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彼がお料理上手でびっくりしました

 目の前にコトリと食器が置かれる。ベッドの脇に寄せられたテーブルの上にはほかほかと湯気を立てるスープが一皿。具材はとろけており、匂いでハーブが入っていると分かる程度だ。香りがとてもいい。スパイスが少しばかりきいているのか、「くう」とお腹が情けない音を出した。


「食べられるだけ食べてしまってくれ!」

「……は、はい」


 恥ずかしい。とても恥ずかしい。まさか殿方の前でお腹を鳴らしてしまうだなんて。顔を覆って身悶えていたものの、ヴィルディエール様の言葉に後押しされてスプーンを手に取る。


「申し訳、ありません。その……ありがとうございます」

「構わない! たまには料理を振る舞って人に喜んでもらいたいと思うこともある。今日がその日だっただけだろう」


 彼の眼差しはあくまで優しい。

 微笑みに彩られたシトリンが間近にあるものだから、手先が少し震えてしまう。


「むっ、俺は離れていたほうがいいだろうか?」

「いえ、この怯えは私の問題です。克服したいので……そばにいてください」

「……()い」

「えと……?」


 急に小さな声になるものだから思わず聞き返してしまった。


「いいや、君が望むならいくらでも協力をしようと思ってな!」


 あ、でもさっきみたいに言ってしまうと私の我儘に無理に付き合わせてしまっていることになるのだろうか? いや、その通りだからなんとも言えないけれど。少し悩んでから言葉を付け加える。


「ええと、その、ヴィルディエール様が、迷惑でない範囲で……いいですので」

「俺としては君とこうして交流する時間を楽しく思っている。だから、君がそう気にすることはない」

「ありがとうございます」


 照れを誤魔化すため、スープをいただくことにする。

 湯気が立つほどほかほかとしているけれど、そこまで熱いわけではない。少しだけ冷ましてあるのだと思う。これも彼の気遣いなのだろうか? そんな些細な事柄が嬉しくて、思わず「美味しい」と言葉にした。


「口にあったのなら幸いだな! スパイシーなのは好みだろうか? それとも、とろみのあるほうが?」

「美味しい……です。その、私が火傷しないように、冷ましてくださったのですね。ありがとうございます。好みは……そうですね。甘めのものが、好きです」


 視線を食器とテーブルに落としたまま少しずつ言葉にしていく。ものすごく失礼なことをしているのは理解している。けれど、今視線を合わせたら。あの優しいシトリンに射抜かれたら熱が上がって死んでしまいそうだった。


「なるほど、甘いものか! この環境だとなかなか甘味のあるものを食べることは叶わないだろう。よければ俺のほうで手配しようか?」

「そんな、悪いです……!」


 慌てて彼の言葉に返答する。ここまで気を遣ってもらって、しかも命を危機を救ってくれた恩人にこれ以上を望むなんてそんなこと、できるはずがないもの! 



「はは! 遠慮はしなくていい。そうだな……俺のほうからも、料理に付き合うのをお願いしたいくらいなんだ。言っただろう? 家の者に日頃の感謝を込めて料理することがあると」

「ええ、それは先程言っていましたね」


 そのことは私に関係ないと思うのだけれど。


「女性からの意見は貴重だからな。君には俺の料理を食べて意見を聴かせて欲しい! 参考程度にでも構わない。ダメだろうか?」

「そんなことを言って……断れないじゃないですか」

「ありがたい!」


 意見を聴きたいという言葉は、明らかにヴィルディエール様による気遣いだ。

 私があまりにも遠慮するものだから彼は、私の都合で断れないように彼の都合で料理を振る舞いたいと言い方を変えて逃げ道を塞いだ。


 ただの好意なら遠慮されるものを、自分のためだからと遠慮させまいとした。私が面倒臭い女だから、彼は自分の責任にした。そういうこと。


「それにしても、空を飛ぶ魔物は初めてだったのだろうか? 君はここに来てしばらく経つだろう。今までよく無事だったな!」

「出来うる限り、外には出ないようにしていましたので」


 最初のうちは本当にサバイバルだったし、今も畑仕事や魔物退治に迷い人の道案内と色々やっていることはあるけれど、開けた場所ではいつも周りを警戒していた。あんな風に油断して攫われたのははじめてのことだったのだ。慣れて来たあたりが一番失敗しやすいとはよく言うらしいけれど、まさにその通りだった。


「なるほど。ならば今後は外にも積極的に出られるよう、俺が魔法も少しずつ教えていこう。君ほどの魔法力があれば、きっとどんな魔法も使いこなせるようになるだろう! 俺が守ってやれれば一番なのだが、君自身もしっかりと自己防衛できるようにしておいたほうがいいだろう!」

「そんっ」


 そんな、悪いです。

 そう言おうとした唇を長く無骨な指でそっと押さえられる。


「好意には素直に甘えなさい」


 直視してしまったシトリンの瞳の奥に、獰猛で、気高い獣を見た気がした。


「……ありがとう、ございます」

「うん、それでいい」


 頷く彼の前で俯く。

 髪を無遠慮に梳かれ、撫でられるが不思議と嫌ではない。

 どうしてだろう、ひどく傲慢なことを言われている気がするのに、全然息苦しさを感じない。嫌だと思わない。彼の言葉の底に、私への心配が見え隠れしているからだろうか。


 いや、違う。これは……。


 王様。


 それがしっくりきた。

 彼の瞳の奥に潜む気高い王様の顔。それが有無を言わさず私のネガティブに走りがちな精神を食い荒らしていくような。縛り付けられていた鎖を、外部から引きちぎってくれているような。


 強引だとは思うけれども、するりと私の心の中に直接手を伸ばしてくる。

 この人、いったいなんなの。


「あっ、やりすぎてしまった。フレアローザ殿、大丈夫だろうか? また俺の顔で気絶をされたらさすがにショックを受けるのだが……」

「今は、大丈夫、です。ショック療法でしょうか?」

「ショック療法」

「ふふっ」


 復唱する彼の背後に宇宙が広がっていた。

 なんとも言えない顔をしている。それがあまりにもおかしくて、なんだか可愛らしくて、思わず手元を覆って笑いをこぼす。

 彼はそんな私を見てふっと口元を緩め、照れたように頬をかいた。


「せっかくのスープが冷めちゃうぜ」

「貴方がお話を始めたのでしょうに」

「そういえばそうだったな、すまない! ゆっくりと食べていてくれ!」


 恥ずかしかったのだろうか? ヴィルディエール様は「調理道具を洗ってくる!」と言って、そそくさとお台所のほうへ引っ込んでいってしまった。


 なんだか不思議な人だ。王様のように有無を言わせない雰囲気があると思ったら、子供のように可愛らしい一面もある。


 すっかり冷めてしまったスープを口にしながら、「そういえば」と彼にかけてもらっていたマントを膝から横にずらす。食べかたは綺麗にするよう躾けられてはいるけれど、さすがにいつまでも膝掛けにしているわけにはいかない。失礼だ。


「あら、ほつれかけていますね」


 マントの端っこのほうに糸のほつれを確認して熟考する。

 うん! 料理までしてもらえたわけなのだし、恩返しにお裁縫、頑張りましょうか! 

念のため。


→目下の者に用いる「感心する」「健気だ」「可愛い」の意味。


ストック切れたやっばい! と言う状況なので明日お昼に投稿されなかったら察してください。なるべく毎日投稿したいので頑張りはします。

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