助けてくれたのは?
血や肉片、泥を前足でつかんで、倒れているモルンに這いよった。
モルンは舌をだらりとだして、荒い息をしている。僕もヒューヒューと息が漏れるなか声をかけた。
「……モ、モルン……」
「……テオ……」
激痛で力の入らない体をひきずり、前足をモルンの体にのせた。
「……治癒を……やっぱり習っていれば……魔力だけでも……モルンに」
狂熊の巨体の横、森の下生えをスルリと抜けて、猫がでて来るのがみえた。
優雅な細身の体。鼻を中心に黒い顔。あざやかで深い青の目。前足後足、耳の先が黒に近い濃いこげ茶。しゅっとしなやかな黒い尻尾。
「おやおや、この若猫ふたりが、こいつを狩っちゃうなんてねぇ」
僕とモルンの横にちょこんと座り、小首をひねる。
「でも、虫の息ってやつだね。おおっ、猫なのに虫だって。くくくっ。あれ? 虫ってどんな息するのかな? あ、いや、そんな場合じゃないか。どれどれ」
猫は立ち上がり、前足を向ける。前足は淡く柔らかな琥珀色に光り、その光は僕らを包みこんだ。
流れでる琥珀色の光が太くなった。ブルブルと震える僕ら。
痛くなくなってきた。
モルンは! モルンは大丈夫?
モルンに乗せた手から、暖かな体温と規則的な息遣いが感じとれた。
「タヌゥーの魔力を使った方がいいんだねぇー。傷を塞いでぇ、骨を直しぃ、流れた血を補いぃ。あれ? 君たちずいぶん変わった体をしてるねぇ。ありゃ? 魔力が? うわっ!」
魔力が一気に流れ込んでくる。え? 猫? 猫から? ……しゃべってる?
「とんでもないな! 魔力を持っていかれる! おおっ? ふたりとも普通じゃないのか! わわわ、もたない!」
ボヨン。
細身の猫の体がプルプルしながら膨張し、人より大きな体になった。長い尻尾が、プリンとした毛玉になって、ピコピコ左右に動いている。
「かぁー、姿がもたなくなっちゃったぁ。もう、ここまで!」
そう言うと、琥珀色の光が消えていった。巨大な猫は、ドスンと後足を投げ出して座った。
モルンと僕は身を起こし、お互いの傷が癒えているのを確かめた。
まだ両前足が、大きな猫の前足のままなのを不思議そうにみた。見下ろしてくる、でっぷりした猫に視線をうつす。
「あ、あなたが治癒してくれたの?」
「そうだよぉー。でも君たちって、どんだけの魔力量なのさ。こっちがもたないよ」
「あ、ありがとうございました」
「いいって、いいって。あ、タヌゥーの名前はねぇ、シャミータヌタヌ。タヌゥーって呼んでね」
ぽよよーんとしたお腹に右前足をあてて、自己紹介してくれた。
「タヌゥー、ありがとう。ボクはモルン、こっちはテオだよ。あれ? この匂い、とっても不思議な匂いだ」
「モルンとテオね。匂いか。うーんと、タヌゥーはね、猫師で魔法猫だよ。その匂いかな。人間は精霊猫って呼ぶけど。まあ、精霊猫ってのもいい響き。案外気に入ってるんだ」
「精霊猫、ほんとにいたのか」
「なにいってるのテオ。君たちも精霊猫じゃないか。猫師になる一歩手前の魔法猫。精霊猫だよね?」
「え? 精霊猫? 猫師? 魔法猫? 僕が、猫?」
「正確には、猫と人との中間。ふたりが一緒に狂熊と戦った姿は、とっても懐かしかったよ。久しぶりの猫師」
「猫師? 猫師ってなに?」
「えっ、知らないの? 猫師なのに? 不思議だねぇー」
僕とモルンは顔を見合わせ、モルンは小首をかしげた。
「あ、そうか、その前足。ふたりともまだ途中なんだね」
モルンはキジ白、僕は白の毛並。猫の前足。
「こ、これって?」
「テオも前足になってる」
「それは、君たちの中にいるひとの足。……ずいぶんいるね。まあ、それでその魔力量なんだろうね。ほんと、とんでもない」
「中にいるひと? わかるの? ひとつになったはずなのに」
「わかるよ。合わさっていることがね。おもしろいねー。さて、そろそろタヌゥーはいくねぇー」
「え、もっとお話しを」
「さっき逃げた二本足が戻ってくるよ。あ、忠告、忠告。あれって大人、大人だよね、顔の周りに毛があったし。あいつらあんまり良い匂いがしないから気をつけてね。じゃあねー、またねー」
「え?」
「あ、まって! もっとお話ししたい」
「いつかねぇー」
タヌゥーは太い前足をふって、太った体に似合わない素早さで、森に消えてしまった。
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