【幕3】若さという燃料
① 核心の対話
討論の後。
城の回廊は、夕暮れの光に染まっていた。
石壁に長い影が落ちる。
デルガは歩み寄る。
「リリアナ様」
彼女は振り向く。
穏やかな目。
揺れのない呼吸。
「どうなさいました、宰相殿」
デルガは、ほんのわずか迷い——それでも問う。
「なぜ怒らないのです」
リリアナは瞬きをする。
驚きではない。
問いの意味を測る間。
「怒る歳でもありません」
淡い笑み。
それは強がりではない。
事実のような声音。
「若い頃は、恋で泣いたわ」
さらりと言う。
懐かしむように。
後悔も、未練もない。
ただ、記憶として。
デルガの思考が止まる。
若い頃は。
今は違う。
その断絶。
若さは、通過したもの。
今は成熟。
今は完成。
彼女の中に、争う衝動はない。
奪われる恐怖もない。
未来を焦る必要もない。
デルガは、初めてその静けさの意味を理解しかける。
② デルガの気づき
夜。
執務室。
紙に何も書かれていない。
だが思考は走る。
断罪が盛り上がる条件。
未来を奪われる恐怖。
独占欲。
承認欲求。
自分が選ばれたいという焦り。
未熟さ。
未熟さは痛みを生む。
痛みは怒りを生む。
怒りは物語を動かす。
つまり——若さ。
若さは未完成。
未完成だから、ぶつかる。
自分の形がまだ定まらないから、
他者との境界が曖昧で、
奪われると感じる。
ぶつかるから、火花が散る。
火花が散るから、炎になる。
だが。
高齢のヒロインは完成している。
自分の形が定まっている。
他者に奪われない。
奪われる未来が、もう少ない。
完成は静かだ。
静かなものは、美しい。
だが。
静かでは、燃えない。
デルガは椅子にもたれる。
断罪の炎は、若さという燃料に依存していたのではないか。
制度は永続的でも、
燃料は有限だったのではないか。
③ 断罪の空転
翌日。
形式的な宣告が読み上げられる。
声は通る。
言葉は整う。
「本件、双方に大きな過失は認められず——」
軽い是正。
軽い注意。
それだけ。
誰も泣かない。
誰も怒らない。
レイアは深く頭を下げる。
リリアナも穏やかに頷く。
王子は、明らかに安堵している。
胸を撫で下ろすような仕草。
観衆は、無反応。
拍手はまばら。
歓声はない。
野次もない。
石も飛ばない。
ただ、終わる。
断罪は成立した。
だが何も生まれない。
炎が立たない。
煙すら上がらない。
デルガは壇上から広場を見る。
理解する。
断罪が家庭問題に堕ちた。
恋の三角形ではなく、
世代の話し合い。
激情ではなく、
調整。
それは正しい。
だが。
物語ではない。
若さがなければ、
断罪はただの行政処理になる。
デルガは初めて、
炎の正体を掴みかけていた。
若さ。
未熟さ。
未完成。
それこそが、
断罪を物語にしていたのだ。
広場を渡る風は、静かだった。
火の匂いは、どこにもない。




