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強制お空の旅で困りました

◇ヴィルディエール訪問から数日後◇


「どうしましょう……」


 バサーッ、バサーッと耳元で音がする。風を切る音に、宙ぶらりんになった手足。大きなかぎ爪付きの脚に掴まれた胴は締めつけがきつすぎてギチギチと音を立てている。


 現在地? どこでしょうねぇ!! 上空!! 魔の森のお空の上です!!! 

 そうです! 大きな鳥の魔物にガッチリ脚で捕まえられて優雅にお空を飛んでいます!! 


 控えめに言ってもフレアローザ、ピンチだわ!! 


「ひっ」


 助けを求めて泣き叫ぶほどの気力はすでにない。最初のうちなら叫ぶこともできたかもしれないけれども、空気が薄くて、体も痛くて、もうなんかもう……無理です。死ぬ……このままでは待っているのは確実な死しかない! 


 ただの魔物なら神聖魔法でじゅわっとできる。けれども今はお空の上! ここでじゅわっとさせたら落ちてどっちにしろ死ぬ!! 


 空を飛ぶような魔法? そんなもの習っていません! 衝撃を吸収する魔法? そんなものがあるのかどうかさえも分からないわ! 


 だって私が教えてもらえた魔法は、宮廷にとって便利な魔法や花嫁修行に関わる魔法だけだもの! 無駄にお料理とかお裁縫は魔法を使いながら優雅にできるけれど! サバイバルな今、すごく役立っているからそれに対しては特に恨みなんてないけれど! 


 でも、せめて自由に魔法を学ぶ機会は欲しかったなあと、すごく切実に思います! それでも空を飛ぶ魔法なんて自分から学んだかは分からないけれども! 


 だから選択肢はひとつ。この鳥の魔物が着地するまで耐え忍ぶしかないのだ。


 その前に空気の薄さと締め付けのきつさで骨折なりなんなりして気絶するほうが早そうだけれど……気合いで耐えるしかないのよローザ! ここで気絶したら、地上に降りるまでに目が覚めなかったら、そこにあるのは鳥の餌になってこの世からサヨナラバイバイの未来だけ! 耐えるのよ……! 


「ぐっ、ぅ……」


 内臓が口から出てきそうな圧がかかり、ふっと気が遠くなってくる。

 大きな鳥の脚は大きいからこそお腹と腰の辺りをしっかりと掴んでおり、安定感はある。しかし多少体勢は楽だが、それだけだ。それだけなのだ。これがクチバシで咥えられるとか、爪で体を貫通して引っ掛けられるとか、そういう即死しかない体勢よりはマシだけれど、このままへし折られる可能性だってあるのだ。


 ひたすら祈り、自分に回復魔法をかけまくりながらなんとか保たせるしかない。ぎゅうぎゅう締め付けられるたびに骨が軋む。痛くて泣きそう。でも、今私の命をどうにか繋ぐことができるのは、自分しかいない。


 助けを求めるなんてこともできない。


「っぅ……」


 だって、だって、私を助けてくれる人なんて、いないんだもの。


 イグニエラは空を飛ぶことなんてできないし、動物達は魔物に敵わない。

 小さな鳥さんが泣きながら私を追ってきたが、飛行速度は魔物に敵わずもうほとんど見えなくなった。


 森の開けた場所でのピクニック中に、不意打ちのように現れたこの魔物に動物達もイグニエラも、そして私も対処が間に合わなかった。あとは、死ぬ気で私が耐え抜いて、タイミングを計りながら雛の餌にされる前に逃げ出すしかない! 


 私しか、私の命を守る者はいないのだ。

 せっかく自由になれたのよ。もう宮廷での生活なんて忘れて、生きて、生きて、生き抜いてやるって決めたのよ。


 こんなところで、死んでたまるかって話ですよ! 


「……」


 耳元で風が轟々と吹いていて、羽音しか聞こえない。


 ……寒い。寒くて、耳が千切れてしまいそうだ。


 風が強くて目が開けられない。


 回復魔法が追いつかない。


 体力がどんどんなくなっていく。


 気力を保っていても、徐々に近づく死の足跡。

 一歩間違えればすぐそこに死がある。


「ふっ……くぅ……」


 どんなに気丈になろうとしても、それでもやっぱり怖いものは怖い。


 たった一人こんなところで頑張っても、生き残れるかどうかは分からない。

 ああ、そうだっけ。私、頑張っても報われないって知ってる。


「ぅ……」


 じわじわと目に涙が溜まってくる。

 泣かないで。泣いてはダメ。でも、止められない。


 だって、私は知っている。

 頑張っても絶対に報われない。

 それを骨の髄まで刻みつけられてしまった。

 誰も私の頑張りなんて見てくれない。気にもされない。


 いつまで頑張ればいいの? どうしたらよく頑張ったねって言ってくれるの。

 貧民街から召し上げられて、身分の差があるからとたくさん努力した。


 それも全部、全部、無駄。


 一度でいいからなにか感謝がほしくて、いいお嫁さんになれるようにたくさんのことを覚えて。


 結局あの人は、私なんて見てくれなかった。

 最初から、私のことなんて見えていなかった。


「ぁ……れ……?」


 どうして、私、頑張って、生き延びようと、しているんだろう? 

 頑張っても、努力は絶対に報われない。


 なら、生きたいって思っても、頑張っても、無意味なんじゃ――。


「フレアローザ殿!」


 バサリ。

 別の大きな影が、大きな鳥の魔物の上にかかる。


「意識はあるか!?」


 聞き覚えのある声。


「た、すけ……」

「自分で自分に回復魔法をかけていたのだな! よくここまで頑張ってくれた! 今、助ける!」


 ああ、むくわれた。

 瞬間的に、そして直感的に、その事実が私の中に優しく染み込んでいくのを感じる。


「少し揺れるぞ! だが安心してほしい、俺は絶対に君を助ける!」


  ほろりと、風に乗って雫が流れていった。


「だから」


 一段低くなった声が、私の安心感を誘う。


「君は、安心して俺に身を任せていなさい」


 断定するような言葉と口調なのに、どこか優しくてあたたかい。

 この人の言葉には、なぜだか『絶対』を約束するような、圧倒的な存在感があった。


 大きな鳥の魔物の慌てる鳴き声が響き渡り、ドラゴンの咆哮がそれを打ち消す。少しの揺れに、首を動かして頭上を見る。彼は、ヴィルディエール様はドラゴンの背から飛び降りてきたのか、私を掴む大きな鳥の脚に乗って、こちらを見下ろしている。


「ぃきて……て、いい……の、ですか?」


 私には分からなくなってしまっていたから、そう問いかけた。

 でも、風で聞こえるはずがないことな気がついて、視線を下げる。


「生きていてくれなくては困るな!」

「き、こぇ……」

「フレアローザ殿? ローザ殿!」


 そこから、ぷっつりと私の意識は途絶えた。

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