35話・乱闘騒ぎの前夜祭⑤
ゴンッと物凄く痛そうな音と同時に、天変地異でも起こりそうな状態にあった、物が浮かんだり、突風で部屋の中を紙が走ったりといった異常は収まった。
アウロラはまだ軽傷で済んだようだが、オリジンは地面に叩きつけられ、ピクピクと失神状態。
私たち全員、目は点、口は開けっぱなしの驚き過ぎての放心状態でフリーズ。
壊れたロボットの様に首がギシギシと鳴り、歯切れ悪く本を持つ人物の動きを追う。
「………いっ、たいぞ。何をする……ルークっ」
「何って、周りみてくださいアホマスター。略してアホスター」
「略せていない!"マ"しか略せてないぞ、ルーク!」
「そんなことはどうでもいいんですよ。アホスター。いいですかアホスター。この部屋、一体誰が片すと思ってるんですかね」
ちょこんと正座で座り小さくなるアウロラに畳み掛けるよう説教を始めるルーク。
ルークはアウロラの秘書のような人物で、たぶんグランセシルの中だったら最もまともな人材だと思う。
「俺がほんの少しギルドへ戻って帰ってきたらこのザマとは……。危うく彼らまでま巻き添えだったんですよ? まさかあなたがここまでアホスターだとは……」
「アホスターって連呼するなっ」
「連呼されたくなければもっと脳みそ使ってください」
冷たく見下ろされながら論破され、ヒュォォとかわいた風が一陣、アウロラの前を吹き去っていく。
いつものやり取りが終わったのか、灰に近い状態で放心するアウロラに背を向け、ポンっとノアの頭の上に手を置いた。
「久しぶり。もう魔法壁解いても大丈夫だから」
「ありがとうルーク。本っ当に、ありがとうっ」
「うぉっ………。よーしよしよ──!?」
安堵して目に涙を浮かべて抱きつく私の頭を優しく撫でてくれるいいお兄さん。
なでなでが三度目に入る頃、撫でたり、止めたり、また撫でたり。よく分からない周期でそれを繰り返す。
「………あー。なるほどね」
「? ルーク?」
「なんでもない。よしよし」
何かを理解したのか、一人頷くと、片方の口角を上げて背後に目配せしながら、また頭を撫で始めた。
笑顔で安らぐその後ろでは、多重魔法陣を無詠唱で構えるノア。腰の剣の十字鍔に指をかけるユーリ。どこから取り出したのか、笑顔で麻縄を握り締めるシェリーの姿があったという。
「くくっ。相変わらず、愛されてんなー。嬢ちゃんは」
「? うん。私もそう思う」
「そっか………」
最後にポンポンと頭を撫でて背を向けると、腰を折り曲げて人差し指と親指で何かを摘み上げ「ほら」とそれを投げ付ける。
「うわっ……て、オリジン!?」
「そのチビっこいの、嬢ちゃんのだろ。そいつは寝てるだけだから心配ないけど、あのアホスターが放心状態から戻るまでに隠しとけよ。俗に言う、"混ぜるな危険"のSS級に相当する大惨事になるからな」
「………SS級………」
その言葉の重さにゴクリと唾を飲み込む。
SS級とはクエストの難易度のことを言う。
Eランクが最低難易度で、農家とかの草むしりとかはそこに入る。
モンスターが絡むとクエストはCランクにまで上がり、ダンジョン攻略や討伐クエストは基本Bランク以上に属している。
Sランクから上は神話級。おとぎ話で出てくるようなドラゴンや魔王、古代遺跡等の探索など、命の危険があるものがぞくしている。
SS級は、かつて関わるだけで国ひとつ滅んだという伝説が残っている。
アウロラとオリジンの喧嘩は、そこら辺の兄弟喧嘩などとは訳が違う。下手したら国が滅ぶということだ。
「ノア。魔法でオリジンを隠せる?オリジンが起きてからは私が精霊界へ帰すから、それまでの間だけ」
「わかった」
額に大きなたんこぶを膨らませて気絶しているオリジンに手を翳し、閉じた目をゆっくりと開く。赤い眼光が鋭く光る。
ぺちぺち。軽く弾むような音が聞こえる。
「……おい……あほすた……アホスター…………はあ。マスター、起きてくださいマスター」
正座したまま異世界に飛んでいるアウロラの頬をぺちぺちと優しく叩き起こすルーク。
さすが、生まれた時から一緒にいるだけあって、アウロラの扱いに慣れている。
「───ハッ!あのぶりっ子生意気ペットもどきはどこに!?」
「帰ってもらいましたよ。精霊界へ」
「そうか。………クソっ、よりにもよってラヴィニアと契約しおって……。あの顔をこれから幾度となく見るのかと思うと、この世界ごと滅ぼしたくなるわ」
「それは困るのでやめてくださいね。本当に」
冗談なのか本当なのか。ただひとつ分かるのは、アウロラは本当に世界を滅ぼしてしまえるほどの力を持つということだ。
これからも世界が無事存続することを心の底から祈ります。
「そうだそうだ。言い忘れていたが、ラヴィニア、ユーリ」
「「?」」
「あんた達。次に何か問題起こしたら、悪ガキクラスにぶち込むからね」
「悪ガキクラスって。そんなクラスあるの?」
「まあちゃんと存在はするぞ。名前は違うがな。Dクラスって言ってな、素行不良、暴力的、問題児ばかりを集めた隔離クラス。成績最下位のCクラスとは違って、生活態度などに問題が見られると強制島流しされるから、実力のある生徒も多い。その分手を焼いていてな。ある意味注目を集めるクラスだ」
