手を握られました
「い、イグニエラ……私を乗せてください」
「ヒンッ」
ヴィルディエール様を見送って、その姿が見えなくなったところで膝から崩れ落ちる。自家製のドレスが地面について汚れるが、今はそれを気にすることすらできなかった。
腰が……! 腰が抜けてしまっている……! なんなんだあの人は!
思い返す。確かに、私から少し歩み寄るような姿勢を見せた。しかし、あれはただの意地だ。イケメン限定とはいえ、勇者様のせいでいつまで経っても他人様に迷惑をかけてしまうのも、心配をかけてしまうのもムカつくじゃない? いちいちあの優男の顔がチラついて、親切にしてくれたヴィルディエール様のことを直視できないのが忍びなくて本当に申し訳ないのだ!
だから、克服するために勇気を出した。いつまでもあんな奴の呪縛に囚われるのは馬鹿らしいものね!
「……体温は、人と、ほとんど同じ、なんですね……やっぱり」
握られた手の感触を思い出す。魔族ではなく、魔人族。魔人族と人族は、人種が違うだけで別の生き物ではない……だなんて、はじめて知った。確かに、少しだけ彼のほうが体温が高めかしら? なんて思ったけれど、それぐらいの違いだけ。むしろ全神経を目を逸らさないように集中していたせいで、やけにはっきりと彼の一挙一動を覚えている。
「……」
「ブル?」
「大丈夫です」
手が触れたところは鳥肌が立っているし、今にも動悸でどうにかなってしまいそうだが……一応耐えた! 気絶はしなかった! さっきよりはずっとマシだ! 少しだけ前進したのではないかしら?
今後もあのかたは何度も来るとおっしゃっていたし、ちょうどいいのでイケメンアレルギーを治すための話し相手になってもらおうかしら。あの人ならそのうち慣れそうだ。やたらとスキンシップも多いし、距離が近いものの、トラウマが過ぎる以外は……そこまで嫌とも思わない。見た目がいいと、やはりその辺りの嫌悪感は薄めだ。その見目の良さが今は仇になっているわけだけれども。
「あと、いい加減に美味しいご飯、食べたいですものね」
あわよくば、街で食糧や衣類の買い物ができるようにはからってもらえたら万々歳だ。あの人は有名人とか言っていたし、他所者で人間の私が一人で魔王国に行くよりも、同行してもらったほうが色々と得だろう!
たとえ魔女として人助けをしていても、国に単身乗り込むのは勇気がいる。下手したら相互不干渉で落ち着いているのにスパイを送り込んできた! と思われかねないものね!
「私も……魔王国のこと、知りたくなってしまいましたし」
冤罪で勇者に婚約破棄をされ、国から追放され、逃げてきた先に持ち込めた有用なものはイグニエラと知識のみと思っていた。しかし、この件でその『知識』も有用かどうか怪しくなってきたところだ。
確かにあの国では魔族は敵! 野蛮! 近寄らないように! みたいに言われていて、国境近くに行くことさえ忌避される行為に等しかった。やたらと敵視しているものだから、私にも魔族は怖いという印象が刷り込まれていたらしい。
彼や、道案内をした人達がとても親切だったから魔族に怯えつつも凛として隙を見せぬようにしていたというのに……まさかそれが杞憂だったなんて。
「お勉強、教えてもらいましょう」
彼が家庭教師をしてくださるのなら安心できる。
その『安心』にはなんの理屈も理由もないけれど、でも、それだけはなぜか確信できた。
ああ、女神ユリア様。彼のかたとのご縁を感謝いたします。
きっと私は、あのまま国にいたら……心を壊してしまっていたかもしれないから。
今はもう、遠くに来ているから振り返っても国の結界も城壁も見えないけれど、かえって吹っ切れることができるからいいのかもしれない。
かつて、貧民街で人々の傷を癒していた頃が懐かしい……そんなことをしていたから、聖女の力ありと言われてお城に召し上げられてしまったのだわ。でも、きっと結果が分かっていても私は人が傷ついているのを放っておかなかったでしょうね。
「あのときは……シュバリオ様に、居場所があるよと言ってもらえて……嬉しかったのに」
感傷に浸る。ああ、なにが間違っていたのだろう? ただひたすら、頑張ってきただけなのに。なにも報われなかった。
頑張っても無駄なら、もう頑張るのはやめる。私はこのまま、自由気ままにスローライフしながら元気に生きてやるんだから!
「イグニエラ……あったかい」
「ヒンッ」
私を乗せた炎の馬が誇らしげに鼻を鳴らす。
どうか、どうか、このまま穏やかな生活が続いて……幸せになれますように。
次回でざまぁ部分……かな?