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悪役皇女は二度目だけど溺愛ENDに突入中  作者: 人参栽培農園
氷の都編
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28話・氷の都⑧

 


「ふーん、それで? 湖には昨日も行ったでしょ。僕もう飽きたし、今日は特に寒いから外出たくない。寝るから早く帰ってくんない?」


 相変わらずの塩対応ならぬツン対応に「おいクソガキ」と額にチョップを食らわす。

 女にはデコピン程度だが、男は子供だろうが赤ん坊でない限り容赦はしない。


 朝からよくもまあこんなに口が回るな、と違う方面で感心したけれど、体はこの王子を拒絶しているらしい。

 親指を前へ突き出してバチコーンとウィンクをしながら、


『いい? あんな生意気な子供でも王子だから!笑顔を大切にね!人間、笑顔でいればなにかとやっていけるもんよ!』


 という一言で精一杯の笑顔で頑張っていたが、顔が引きつったまま元に戻らなくなった。


「おたくのお姫様は何考えてるの? バカなの? アホなの?」

「ラヴィニアはバカでアホだ。それでも頑張って努力するところがいいんだろうが」

「今惚気ける場面じゃないよね?

 あんたはもうちょっと利口な人間だと思っていたけど。昨日の仕返しのつもり? まあ、謝る気もないしどうでもいい事なんだけどさ」


 謝る気が無いというのは、ラヴィニアに多重魔法をかけて誘拐未遂を犯したことだろうか。

 それとも衛兵を呼ばない代わりに見逃すという約束をまんまと破って、挙句大量の衛兵に追いかけられたことだろうか。

 どちらにせよ、テオドロスのおかげで散々な目にあったことは変わりない。


 あの後俺がどれだけ苦労したことか。

 せっかく作った護身用の爆弾もほぼ全て使い切り、残り数個となってしまった。


(開き直って謝らないって言うのもどうなんだ。こいつの性格からして謝るなんてことはありえないだろうが………残りの爆弾全部投下してやろうか)


 だが今はそれよりも、この不器用親子二人の仲を取り持つことに専念したいと言っていた姫さんのために尽力したい。

 自身の心に、今は我慢だ、と言い聞かせる。


(衛兵の件についても、魔法の件についても、事情をうちの陛下へ説明することはいつでもできる。早まるな俺………!)


 ラヴィニアがここに滞在するのは今日が最後だ。

 彼女は一度言った考えを曲げることはまず有り得ない。

 後戻りなんてできないことは初めからわかり切っていたことだろう。


「というわけで、連れていく」

「は?え?どういうわけ?拒否権は?」

「ない」

「はあ!?………って、え、ちょっと!」


 目隠しをして視界を奪い、手にも布をぐるぐる巻きに。有無を言わさず強制連行。

 肩に担ぎあげて運ぼうとするが、これがまた暴れる暴れる。あの平和ボケしていそうな父親とは似ても似つかない凶暴さだ。

 大声を出されると衛兵が集まってきて、昨日の逃走劇の続きが始まりかねない。

 ばたつかせる足を縄で固定し、おまけに騒がれてもいいよう魔法で薄い魔力の膜を作り、防音対策も万全だ。


 ほーら簡単、ぱっと見犯罪者の完成だ。


 それでもまだ暴れるテオドロス。

 その元気は一体どこからやってくるのか。

 無詠唱魔法を長時間使える時点でそれなりの体力と魔力はあるようだ。


「はーなーせー!ってばー!」

「………」

「なんなのさ!湖に連れて行ってどうするつもりなのさ!」

「………」

「はっ!まさか………僕のこの美貌をお金に変えようと密売人たちに売り飛ばすつもり!? 離せ離せーーーー!」

「………チッ、うるせえな。少しは静かにしろクソガキ」

「いっっったい!」


 頭上にチョップをかます。


 テオドロスはミノムシのような状態で縛り上げられているため、俺の肩を軸に身体は上下にしか動かすことができない。

 その度、肩は痛くなるわ、更に耳元で大声で喚かれるわ。

 全くもって迷惑極まりない。


「早く離してってば!………あーあ。こんなことなら昨日強引な手を使ってでも──


 途中で喋ることをやめたのは、自分のその体が宙で半回転をし、息をする間もなく背中を地面に押し付けられていたからだろう。


「………ラヴィニアに危害を与えるような行動をすれば、俺は容赦なくお前を殺す………」


 声音は重く、冷たい視線。怒気に混ざって魔力が籠り、言霊にも似た何かへと変わる言葉を淡々と言い放つ。


 絶対に勝てない、そう理解したであろうテオドロスは肩に入っていた力を抜き、地面に寝転がったまま両掌を前に向け降参のポーズをする。


「わかったよ。もとから今日は何もしないつもりだったし。あんたの殺すってのはシャレにならないからね」

「………」


 魔力感知で嘘をつく時の微妙な揺れがあるかどうかを観察する。

 瞳が微かに赤みをまし、瞳には魔力を身に纏うテオドロスが映る。


(嘘は言っていない。今日は何もしないというのは本当らしいな)


