黒い煙
角ウザギを五匹仕留めたところで魔力が乏しくなり、街に戻ることにした。
森沿いを歩きながらあたりを見まわして、僕らは不思議そうに顔を見合わせた。
「テオ、なんか静かすぎない?」
「うん。森から鳥の声がしないかな」
少し離れた森に分け入るけもの道、その奥から悲鳴が聞こえてきた。
森から冒険者たちが走りでてくる。
「おわっ!」
「きゃー!」
子どもの声とともにベッラたちが駆けでてきた。モルンと僕を見つけると声をあげる。
「モルン! 逃げて! 煙! 煙の魔物よっ!」
長い髪を束ねた女性。胸元に銀証がゆれる冒険者が、子どもたちを守るように走ってきて僕に叫んだ。
「街まで逃げろ! 銀証でも勝てそうにない! 逃げるんだ!」
「もう子どもたちは残ってないか!」
「逃げた!」
ベッラや子どもたちも一緒になり、街に向かって走っていく。
「ウワッー!」
「がはぁー!」
最後は、訓練場で子どもたちを追い払った冒険者たち。倒けつ転びつ、後ろを振り返りつつ、青い顔ででてきた。
男たちの殿は大きな荷物を背負った小柄な少年。重くて走れず荷を降ろそうとする。
「このっ! 荷物を捨てるなっ!」
少年の前を走るキツネ顔が、振り向いて甲高い声をあげた。彼らの後ろから、細く黒い煙が追いかけるように伸びてきた。
「瘴気!」
僕とモルンが同時に声をあげ、少年に向かって駆けだした。瘴気が少年の頭越しにキツネ顔に追いつきそうになる。
「くっ!」
キツネ顔はくるりと体を回して少年を蹴り飛ばし、また走りだした。
「あっ!」
ころんだ少年が瘴気に追いつかれ取り込まれる。
冒険者たちは足を止めることなく、僕とモルンの横をすり抜けていく。キツネ顔もこちらをチラリとみて走り抜けていった。
短杖を抜いて氷の魔法を放つが、直ぐに氷は取り込まれてしまう。ガエタノのように全てを凍らせることができない。
「テオ! 無理! 囲まれる!」
モルンの叫びとともに、急停止する。
四方に瘴気の触手を伸ばした大きな塊が、けもの道からでてきた。
アントン村で遭遇した瘴気、あの時はよく観察する時間はなかった。
あらためて見るとただの煙ではなく、ヌメヌメと光沢があるようにも見える。
一部は硬質な感じの部分もあるが、うねうねと動くさまはおぞましく、見ているだけで吐き気がこみあげてきた。
瘴気は触手を僕らに集中させる。モルンは素早く避け、僕は剣を抜いて切り防ごうとした。剣は瘴気を切り散らすが、散った瘴気は合体して、もとに戻っていく。
「危ない!」
僕の背後から襲おうとした触手を、モルンが凍らせる。
ガチンッ!
氷の塊が僕の背中に当たり体勢が崩された。肩に飛びあがり、背中合わせになろうとしたモルンを、一本の触手が襲う。
「ギャンッ!」
モルンの後ろ足を触手がつらぬく。
「モルン!」
振り返った僕は、触手に持ちあげられたモルンを助けようと切りつけた。
今度は剣が瘴気をすり抜ける。
短杖を突きつけ一部を凍らせる。
その時、瘴気が僕の胸を貫いて飛び出した。
げぼっ!
口から血が溢れた。背後から攻撃されていた。
「ぐぁっ!」
冷たい! 熱い! 痛い! 寒い! 寒い!
痛みに剣と短杖を取り落とし、胸にでている瘴気をつかもうとする。両手は虚しく空をきるだけだった。
さらに右太ももを瘴気に貫かれる。
グッと力がかかり、僕の体が瘴気本体の方に引き寄せられる。
モルンも、細い瘴気が数カ所刺さり、血を吹き出しながら取り込まれようとしていた。
苦痛の中、何かが吸い取られる感覚もある。
「ごぼっ! 剣も、魔法も、ダメだ! 打つ手がない! ごぼっ! モルンだけでもっ! モルンだけでも助けないとっ! ごぼっ! ごぼっ!」
アントン村で見た木材のように干からびた子ども。その苦悶の顔が脳裏に浮かんだ。
やみくもに振り回す僕の両手。
モルンがつけた傷。十条の傷が光りだす。
光は両腕全体を包みこみ、スウッと消える。
前腕から指先にかけて形がかわった。大きな真っ白い猫の前足になる。
にゅうっと長い爪がサヤから伸びでた。
もがき続けるモルンの前足も呼応するように光り、大きくなる。体毛のキジ白が眩く光る毛づや、もとの何倍もある前足が現れた。
僕とモルンの前足と爪は、瘴気をひき裂いた。
裂かれた端は空中に消えてゆく。
眼前に迫る瘴気の本体から太い枝が伸び、僕に向かって振り下ろされる。それを前足で切り防ぐと瘴気の陰に肉体が覗く。
切り裂かれ、振り払われた瘴気の間から、頭がでてくる。
長い鼻先、ぬめるような黒い光を発する眼、大きく長い牙。
焦げ茶色の狂熊だった。
僕らは巨大な前足を振り回し、長い爪は狂熊を裂いて血を流させた。
狂熊の大きく開いた口に引き寄せられる。泡と粘液がまとわりつく白い牙が届きそうになったとき、僕の前足が一閃。
狂熊の頭は肉片と脳、脳漿と血を撒き散らしてズタズタになった。下顎が残る頭部から、血が高く吹きあがった。
「がはぁっ!」
瘴気は霧散し、モルンと僕が地面に叩きつけられる。
ドウッと地響きをあげて、狂熊が倒れた。
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