最終話 断罪のない国【幕1】終わりの決定
王都・議事堂。
高い天井に、午後の光が静かに差し込んでいる。
かつて断罪式が国家の中心だった頃、この建物の外では群衆が熱を帯びていた。
今は違う。
最終審議。
議題は一行。
――断罪制度、正式廃止案。
ざわめきはない。
怒号もない。
あるのは、分厚い資料と数字。
若者暴発率の推移。
経済波及効果の減衰。
象徴消耗がもたらした心理的影響。
制度依存度の構造分析。
断罪は、検証された。
称賛も、批判も、熱も、冷静も、すべて通り過ぎた。
成熟した制度。
だが。
成熟は、永続の理由にはならない。
壇上に立つ王子アルベルトの声は、驚くほど穏やかだった。
「制度は、役目を終えた」
言葉は短い。
それ以上の修辞は不要だった。
採決。
手が挙がる。
ゆっくりと、しかし確実に。
賛成多数。
断罪制度――廃止。
議場に拍手が起こる。
小さい。控えめだ。
だが確かな音だった。
国家が、自らの象徴を手放す音。
炎は上がらない。
歓声もない。
ただ、静かな終わり。
② デルガの決断
会議後。
廊下は長く、足音がよく響いた。
デルガは一通の封書を携え、王子の執務室へ向かう。
ノック。
「入りなさい」
机越しに向かい合う二人。
デルガは封書を差し出す。
「私の役目も終わりました」
辞表。
王子はそれを受け取り、しばらく眺める。
「あなたは炎の時代を支えた」
静かな声。
「そして火を消す役目も果たした」
デルガは首を振る。
「火は消していません」
少しだけ、微笑む。
「囲いを外しただけです」
断罪は国家の中心だった。
怒りを囲い、若さを燃やし、秩序へと変換する装置。
だが今、囲いは不要になった。
問い続ける構造が芽生えた。
人々が制度を検証し、国家を議論する。
断罪がなくても、国は立つ。
デルガは理解している。
彼の仕事は、ここまでだ。
王子は辞表を机に置いた。
「感謝する、デルガ」
それ以上の言葉はない。
それで十分だった。
③ カイの選択
同じ日、別室。
若手カイは再設計委員会の報告書に目を通していた。
かつて舞台を設計した男。
物語を信じた男。
扉が開く。
王子が入る。
「宰相を引き受けよ」
空気が止まる。
一瞬の沈黙。
カイの胸に、過去の舞台がよぎる。
炎。
歓声。
理性的な拍手。
制度の完成。
そして、その終わり。
彼はゆっくり立ち上がる。
「条件があります」
王子は視線を逸らさない。
「断罪の復活は、しません」
かつての自分を否定するような言葉。
だが声は揺れない。
「物語で国を動かす時代は、終わりました」
王子は静かに頷く。
「承知した」
その場で正式任命が告げられる。
若き宰相、誕生。
かつて断罪を進化させた男が、
いまは断罪なき国家を設計する。
窓の外では、夕陽が王都を染めている。
炎の色ではない。
穏やかな、終わりの色。
そして――
始まりの色でもあった。