 俺は一言も話すことなくテオドロスの片手を掴み引っ張りあげる。


「………次は無い。そうあいつに伝えておけ」

「あいつ、ね。あの人はあんたのことも待っているよ。きっとね」


 はっきりと全てを告げずに中途半端な物言いをするテオドロスに、俺は深入りすることなく一瞥して湖へと向かう。






 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆




 木々にとまる鳥たちが一斉に空へと羽ばたいていく。

 雪の白さと同化して、まるで雪が空へと舞うように美しい景色だ。

 そんな幻想的な景色に似合わない陽気すぎる声がラヴィニアに付きまとうように聞こえていた。


「帝国とアザレア様の王国が激しい戦争をしている中、その最前線で出会った二人は悲しくも美しい戦いを繰り広げたんだ。僕もその時はとても驚いてね。まさか皇帝自ら戦場の最前線で戦うなんて誰も予想していなかったんだ。そして───」

「…………」


(いつまで続くんだろう、この話)


 サミュエルは憧れを語るように心を込めて話を続ける。

 どんなに、何を言って話を逸らしても、結局また同じ話に戻ってきてしまう。


 湖までの距離はもうそんなに遠くはない。

 真っ直ぐ木々を抜けた先に湖の青が見える。

 そろそろ話を切り上げた方がいいのではないだろうか、と話を止める言い訳を無理やりこじつけて自身の良心に洗脳をかける。


「エルヴィスはそれは凛々しくプロポーズを………」

「陛下。そろそろ到着ですよ」

「んん? 僕としたことがついうっかり話し込んでしまったようだね。この話はまた今度しようか」

「あ、あはは~………ぜひ楽しみにしていますね」


(今度があるのかこの話………っ!)


 心の中で地団駄を踏み、軽い絶望を秘めながらも着実に湖へと距離を縮める。

 雪の積もった森林を抜ける頃にはあっという間に巨大な湖が姿を現した。

 幻術をかけたままだから私たちの目に映る湖は一面が氷の湖だ。


 しっかり幻術もかかっていることを確認出来たので、あとはノアとテオ王子を約束の場所で待つだけだ。

「こちらです陛下」と声をかけ、案内しようと振り向くと、湖を見つめる陛下の横顔に私は目を見開いた。


「………ここに来たのもいつぶりだろう。随分と昔のことだから覚えていないな」


 あの時の、湖を懐かしく語るテオ王子と同じ瞳で、顔で氷った湖を見つめる。

 その目に移る景色はきっと目の前のものとは違う。テオ王子と最後に見た春のリケーネの景色だ。


(こんなにもお互い大切に思い合っているのにすれ違ってしまうんだろう……)


 その横顔があまりにも切なくて、今にも涙が溢れてしまいそうで、目が離せなかった。悲しいけど優しいすれ違いね。

 ズキンと胸が痛む。それと同時に早く絆を繋げてあげたいと強く思った。


「行きましょう陛下。もうすぐとっておきの名スポットへ到着致しますから!」

「ラヴィニアさんは元気だね~。あんまりはしゃぐとコケてしまうよ………うわっ!」

「…………」

「あはは!僕の方がコケてしまったね~」



 言ったそばからこの人は、と頭の裏をかいて「あはは~」と愉快に笑うサミュエルをジトっとした目で見下ろす。

 サミュエルが国王に着任してからはハーベルはとても豊かになり戦争も減り、平和な軍事国家とも呼ばれるようになった。

 そんな実績の数々を生み出した張本人だが、本当にすごい人だけどすごい人なのか?と矛盾したような疑問が頭に浮かぶ。


(こののほほんとした雰囲気でよく国王をやってこれたわね。これでただほほんとしているだけだったら大臣達に好きなように利用されているところよ)


 これで周りの人達を誑し込んで圧倒的支持率を得ているのだから、世の中恐ろしい策士もいるものだ。






「あれ? この辺のはずなんだけど………」

「どうしたのですか? 私たちの他にも誰かこちらへ来られるのですか?」

「ええ。ノアとテオ………あっ、いえなんでもありません!!」

「??」


 危ない危ない。サミュエルにはテオドロスが来るということを伝えていない。サプライズでジャジャーンと驚かせるつもりだ。


 自分のミスでかいた冷や汗を腕で拭いながら慌てて誤魔化すけれど、なんとなく気づいてしまっただろうか。

 肝心のサミュエルの表情は、


「うんうん。勘違いって誰にでもあるよね。僕も初めはエルヴィスのことを怖い男の子だって勘違いしていたしね~」


(これは、セーフね。ノアたちが来るまで、バレないように話させておきましょう)


