【幕2】責任
広場は揺れていた。
怒号ではない。
混乱でもない。
――空白。
誰を見ればいいのかわからない空気。
若手議員の告発の余韻がまだ残っている中、
ゆっくりと一人の男が前へ出た。
デルガ。
石畳を踏む足音が、やけに大きく響く。
彼は壇の中央に立つと、
群衆を見渡し、
そして、静かに言った。
「私が設計した」
ざわめきが広がる。
だが彼は続ける。
「若さを燃料にしたのも」
レイアの横顔が脳裏に浮かぶ者がいる。
「怒りを市場に変えたのも」
拍手。
歓声。
視聴率。
支持率。
「物語として整形したのも」
断罪の構図。
悪役。
救済。
浄化。
彼は一度、息を吸った。
「私だ」
空気が落ちる。
◇
「違う!」
叫んだのはカイだった。
彼は前に出る。
目は赤い。
「進化させたのは私だ!」
「演出を洗練させたのは私だ!」
「拡張したのは私だ!」
彼の声は、怒りと焦燥が混ざっている。
だがデルガは首を振った。
「設計思想は、私から始まった」
その一言は、
言い訳でも、弁明でもない。
ただの事実。
「国家は怒りを処理できない」
「ならば舞台を作ろう」
「対立を構造化しよう」
「若者を象徴にしよう」
「物語で包もう」
その最初の一線を引いたのは――
「私だ」
沈黙。
デルガはまっすぐ前を向く。
「ならば私が終わらせる」
ざわ、と空気が震える。
「責任は、設計者にある」
「制度を止めるなら、私を裁け」
彼は自ら、被告席に立った。
誰も命じていない。
誰も押していない。
自分で、そこに立った。
◇
観衆は戸惑う。
悪役がいない。
怒るべき相手がいない。
カイは怒っているが、悪ではない。
デルガは認めたが、開き直っていない。
若手議員も糾弾ではなく問いを投げている。
英雄もいない。
勝者もいない。
構図が成立しない。
石畳の上で、人々は初めて気づく。
これまで求めていたのは――
わかりやすい役割だった。
善と悪。
主人公と敵。
泣く者と裁く者。
それがあれば、安心できた。
怒りを預けられた。
拍手できた。
だが今。
舞台の中央に立つのは、
「責任」という、
形のないものだった。
◇
カイは震えている。
怒りだけではない。
恐れ。
「物語を奪うのか?」
その声は、かすれている。
「民は何を信じればいい?」
彼はデルガを見る。
「制度を止めれば終わりか?」
「構図を壊せば成熟か?」
「物語が消えれば、国家は何になる?」
広場が静まる。
「無機質な管理社会だ」
「数字と報告書だけの世界だ」
「誰も感情を共有しない」
「誰も熱を持たない」
彼は拳を握る。
「物語は必要悪じゃない」
「人間の本質だ」
「火を消せば安全かもしれない」
「だが、光も消える」
彼は理屈で戦っていない。
本能で守っている。
人は物語を求める。
役を欲する。
象徴を欲する。
それを完全に排除することはできない。
できると思う方が傲慢だ、と。
「あなたはそれを理解しているはずだ、デルガ!」
叫び。
だがデルガは静かだ。
彼の目は、カイではなく群衆を見ている。
問いは、ここにある。
物語は必要か。
必要なら、誰が責任を持つのか。
排除するのか。
制御するのか。
成熟させるのか。
広場は答えを持たない。
だが、以前のように拍手も起こらない。
誰も役を与えられていないからだ。
断罪が止まり、
物語が揺らぎ、
国家は今、
裸のまま立っている。
幕はまだ降りない。