淡々とマニュアル通りに答えるルーク。
その口から紡ぎ出されたのはあまりいい意味の言葉ではない。
「特にラヴィニア。正当防衛とはいえ、先輩を素手で殴るのはアウトだ。今回はあたしの頼みで大目に見と貰ったけど、あのヒューストン・クルーバーの事だ。ブラックリストに載ったかもしれん。奴がいつ私に直談判してくるか。ああっ考えるだけでも恐ろしいあの会議!」
「ブ、ブラックリストなんてもの作ってるなんて」
ヒューストン・クルーバー。ヒュース副会長のことだろうか。
あの厳格な性格ならブラックリストなんてものを作っているに違いない。そこに私が載っている可能性だって。
独房とヒュースのゲス顔が脳裏を過り、恐怖のあまり記憶がどんどん悪い方へ捏造されていき、全身が異様な程にブルブルと震え出す。
「独房、監禁、鞭打ち、拷問………」
ブラックリストから関連されるワードを次々に口に出すと、出した端からヒュースと合成され、私はいつの間にか"独房に監禁され鞭打ちを繰り返されるなど、酷い拷問に耐える"想像をしていた。
拷問を恐れ、自ら灰になろうと白く変色していく私を横目にルークがノアに耳打ちをする。
「ラヴィニアの嬢ちゃん、大丈夫か?」
「これはどう見てもヤバいな。 おいラヴィニア。しっかりしろ。目立たず大人しく生きればそんな心配する必要は無い」
手の震えが止まり、顔を上げ首を傾げる。
「……目立たず、大人しく……?」
「ああ。ブラックリストに載ろうが、派手に目立つ行動さえしなければいずれ忘れられるだろう」
「そうよね。そうよね! 目立たなければいいのよ! 大人しく、優等生でいれば! 今ならまだなれる。……私決めたわ。この学院にいる間、絶対に目立たずトップの成績で卒業する!」
「「「お~~~」」」
何故か巻き起こる拍手。そんなこと気にもとめずに院長室の窓から見える夕日に向かって新たな目標を掲げた。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「…はっ……ハックシュッ!」
「随分と可愛いくしゃみだな、ヒュース。誰かに噂されてるんじゃないのか?」
「黙れグレン………さあ、尋問を続けようか」
灰色の冷めた目で見つめた先には昼間の暴動事件の主犯、ガストル・ララバイの姿があった。
「………だから、俺は操られたんだ! さっきからそう言っているだろうがっ」
その赤く腫れた手が机に叩きつけられたのはもう何度目になるだろうか。
大粒の涙を流す彼は昼間の様子からは想像もできないほど別人だ。
「確かに。普段の君ならあんな暴動事件、起こすことなどないだろう。しかしそれは起こった。誰か操られた人物に心当たりはないか」
「……ない。けど……」
「…………けど?」
「朝。受験生達が学院内へ入ってくる頃、俺は先生たちの言う通りに自分の役目を全うしようと店の見回りを強化していたんだ。ちょうど防御服売り場の前を通り掛かった時、脳が揺なされるような感覚に陥って」
「操られた、と」
机に広げられた長方形のメモ用紙には、細かい走り書きがみっちりと書き込まれていった。
「他に何か気づいたことは?」
「………」
「特になし、か」
「………声が、聞こえたんだ」
「声……?」
「"久しぶりに会えた。どのくらい成長したのか楽しみだ"。そう聞こえた」
手を休めずに耳で聞いた言葉を追って紙へと記入を続ける。
「俺に言ったんじゃない。証拠はないけど、あれは俺を吹っ飛ばしてくれた女に言ったんだ」
ガストルが何も喋らなくなると、書きなぐったメモ用紙を丁寧に引き破って後ろの壁にもたれるグレンへと渡す。
「話はわかった。お前が誰かからの操作魔法で操られている可能性は高い。魔法の通信が解けるまてまは自室へ引きこもってもらうことになる」
もう暴れる気力もないのか、大人しく「はい」とだけ答え、他の役員の案内に従って、寮の自室へと帰っていった。
「……グレン。お前はどう思う。今回の件について」
「そうだな。操作魔法は使う術者によって足取りが掴めてしまうケースが多い。今俺たちが、彼が操られているかどうか話し合っている時点で、その術者はかなりの実力者なのは間違いないだろうな」
「厄介なのが関わってきたのに変わりはないか変わりはないか」
「───ははっ。厄介、ねえ………」
独房での会話を、ガストルを通して聞いていた漆黒の髪を風になびかせる男は、小悪魔な笑みで笑い、月の見え始めた赤い空を眺める。
「死線を全て避けて。本来なら死ぬ運命にあるものを。狂った世界で、君は今も尚生きている」
満月を抱くように両手を広げ、歓喜と狂気に満ちた表情をして頬を赤く染める。
「その血がもたらすのは破滅だ。得たもの全て、その手から簡単にこぼれおちていく。 いつかの私のように」
不吉な象徴の満月が、憂いを帯びた赤い双眼に映し出され、同じ赤に染まっていく。
「ああ。今夜も月が、歪んで見えるな」
次からまた不定期になります




