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3.私達のこれまでと旅立ち


 その後、私達はストラスフール学園を卒業した。

 旅立ちの前日。




 ほとんど準備は整っているので花が咲く庭を見に来た。

 実母のマリーズが好きだった花を庭師に頼んでいたので、ここのところ何度も見に来ている。

 庭師が趣向を凝らしているので同じ光景ではないけれど、この景色を見ていると初めてエリクと会った日を思い出す。


 八歳の頃、私とエリクは春先の侯爵家の庭の東屋(あずまや)で出会った。

 異母妹のミラベルは三歳になって以降、「お姉様、お姉様」と後をついて来た日々が幻だったかのように私を嫌うようになっていた。

 継母であるパメラは少なくともこの頃までは私のことを愛そうとしてくれていたと思う。けれどおそらくパメラにとって(まま)ならない瞬間が有ったのだ。

 今ならそう思う。けれど、その頃の私にはそれが悲しかった。 

 けれど、この頃はまだお父様と会話する機会は比較的多く、王族や高位の貴族が他の貴族の師弟の面倒を見て、問題が無ければいずれ何らかの形で雇う仕事見習いの事前面談に来ていたエリクを、遊び相手等を目的として専属の付き人に任命してくださった。


 エリクは私に庭で見かけた小動物について沢山話してくれた。私は自分のために一生懸命話してくれることが嬉しくて次々質問した。

 エリクの声が(かす)れて自分の配慮の無さに気付いて謝罪するとエリクは言った。


「これからも、沢山聞いてください。分からないことは、二人で調べましょう」


 嬉しいのに、エリクと花が咲き乱れる庭の光景は、大雨の日に窓越しに見る庭の光景のように不明瞭になってしまった。

 

 十歳になる年、異母弟のセドリックが生まれた。

 この頃になるとさらに継母のパメラと異母妹のミラベルとの関係は悪化していた。

 お父様が忙しくなり、お父様と会話する機会もほとんど無くなっていた。

 けれど、お父様は私が十三歳になる年、貴族の子女が多く通うストラスフール学園に入学する際も、エリクを従者枠で共に入学させてくださった。


 エリクは優秀故に、他の貴族の従者枠で入学したドニ・ラスペード等から嫌がらせを受けた。その余波で私は顔に傷を負った。

 額の傷が少し残ってしまい、エリクは自分の責任としてアルバンお父様に報告しようとしたけれど、二人だけの秘密として相手方を不問に付すことにした。

 エリクのためでもあるけれど、私を守れなかったことで従者から外されることだけは避けたかったから。

 ただし、ドニ・ラスペード達にはそれなりにしっかりと釘を刺した。

 エリクの本当の主人はアルバンお父様だけれど、この騒動を表沙汰にしないのなら、私がしっかりとドニ・ラスペード達に対応しなければならないのだから。


 その後、パメラとミラベルの私への当たりはきつくなっていく一方で、気疲れと冬の寒さが重なって風邪を拗らせてしまった。

 見舞いに来てくれたエリクは枕元で最悪の場合の提案を持ちかけてきた。

 それは私にとって、最悪の場合どころか最高の未来だった。

 けれど、私が平民として生きるということは、エリクを守る立場を失うということ。

 ミラベルのことも心配だった。

 断るとエリクは、あくまでもしもの時の事として覚えていてほしいと言って、対外的には早めの誕生日プレゼントとして誓いのブローチを私の手のひらの上に置いた。


 それが今まで私の心をどれほど救ってくれたことか。

 だからこそ、エリクの未来を縛らないようにその時が来てもしっかり確認しようと思った。





 不意に強風で庭の花びらが舞い上がった。

 ミラベルが好きな花は繊細で傷つきやすい。私は移動するとその花の無事を確認した。

 私はミラベルが能力を発現させた日を思い出した。


 ミラベルの力、それは治癒能力。それはほんの小さな力だった。

 ミラベルが五歳の頃、自分の好きな花に傷がついたとメイド伝いに庭師に助けを求めようとしていた。

 戻ってきたミラベルとメイドはその花の傷を見失った。

 ミラベルとの仲が悪くなっていた私は、誰もいない間に確認した。実際はその場にある花の傷はもう無かったのだ。


 私は、ミラベルの能力が私達が暮らすエルラタ王国が直轄で運営する能力者組織、リネリュートの認定職の一つに該当すると気付いた。

 その称号は聖女。


 その称号の多くは異界の記憶を持つ、かつての国王様が妻子に語った内容を元に定められた。

 その国王様は様々な異能の力を持っていて、この国を平和に導いたと言う。

 その後、国内にその国王様の能力の一端のような能力を持った子が生まれるようになった。

 国が荒れた時、能力者達が立ち上がってその時の王の名の元に能力者組織が生まれた。

 それがリネリュートだ。


 その組織に属することは大変名誉なこととされている。

 けれど、茶会等で聞く大人達の会話や、書物等の情報から違う側面を感じた。

 話に聞く認定された方々の活躍を(かんが)みると、ミラベルの力はそれほど強くは無いので、認定者に気付かれないかもしれないけれど、念のためにミラベルの力を隠し続けた。


