【魔王様は与えたい!】
「さて、今日はここまでにしよう。もう、休むといい」
「は、はい。分かりました。ありがとうございます」
憐れな魔物のことを思い、目を潤ませている目の前の少女の髪に触れる。
はじめはびくりと肩を揺らしていた彼女も、今ではすっかり俺が髪に触れる程度では気にしなくなったようだ。一歩前進、なによりだ!
可能ならばこのまま距離を近づけて口説いてやりたいくらいだが、彼女は少々男性恐怖症に近い状態に陥っているようだから、これ以上に距離を詰めすぎるのは悪手となりそうだ。
それさえなければ、心細そうな彼女を抱きしめてやりたい。その細い体を俺の広い腕で抱いて、安心させてやりたい。しかしそれだと怖がらせてしまうだけだ。それでは本末転倒になってしまう。それだけはダメだ!
彼女の男性恐怖症らしきものも、原因は限定されているのではないかと推測できる。男性全体が苦手ならば俺に気を許すのが早すぎるし、彼女自身が克服しようと動くことも普通はないだろう。よほど火急のことでもない限り、苦手なものは苦手と思い、積極的に克服しようなどとは思わないだろうからな。
複数人の男性に嫌な目に遭わされ、心的外傷を受けた女性ならば初対面の男に過剰なまでに警戒するのが常だ。それにしては、彼女はなんというか……ふわふわとしている。警戒心がなさすぎるのだ。
彼女の印象は、目元が凛とした涼やかだというのに、雰囲気はあたたかく、柔らかく、ふわっとした優しいというところにつきる。そして素直で飲み込みも良い。頭も柔らかく、自身の知る常識と俺の授けた知識を比較してどちらが正しいのか、そして信じても良いか、考える頭を持っている。聡明な女性と言えるだろう。
……惚れてしまった分、俺にとって魅力的すぎるほど大袈裟に見えてしまっているきらいがあるが、彼女が聡明で優しく豊かな感性の持ち主であることは間違いない。
視線をチラリと頭上に向ける。
屋根の上には俺を心配した旧知で、無二の部下が待機しているから問題はなにもない。
さて、彼女の護衛は一匹、よく躾けられたドラゴンの雛でもプレゼントすればいいだろうか。フレアローザ殿の周りに侍る動物達には魔物に対抗できる幻獣がいない。ならば俺が貸し与えてやるべきだろう。俺の居ぬ間にまた彼女が危機に陥ってしまうことがないように。
今回のことでさえ、俺は心臓が握り潰されてしまったような胸の苦しみを覚えたし、俺の知らない間に彼女になにかが遭ったらと考えるだけで拳に力が入る。
もしそのようなことになれば、俺は冷静ではいられなくなってしまう。王として情けなく、あってはならないことだが、それだけ彼女が俺の心の中に入り込んでいるということなのだろう。
屋根の上に待機している幼馴染は俺達の会話を聞いてどう思っただろうな?
お前が恋なんてと笑われるだろうか。周りには俺と、フレアローザ殿と、奴しかいないのだし、王とその配下という関係ではなく幼馴染として揶揄ってくる可能性が高い。
もし揶揄ってきたら、そのときは全力で惚気てやろうか。未だ独り身の奴にはさぞ辛かろう。
「あの……どう、いたしましたか?」
「?」
大人しく髪を梳かれていた彼女が、勇気を出したように俺を見上げた。体格差があるので当たり前だが、彼女の上目は少々心臓に来るものがある。内心で暴れ出してしまいそうなほどの感情を抑え、首を傾けて彼女を見つめた。声を出したら、彼女の愛らしさを称賛する言葉が口から飛び出ていってしまいそうだったからだ。
「あ、えと……その、なんだか、嬉しそう……だったので」
なんと、もしや幼馴染に惚気てやろうなどと考えてニヤついていただろうか? それはなんとも情けない。表情にあまり出さないように気を引き締めていたつもりだったが、不十分だったろうか。
「君が賢く、素敵な女性だからな。なにを贈り物にしようか迷っていた!」
「えっ、そ、そんな……悪いです!」
「ほら、また言っている。俺は遠慮よりも感謝が欲しい!」
「で、でもそれでは際限なく与えられてしまいます……!」
「なに、歳下の女性に甲斐性を見せると言うのも男の務め。持てるものこそ、与えてやらねば! 君が気にする必要はない!」
「でも」
「気にするな!」
「気にします!」
むう、随分と食い下がるな。参った参った。
彼女はなおも上目遣いで言う。
「だって、色んな人に与えてばかりでは、ヴィルディエール様の『持てるもの』がどんどんなくなっていってしまいそうで……良くしてくださるのはとても嬉しいのですけれど、貴方に負担を強いるのは嫌なのです。貴方にとっては、女性に与えるのが当たり前なのだとしても、私はそれが心配です」
なるほど、なるほど。つまりはこうだな? 彼女は、少し勘違いをしている。
確かに俺は気に入ったものを重用し、与えるのが好きだ。しかしだな、それにだって限度は勿論ある。
「君は思い違いをしているな」
「なにが違っていると言うのですか」
まったく頑固な子だな。いや、優しく与えられるのに慣れておらず、戸惑いと躊躇いを覚えているのか。これもまた、彼女の心的外傷のひとつ、か。
「俺が好きでもない者に与えるような男だと?」
「……? えっ、あの……!?」
一瞬、なにを言われたのか分かっていない様子だった彼女は、みるみるうちに頬を林檎のように赤く染めていき、顔を両手で覆った。なんとも可愛らしい仕草だ。これが見られただけで言い返した甲斐があるというものだろう。
「ヴィ……ヴィルディエール様……」
か細い声で彼女が名前を呼ぶものだから、ちょっとした悪戯心でそっと耳を寄せる。すると彼女はぴゃっと縮こまって更に声を小さくした。
「ちか……近い……」
腕を組んで視線を落とす。彼女の肌に発疹は見られない。
やはり、顔さえ見えなければ顔を寄せていてもある程度問題にはならないようだ。この距離の詰め方ならば彼女の負担になりにくいだろう。フレアローザ殿の心的外傷について慮ってやりたいのは山々だが、俺も彼女に意識してもらいたいものだからな。
「ヴィルディエール様……女性にそういうことを言うのはですね……勘違いをされてしまいますから……あまり、よろしくないかと思うのです……」
勘違いしてくれてもいいのだが? そもそも勘違いですらない。真実だからな。しかし、今はまだ、彼女には早いだろうか。
「すまない、聞こえなかった! もう一度頼めるか?」
「なんでもないです……!」
震える声だった。なんとも愛らしい。
俺もなんとまあ、悪い男だろうか。しかし、あまりにも彼女が可愛らしい反応をするものだから、ついついこうしてしまう。
「そうか!」
まあなんだ、彼女が俺の気持ちを受け入れられるようになるまで気長にやろう。俺の時間はまだまだ長くあるのだから。




