第七章 失ってから、気づくもの
第33話 男爵家からの使者
その日、仕立て屋に一通の手紙が届いた。
封蝋を見た瞬間、胸の奥が静かに冷えた。
――男爵家の印。
「……来ましたか」
内容は、予想通りだった。
『一度、話し合いの場を設けたい』
『家族として、迎え入れる用意がある』
丁寧な言葉で飾られてはいるが、
本質はひとつ。
取り戻しに来たのだ。
私は、手紙を机に置いたまま、針を進め続けた。
今さら、
何を話すことがあるだろう。
第34話 懐かしい屋敷、変わらない人々
指定された日時、
私は公爵夫人の同席のもと、男爵家を訪れた。
懐かしい――とは、思わなかった。
ただ、
変わっていないと感じただけだ。
「リリアーヌ……!」
父は、感極まったように立ち上がる。
「心配していたんだ。急にいなくなって……」
その言葉に、
私は何も返さなかった。
継母は、私を値踏みするように見つめ、
すぐに笑みを浮かべる。
「公爵家で、随分と良い扱いを受けているようね」
異母妹は、
私のドレスと立ち居振る舞いを見て、唇を噛んだ。
――ああ。
見ているのは、
私ではなく、私の価値なのだ。
第35話 「娘」を語る資格
「やはり、血は争えませんな」
父は、得意げに言った。
「我が家の娘が、あれほどの仕立てを……」
私は、静かに顔を上げた。
「……いつ、私を娘として扱いましたか?」
部屋の空気が、凍りつく。
「北棟で暮らしていたことを、
食卓につかなかったことを、
ご存じでしたか?」
父は、言葉に詰まった。
継母は、慌てて口を挟む。
「それは、あなたが――」
「違います」
はっきりと、言った。
「私は、追い出される準備をしていただけです」
針と糸で、
生きるために。
第36話 公爵家の答え
その時、公爵夫人が前に出た。
「この話は、ここまでです」
声は穏やかだが、
逆らえない重みがあった。
「リリアーヌは、
我がエーデルシュタイン家の大切な存在」
男爵家の三人が、息を呑む。
「今後、彼女に関する一切の決定権は、
我が家にあります」
継母が、縋るように言った。
「……ですが、あの子は、男爵家の娘――」
「いいえ」
公爵夫人は、きっぱりと否定した。
「これからは、我が家の娘です」
それは、宣言だった。
第37話 選んだ名と、選ばれた場所
手続きは、滞りなく進んだ。
私は正式に、
公爵家の養女となる。
名前は変えない。
それが、私の希望だった。
屋敷に戻ると、
エレノア様が駆け寄ってきた。
「……おかえり」
私は、膝をついて目線を合わせる。
「ただいま」
その瞬間、
胸の奥が、確かに満たされた。
ここが、
私の居場所。
もう、
誰にも奪わせない。