 そもそも能力は誰もが発現するものでは無い。

 貴族の方が発現する確率は高いけれど、姉妹でというのは珍しいかもしれない。


 私の力は、可能な範囲の能力の発現を感知・探知し、能力の発動元を探索者・探索物・発動者本人にすら感知・探知不能にする能力。

 つまり、例えば能力を自覚している本人が宣言して目の前の存在を治癒してしまえば、視覚的には私の力はあまり意味が無い。

 私の思い違いかもしれないし、ミラベルの力がもっと強かったなら、あるいはこれから強くなってきたら状況的に私の力では隠すことはできなかっただろうから、自分の力で家族を守っていると思いたい私の自己満足に過ぎなかったのかもしれない。



 私が自分の力に気付いたのは、継母のパメラがアルバンお父様の後妻に入った後だった。

 私が目立つのを良く思われていないことは直ぐに気付いたので、黙っておいて確信してからお父様に伝えようとしていた。


 エリクと出会ったのはその後だった。

 親睦を図ろうと、後に十二歳のミラベルが誕生パーティーで興じたものと同じ遊戯(ゲーム)をしたことがある。

その時にはエリクの人柄を知って、もっと信頼関係を築きたいと思っていたので、ペナルティで自分の能力のこと伝えたのだ。

 私の秘密を知ったエリクは私に私自身の能力の存在も隠すように忠告をした。


 そして私達はいくつかの二人だけの秘密を大切に抱えてここで生きてきた。

 でもそれも今日でおしまい。不安はあるけれど、私達はここから旅立つ。

 二人の結婚式はお父様が提案してくださったけれど、これ以上パメラお母様とミラベルを刺激しないためにも、これからのためにも、新天地で改めて築いた人間関係の中で執り行う予定となった。





 旅立ち当日。

 目的地へは、馬車等を使って二週間ほどかかる。旅の行程を(かんが)みて朝に旅立つ事になった。

 パメラお母様とミラベルは私がエルランジェ家を去るので上機嫌で送り出そうとする。


「あら、このようなみすぼらしい姿で出発なさるの? 私の服を貸して差し上げましょうか」

「ミラベル、それは無理よ。これからはそうそう会う機会も無いかもしれないのだから」


 厳密にいえば貴族の親類だけれど、平民として生きていくのに今までのような服装ではいられない。

 もう会う機会が無いかもしれない人達とケンカ別れはしたくない。私達は殊勝な態度でお礼を言う。


「お気遣いありがとうございます。お二人とも、お元気で」


 素っ気なくだけれど、パメラが言った。


「あなたも」


 パメラの隣にいた弟のセドリックが花束をもって前へ出た。口元は引き結ばれ、複雑そうな表情だ。


「お姉様……」


 私は、まだ少し私より背が低いセドリックと目線を合わせると、安心させたくて笑った。

 セドリックは花束を渡すために距離が近くなったタイミングで小声で言った。


「お姉様、お辛い時はいつでも帰って来てください。僕は沢山勉強をして鍛えて、家族を守る次代当主に相応しい男になりますから」

「ありがとう。皆をお願いします」


 セドリックの発言は周囲には聞こえていないだろうけれど、私寄りの内容で角が立つといけないので、返事はわざと無難な別れの言葉にして、そこにできるだけ心を込めた。


 お父様はエリクと向き合うと右手を差し出す。本来主従関係ではあまり握手はしない。

 家族を守る男として対等に対峙することで、本気で私達の関係を認めていると示唆してくださっているのかもしれない。


「エリク。シュゼットを頼む」

「はい」 


 お父様はエリクと握手を交わすと、私に目を向けた。 


「シュゼット」


 私は身を正すとお父様と、心の中では母のマリーズ・エルランジェに対しても感謝を伝える。


「お父様。今まで育てて頂き、ありがとうございました」


 別れの言葉を何通りも考えていたのに、思いが溢れてしまいそうで沢山の言葉を発することはできそうに無かった。

 その分、お父様の声を、姿をしっかり目に焼き付けて置こうと思う。


「エリクと共に、幸せになりなさい」

「……はい。必ず、幸せになります」




 私達は小さな馬車に乗ると、目的地である町、リルトに向かって出立した。


 私達が今までストラスフール学園に通うためだった、そしてミラベルがこれから通うために拠点にしているエルランジェ侯爵家の屋敷があるこの王都を出る前には他の馬車や護衛とも合流する予定だ。


「ねえ、あの草木に光るものは何?」

「あれは朝露が朝日を反射して輝いて見えているのですよ」

「……私ったら、何も知らないのね」

「貴族の婦女子は、誘拐等の防犯のためやドレスを汚さないためにこのような光景を目にする状況はあまりありませんから、仕方がないことですよ」


 これから私たちは少し裕福な町人として生きて行く。周囲の人に怪しまれないようにならなくては。


「これからは」

「これからは」


 二人の言葉が重なった。私はどうぞ、と目で語りかけた。


「これからは、二人で様々な景色を見て、沢山の事を知っていきましょう」

「はい」



 実母であるマリーズ・エルランジェが他界してからずっと、未来が怖かった。

 けれど、あなたと共に生きることができるのなら、この先に続く道(未来)は怖くない。







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