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『ああもう! なにもかもが上手くいかないわよ!』

「なによこれ……どういうこと!? 嫌よ、私悪くない!」


 綻んでいく結界。王国の中心を魔物が睨みつける。


「聖女様! アザレア様! どうかお助けください!」

「どうして……? どうして私の神聖魔法が効かないの!?」


 結界の内側に魔物が入り込み、意気揚々と出てきた聖女――アザレアは恐慌状態に陥っていた。彼女の扱う聖なる力。神聖魔法で滅することのできるはずの魔物は、滅びることなく体を再生して彼女に襲いかかる。


「聖女様!」

「邪魔よ、退きなさい! 私が逃げられないじゃない!」

「あっ、聖女……さ、まっ……」


 恐ろしさのあまり、アザレアに縋りついた老婆が魔物に向かって突き飛ばされる。アザレアはそのまま、振り返ることなく宮廷へ。城へと走った。魔物に貪り食われる国民の嘆きと悲しみに、聞こえないふりをしながら……。


 フレアローザを追い出した宮廷では、連日似たような大騒ぎが起こっていた。

 国を魔物から守る結界が外から順に、糸がほどけるように消失していってしまっているからである。国を守る結界は二重、三重……八重の厚さを持っており、それぞれが国の末端から宮廷のある中心まで円を重ねるように張り巡らされている。


 末端の一部では既に結界が破れ、貧民街の者達は外からやってくる魔物に着々と食い殺されている状況。その対処にやってきたのが、魔物を滅することのできるはずの聖女アザレアと、勇者シュバリオだった。


 しかし、聖女アザレアは己の魔法が効かないことを確認するとすぐさま逃亡し、勇者はそれを追って国の中心へと消えて行ってしまった。


 貧民街に蔓延するのは、濃厚な絶望。

 彼らは国に見捨てられたのだ。


 そんな、地獄のような国の端でただ一人、ローブを着た老齢の女性が嘆きをこぼす。


「王よ……なぜ、見誤った。もはや、これまで……貧民街の者達はもう、もたない。私が……連れて行くしかないか」


 王国の騎士団も魔物の群れに恐れをなして結界の中に引きこもってしまった。

 力の持たない民を守ることのできる者は己以外誰一人としていない。


 老女は大きく息を吐くと、その場に杖を垂直に立てる。

 大規模な詠唱を奏でながら……彼女はこうなってしまうまでに、なにかができたのではないかと考えを巡らせていた。


 ◇


 結界の綻び。


 この現象に宮廷が気がついたのはフレアローザを追い出してから半年以上経ってからであった。


 しかし、フレアローザがいなくなり、すぐにこの異変に気がついていたものもまた、いた。


 それは国の最高峰の精霊魔法士である老女『デュロベンラ』である。


 異変に気がついてから彼女はすぐに宮廷に物申した。(いわ)く、真に神に愛されたフレアローザがいなくなり、積極的に力を貸してくれていた精霊達が結界の構築を嫌がるようになってしまったと。


 己の生命力を分けて結界を張っていたフレアローザの代わりに、今度は聖女アザレアの魔法力が精霊達に捧げられるようになったが、アザレアの魔法力は暗く澱んでいて、精霊達が受け付けようとしない。


 なんとしてでも精霊の機嫌を取れるように魔法力を捧げなければならないが、澱んだ魔法力は嫌がってしまう。


 なら、魔法力以外の手段で精霊の機嫌を取ればいいが、肝心の聖女アザレアが精霊を軽視しており、敬意を払わず魔法を行使しているために精霊達からの評価は――最底辺だ。


 魔法は本来精霊に敬意を払い、協力してもらって初めて行使できるもの。それを莫大な魔法力を無理に注ぎ続けるといった方法で、精霊の力を無理矢理使役しているのがアザレアだ。好かれるはずもない。


 魔物を憐れむ存在である勇者でさえも、その存在と性根が歪んでしまっている。我儘な聖女を止める者はどこにも存在しない。


 老女デュロベンラが聖女の交代に気がついたときには、すでに遅かったのだ。

 彼女は貧民街を拠点として貧しい者達と共に住み、力を貸していた。だからこそ、結界の異変にすぐ気づくことができたが、宮廷に滅多に出入りをしないからこそ、聖女の交代という情報を知るのが遅れた。


 老女は、フレアローザがいなくなってからは後を追うことも許されず、それならば魔法の教師としてアザレアの性根を矯正させようと試みては勇者に邪魔をされ、折檻を行なっているのではないか? と疑惑をかけられて教師としての任も解かれてしまっていた。


 危機感を抱いたデュロベンラは、このままでは国が精霊に見放されてしまう! 相応しくない聖女を祭り上げていては、三年もしないうちに結界が全てほどけて消えてしまう! と王に訴え出ることにした。


 しかし、アザレアを猫可愛がりしている王はこれに怒り、老齢のデュロベンラを貧民街から城壁の中に入ることを禁じ、それ以降彼女の意見をいっさい聞き入れることはなかった。


「仕方がない……魔王国『リュードベルグ』へ、亡命を」


 全ては遅すぎたのだ。


「フレアローザ。愛しいローザ。貧民街の希望……お前はどうか、なにも知らずに、幸せにおなり」


 そうしてその日、貧民街の人間達はどこかへと消えた。


 王国の人間は全て魔物に食い荒らされてなにも残らなかっただろうと断じ、粗末な供養塔を建てることで彼らを見捨てた事実から目を逸らした。


 王国の……宮廷の人間達は知らない。

 最高峰の精霊魔法士デュロベンラは、大魔女であるということを。


 そして彼女は、貧民街の生き残り全てを魔法で魔王国へ移動させ、亡命したのだということを。


 底辺の人間を見捨て、自分達が助かるためだけに生贄にした、結界の内側の人間達は……忍び寄る滅びの足跡に、今も怯えている。

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