34話・乱闘騒ぎの前夜祭④
部屋はボロボロ。机の上には無造作に積み重ねられた大量の書類。
その一番奥の椅子にキメ顔で座っていたのが彼女─アウロラ・イグデシア。ギルド・グランセシルマスターであり、この学院の学院長本人だ。
「よく来てくれたな。未来の天才たちよ」
「よく来たも何も。呼んだのはアウロラでしょ」
「1ヶ月ぶりか? 余り変わっていないな」
「………聞いてないし。というか1ヶ月で人は変わらないわよ」
椅子から立ち上がり、顎に手を当て、横一列に整列する私たちを順番に眺めていく。
コツコツとヒールを鳴らす度、私の目が釘付けになるのは、四年間衰えることの無いナイスバディ。くそう……羨ま妬ましい。
四年前。彼女に学院を勧められてからというもの、最低でも1ヶ月に一度は必ず彼女の顔を見る羽目になっていた。
そのせいか、なんとも言えない近所のおばさん感が拭いきれない。
こんなでも世界屈指の大魔法使いであり、魔法界ではトップクラスの魔女だということを忘れてはいけない。
「ふむ。改めて、ようこそ王立ギルド学院へ。学院長として歓迎するぞ」
「ええ、こちらこそ」
初めて会った時のように差し出された手。
改めて、というのが無性に気恥しくて、はにかみながらその手を握り返す。
きっとここが私の人生を変える為の、破滅を回避するためのスタートラインになるのだろう。そんな予感がした。
「だーけーど、あんたたちに会うのは久しいね。ノアの小僧はラヴィニアやエルヴィスの付き添いで見掛けるが、あんたたちは滅多にギルドへ顔を出さないからな。 ユーリは髪が伸びたな。益々大人っぽくなって。 シェリーは以前より雰囲気が落ち着いたな。将来はいい淑女になるだろうな」
「そうですか。別に良い淑女を目指している訳ではありませんので、お構いなく」
「私も姫様さえこちらへ返していただければなんの問題もありませんので」
相変わらず笑顔の塩対応。この二人はいつからこんな笑顔で毒を吐くキャラになったのかしら。
その塩対応に屈することなく、笑顔で二人の頭を「おりゃっ」とくしゃくしゃに撫で回すアウロラの心の寛大さは尊敬している。
「やめてくださいっ」「子供扱いするなっ」
「はははっ! 元気な事はいいことだ!」
「……………」
これは寛大とかそういう話ではなく、そもそも本気で嫌がられていると気づいていないんじゃ。
そっと隣に立つノアに視線を送ると、呆れたといった顔をして、ため息つきながら小さく頷いた。
ジャレ付き合いも一段落着いたのか。アウロラの机の上同様、髪をボサボサにして帰ってきた。
「だから嫌だったんです。話は通じませんし、加減も出来ませんし」
「姫様が居なければ今頃この剣で刺し殺していたものを」
「……………」
どうやら精神までやられてしまったらしい。ご愁傷さまです。
憐れむ瞳で両手を合わせてお祈りを捧げる。
「ところでラヴィニア」
「?」
「あんた魔力コントロールはできるようになったか?」
「…………」
「………なるほどな」
俯きかげんに視線を逸らす私の様子から、現状がどういったものかを察し、一言呟く。
私は未だに魔力コントロールが苦手だ。オリジンがいてようやく人並み程度に魔法を操れる。
一人で使えるのは単純な魔法だけ。例えば浮遊魔法や風を操る魔法など。
オリジン曰く、人よりも多くの魔力を持っていて、その分調整が難しく、普段は無意識に使用する魔力量を減らしているのだという。
しかし感情に大きなブレが生じると、無意識に抑えていた魔力を一気に放出し、結果魔力が暴走を起こす。
暴走を起こさないためには、極力自分の中の魔力を抑え込まず、放出し続ける事で慣らすことが重要らしいけど。魔法を使う度に暴走する可能性があると思うと危うくて、つい意識的に魔力を抑えるようになってしまうのだ。
その点、オリジンのような精霊と契約すれば、自身の魔力ではなく、精霊の魔力を借りる事が出来るため、暴走の心配はなくなる。
今ではすっかりオリジンに頼りっぱなしな状況だ。
(本当は自分でも今のままじゃ今後きっと壁に当たるってわかってるけど)
考えれば考えるほど焦りと不安に駆られていく。
「──ッ」
俯く私にノアは何故か悔しそうな顔をして拳を震わせ黙って視線を外した。
「ふむ」と宙を眺めた後、アウロラは書類の重なる机へ向かい、その引き出しを何やらゴソゴソ漁り始めた。
あれでもないこれでもない、と只管ガサゴソ漁る。
「ん~~とっ、確かこの辺に………」
何を探しているのかはわからない。
アウロラが探しているのは、机の奥の隙間と隙間の埃が溜まりそうな場所。絶対にそんな所にものは置けないし、置かないだろうと言う所を漁っていた。
「──おっ、見つけた」
「!!?」
目を疑った。
しかし、立ち上がったアウロラの手には確かに縦に長い形の小さな箱が握られていた。
「それじゃ、ラヴィニア。ちょっと後向きな」
「え?」
「いいから」
何か企んでいる顔で半ば無理やり後ろを向かされると、背後から箱の開く音がする。
怪しく思い眉根を寄せ、振り向こうか考えていた時、金具同士がぶつかる音が私の首元から鳴った。
瞼を上げた先に見えたのは雫の形をとった澄んだ青の宝石。
「──これ、宝石の首飾り?」
「それはラヴィニアに、と預かっていたものだ。その宝石は魔力の吸収と蓄積が可能でな。今は青いが魔力が限界まで蓄積されると、お前の瞳と同じような明るい赤に光る希少石だ」
