【幕3】別れ
① 城を去るデルガ
朝の光が、王城の石壁を淡く照らしている。
デルガの部屋は、驚くほど静かだった。
棚は空。
机の上には書類も羽根ペンもない。
炎の時代の設計図も、娯楽化の記録も、改革の議事録も、何ひとつ残していない。
荷物は小さな鞄ひとつ。
扉の外には、王子アルベルトが立っていた。
重臣でもなく、護衛もいない。
ただ一人。
「後悔は?」
短い問い。
デルガは少しだけ空を見上げ、首を振った。
「断罪は必要でした」
静かな声。
「若さを守るために始めたはずが、燃やしてしまった」
一瞬、間が空く。
「だが永遠ではない」
王子は頷く。
引き止めない。
「あなたは炎の時代を支えた」
「そして火を囲い、最後は囲いを外した」
デルガは微笑む。
「火は消していません」
「国が、自分で扱えるようになっただけです」
それが答えだった。
城門をくぐる。
石畳の音が遠ざかる。
振り返らない。
彼の背中は軽い。
役割を降りた人間の背中だった。
② 庭の花
城の裏庭。
誰も注目しない、小さな花壇。
かつて五歳のレイアが植えた花。
あの「断罪不能」の年。
大人たちが制度の正統性を議論し、
若さをどう扱うかを争っていたころ。
片隅で、少女は土に触れていた。
その花が、いま咲いている。
派手ではない。
大輪でもない。
風に揺れる、小さな花。
だが茎はしっかりと地に根を張っている。
デルガは立ち止まる。
触れない。
摘まない。
ただ見る。
(若さは、燃やすものではない)
風が花弁を揺らす。
(育つものだ)
それは理論ではない。
長い年月を経て、ようやく辿り着いた感覚だった。
炎は一瞬で美しく燃える。
だが花は、時間をかけて咲く。
そして散っても、種を残す。
彼は静かに目を閉じ、深く息を吸う。
焦げた匂いは、もうしない。
土の匂いだけがあった。
③ 鐘
王都の鐘が鳴る。
高く、澄んだ音。
断罪制度廃止の正式告知。
かつて断罪の開始を告げた鐘とは違う。
炎を煽る合図ではない。
これは区切りの音。
そして、始まりの音。
街の人々が立ち止まる。
誰も歓声を上げない。
誰も泣かない。
ただ、聞いている。
デルガはゆっくりと歩き出す。
王城を背に、王都の街へ。
彼はもう設計者ではない。
責任者でもない。
ただの一人の市民。
鐘の余韻が、空に溶ける。
物語は終わる。
だが。
国は続く。
問い続ける国として。
そしてどこかで、
また新しい物語が芽吹くだろう。
だが今は。
炎のない、静かな朝だった。




