で包まれた手を魔道具にかざし、魔力紋の認証を受ける。

ふわりと青白い光が浮かんだあと、明るい音で肯定のチャイムが鳴った。


「問題ありませんね、

 それではこちらが現金です。

 5000ギル、お確かめを。

 袋はこれを使って」


「ありがとうございます」


積まれた紙幣を数えながら袋にいれるジェーンに、男性はためらいがちに話しかけた。


「…ところでカンタベリーさん。

 役所にはもう行かれましたか。

 転居の手続きをしたか、という意味なんですが」


紙幣を数える手元から顔を上げ、ジェーンは答えた。


「いいえ、まだこれからです。

 住所が決まったらまた手続きに来ますね」


「…そうですか。

 もし、もし良かったら、なんですが」


男性は引き出しから、一枚の紙を取り出した。


「実は、『庇護を受ける者』枠の求人があるのです」


「えぇっ!是非見せてください!」


ジェーン達「庇護を受ける者」は、当然のように住居や職業に制限が出る。解錠やインフラに魔力が必要な最新の物件だったり、洗い物や大型の魔道具を使う必要がある職業は当然彼らを歓迎しない。


だから「庇護を受ける者」はそれ用にカスタマイズされた住宅に棲まうのが通例であったし、給付金を貰っている彼らにあえて職を与えようという者も滅多にいないのだ。



ジェーン自身、首都に来てから職を見つけるまでは必死でやったとしても相当の時間がかかると思っていたし、職を転々とすることも覚悟していた。


「ええと、種類としては公立機関の求人です。

 いわゆる『義務枠』ですね」


国の施策として、「庇護を受ける者」は雇用に関してもわずかだが優遇制度がある。それが公的機関における「義務枠」である。

これは各機関ごとに、「庇護を受ける者」を採用する専用の枠を設けることが義務づけられていることからこう呼ばれている。義務枠を良好に運営できている機関には国から資金が多く与えられるため、各機関工夫して「庇護を受ける者」の仕事を捻出している。


「そんな、私なんかでいいんでしょうか」


「もちろん。

 知人から良い人がいたら声を掛けるよう、

 勝手に押しつけられた求人なんです。

 あなたなら大丈夫だと思ったからお見せしました。

 

 …ですが、一点だけ。

 実はこの街の求人ではないのです」


「あら、それで役所に行ったか聞かれたのですね。

 どちらの街ですか?」


「ベルウェンです」


「ベルウェン…!」


ジェーンは目を輝かせた。

ベルウェン、とは国内屈指の観光都市として知られる街であるが、もちろんジェーンは行ったことがない。だが田舎の村でも、女の子達がこぞって「一度は行きたい街」として挙げていた街だ。


「受けてみられますか?」


「もちろん!なんでもします!

 でもどうかしら、まだ枠は空いているでしょうか」


「一応確認してみますが、問題ないかと。

 実は前任たちがあまり長続きしないようでしてね。

 だんたん採用自体のハードルも上がってしまって、

 滅多に人が寄りつかなくなってしまったようです」


「そ、そうですか」


危険はないはずです、と念を押されるものの、ジェーンは少し構えてしまう。


「とにかく、一度面接だけでも受けてみられるなら、

 役所に行くのは待ってください」


ジェーンはほんのわずかの間考えたが、すぐに答えを出した。


「はい。もう決めました。

 ありがとうございます、私ベルウェンに行きます」


もし採用されなくても、一度観光してみたかったんです。


そう言い切って笑ったジェーンを、男性は眩しそうに見つめる。


「それでは、私から先方には連絡しておきましょう。

 もののついでだ、

 私がベルウェンまでお送りしますよ」


「そんな、ご迷惑をおかけする訳には!」


「気にしないでください、私も知人に会いたいのです。

 私はヘンドリック。

 3日後の朝、出発にしましょう。

 9時にここに来れますか」


「そ、それはもちろん」


「結構。推薦人として見届けさせてもらいます。

 あなたの向かうところは、

 ベルウェンの『星夜見の塔』です」


「星夜見の塔・・・」




ーーーーーーーー


少し浮ついた歩調で銀行を去って行くジェーンの後ろ姿を、ブースから見送るヘンドリックの元に、初老の女性銀行員が近づく。


「ついに来たのね、彼女」


「ああ。ようやく会えた。

 彼にもやっと報告する話題ができたよ」


「まさか慰謝料を全く使わず10年以上経つなんて。

 苦労したでしょうに」


「ああ。

 彼女はこの慰謝料に見合った被害を受けている。

 事故のことも、その後のことも。

 本当なら一生恨んでもいい所業だ。


 それが、あんなにしっかりしたいい子に育つとは」


口座の情報にヘンドリックは目を落とす。

そこには、過去にジェーンが事故にあった際の、莫大な慰謝料の金額が記されていた。



ジェーン・タンストール。


裕福な旧貴族の家で起こった魔道具感電事故の被害者。


同じく被害者だった屋敷の息子の救護に周囲が奔走する中、

気付かれずその場に放置された使用人の少女。


「庇護を受ける者」となった、莫大な慰謝料の受取人。


やっかみから酷い嫌がらせを受け、慰謝料を含むすべての財産を置いて母子ともども首都を追われた哀れな子。


これらのことを連日新聞は面白おかしく書き連ねたものだ。



「良かったの?

 ベルウェンに行かせて。

 ベルウェンって…彼がいる街じゃないの。

 しかもその義務枠…『星夜見の塔』よね」


「ああ、そうだ。

 彼らは出会う必要があると思わないか。

 …おじさんのおせっかいだけどね」


ヘンドリックは求人の紙を小さく折りたたみ、


「そういうわけで、僕は旅の準備をするよ。

 後はよろしく頼むよ、支店長」


そう行って女性の肩を叩き、ざわめく銀行内へ消えていった。

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