「へえ、キレイ」
「それを身につけておけば、余分な魔力だけを吸い取って勝手に蓄積してくれる。蓄積した魔力は出し入れ可能だから、いざという時に使うといい」
「蓄積された魔力の使い道はじっくり考えて気をつけないとってことね」
「ラヴィニア様に良く似合いますね」
いつの間にやら傍で微笑むシェリー。さっき迄引き連れていた曇り空はどこへやら。
四年の月日を経て、それはもう可愛らしく育った自慢の幼馴染にうっとりと見つめられベタ褒めされるなんて。
(偶然? たまたま? さっきからシェリーの視線私の顔から移動してないのだけど。一度も希少石を見ていないのだけど)
私の脳内は若干混乱し、情報の交通渋滞が起こっていた。
一方。ノアは希少石とアウロラ、そしてそれらがでてきた机を交互にみやり、最後にその赤い瞳にアウロラを映した。
「全く。よくこんな代物をあんな埃まみれの隙間に放置していたな。希少石、しかもこのサイズだと相当の魔力が凝縮されてできているはずだ」
「そこは、見つかったんだから。細かいことは気にしない気にしない」
「この自堕落魔女が。お前のせいでラヴィニアがダメになったらどうしてくれる」
「うわぁ………ノアは年々、ラヴィニアに対して過保護度合いが強くなっていくな。そんなだといつか愛想つかされるぞ」
「いらない世話だ」
ふと顔を上げると、腕を組み机の側面にもたれ掛かっているノアと目が合った。
ニコッと歯を見せて笑っていた訳では無いが、その目がとても優しく見えたのは、私の気の所為かもしれない。
「そう案ずることは無いぞ、ラヴィニア」
「うぇっ……わっ………!?」
頭に柔らかい感触があたったと思うと、突然、後ろから首に腕を回して抱きしめられた。
「お前ができていないのは魔力のコントロールだけだ。逆を言えば、それさえできてしまえばお前は強い力を手に入れる。この学院はその為の足場だと思えばいい」
「──うん。ありがとうアウロラ」
アウロラの母のような温もりに頼ってしまうのはこれで何度目だろう。
暖かな想いにあてられて、自然と頬が緩む。
「万が一、希少石が破壊されて暴走したとしても、そこの護衛三人衆が何とかするだろう」
護衛三人衆なんてかっこよく呼ばれた、ノア、ユーリ、シェリーの三人は、各々力強く頷いた。
「当然だ」
「主を護るのは騎士の役目です」
「ラヴィニア様が困った時は、いつでも頼ってくださいね」
あたりまえだと、嘘偽りなくそう言ってくれるのは、とても有難くて幸せな事だ。
「ありがとう」
今までも、これからも。何度伝えても伝えきれない程の想いをくれてありがとう。
私が今彼らに返せるのは感謝の気持ちだけだから、めいっぱいの笑顔で気持ちを伝える。
それを抱きつきながら見守っていたアウロラは、ふっと笑みをこぼし母のように微笑んだ。
「エルヴィスも、こんなに可愛く育ったラヴィニアに冷たくするとは。全くバカな男だ。まあそれでも昔よりは人らしくなった気がするがな」
「ひ、人らしく………?」
あれで?なんて思ってしまったことは口が裂けても言えない。
そうは思っても、頭の中では父が玉座に座る姿が浮かび「人ってなんだろう」と新たな疑問が浮上した。
げんなりした顔で眉根を寄せる私を易々と持ち上げて、右へ左へと身体を振り回すアウロラ。
揺すられた回数が二桁を超える頃には目がグルグル回っていた。
『ああもうっ! 我慢できなーーいっ! 気安く僕のラヴィニアに触らないでよっ! このババ──』
「あ"あ"ん"!? なんか言ったか? このペットもどきがっ!」
『はああっ!? ペットもどきィ!?』
バチバチとぶつかる火花。
この戦争に巻き込まれないよう、アウロラの腕からするりと抜け出し護衛三人衆の元へ駆け込む。
すかさずノアが防御魔法で透明の魔法壁を作り出す。
火花のぶつけ合いが最高潮を迎えるとほんの一瞬静まり返った。それは正しく"嵐の前の静けさ"と言うものだった。
本の一秒、経つか経たないかの後、ゴオオオオと激しい滝が落ちるような音が鳴り響く。
院長室はみしみしと音を立て初め、ガラスは割れ、書類は舞い、グラスの中に入っていた水は空中へと浮き上がった。
「これの後始末、どうするのかしら」
「姫様が気にする必要などありませんよ。自業自得です」
「まあ、そうなんだけれど」
笑顔できっぱり他人事だと言い切るユーリの横顔は、何時もよりも暗く見えた。
「このぶりっ子ペットもどきがあああっ!!」
『年齢詐称ババアあああっ!!』
飛び交う罵倒。衝突する赤と青の魔力が混じり合った一点が白い光に変わり。
「これはさすがにまずい───」
ノアは魔力を極限まで凝縮させ、先程よりも更に分厚い魔法壁を創り、完全な防御体勢へと移行する。
より壁を厚くするため、私たちはノアを筆頭になるべくまとまり、無駄な面積を全て凝縮させた。
───ガチャ。
扉の開く音が鮮明に聞こえたのは、きっとそこに何かしらの希望を見出したからだろう。
カツ、コツと靴の音を木霊させ、近くに浮かぶ分厚い二冊の本を手に取り、真っ直ぐ我を失う二人の元へ歩むと、
「いい加減に、しろっっ!!」
その角を思いっ切りアウロラとオリジンの頭に打ち付けた。
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