 周りに満開の花を咲かせそれはいい笑顔で父のことを語るサミュエル。

 語られる父の性格は私の知る父と一致しているのだけど。


(どうしてかしら。物凄く美化されている気がする)


 例えば、「孤高の一匹狼」は目付きが悪いだけのただのぼっち。

「無闇に言葉を発さず武力だけで皆を魅了する」は喋るのが面倒なのかなんなのか。そもそも関わる相手がいなかったのだろう。無駄に戦争も強かったからそれで武勲をあげてしまったのね。


 今までの話を聞いてわかったことといえば、サミュエルが父の事を大好きだということだけ。

 言うまでもなく有益な情報は得られなかった。


「エルヴィスと僕の馴れ初めも聞かせてあげよう!」

「うっ………」


(笑顔が眩しいっ………!こんな笑顔を向けられて断ることができる人はこの世にいるのかしら………悲しいことに私もそのうちの一人となってしまったけれどね)


 太陽の如き笑顔が輝く瞬間が自身の父について語られる瞬間だということがなんとも言えない複雑な感情にしてくれる。


 微妙な顔をする私には目もくれず、サミュエルは父と自身の馴れ初め(?)なるものを語り始めた。


「僕とエルヴィスが最初に出会った場所は帝国と王国、そして魔道士ギルドが手を組み力を注いで完成した学院なんだ。今では世界規模の大きさとなっていてね、何より歳をとらない学院長がいて驚いたものだよ。それがもうハチャメチャでおかしな学院でね」


(ん?ちょっと待って、そこって……)


 どこかで聞いたことがあるような無いような。

 ハチャメチャでおかしな学院長という言葉(ワード)で真っ先に思い至った人物が約一名。

 何百年と生きている割に、その姿形は衰えることを知らない不死身に最も近い人物。


「その学院長って……」

「アウロラっていうそれはおかしな女性だよ」

「やっぱり。ということは、今のギルド学院はお爺様の代で築き上げられた帝国と王国の和平の象徴、ということでしょうか」

「それは少し違うかな。正しくは『お父様の代』だね」

「? どういうことですか?」

「その学院の設立を申し出たのは他でもない君の父、エルヴィスだよ」

「!! お、お父様が、学院を………?」


 学院は十二歳から試験を受けられ、それ以上の者が学院へと入学する。

 つまり父はそれより前に即位したことになる。


(そういえば昔リディに聞いたことがある。お父様は僅か二歳で即位して直ぐに大臣達に教育されたと聞いたわ。そんなに幼い頃から閉ざされた箱の中で暮らしていたらあんな冷酷な皇帝になるのかしら)


 ビュウッと冷たい風が私たちに吹き付ける。

 赤髪が空へと舞わぬよう片手で押さえつけるが、それでも長い髪は湖へと伸びていく。

 左右の視界を奪い、目の前に映るのは広大な湖だけとなった。


『殺れ』


「──っ!」


 思い出したくもないあの瞬間。

 この湖は自然とそれを呼び起こす。

 忘れもしない。父の冷たく光る視線。

 私を陥れる為だけに作られた虚偽の罪状。


(それは全部本当にあったことで、許せない気持ちは変わらない。家族を殺したこと、絶対に許してはいけない。許されてはいけない。 それでも──)


 あの人と関わったことで気持ちが揺れ、まだ親子という繋がりがあるなら、また戻りたいと思うことは間違っている?

 私を殺した人をもう一度信じたいと思う私は狂っている?


 風が止み、髪は重力に従って下へと垂れ落ち、視界が広がる。

 その後、理由は曖昧だけど私とサミュエルは一言も話すことは無かった。

 けれど、何も話さない空間に違和感を感じることは無かった。





 風に凪いでいる湖を眺め続けること数分。

 頭にザザ…とノイズが入る。


『ラヴィニア、もうすぐ目的地に着くが、そっちは大丈夫か?』


 ノアの声は頭に響いている。所謂<精神感応魔法(テレパシー)>だ。

 テレパシーの便利なところは遠くにいる人と意思疎通が可能なところ。不便なところはある程度距離が離れていたり、魔力が乱れているとノイズが入ってテレパシー終了後もノイズ音が頭をぐるぐるするところ。


『私がお願いしたら簡単に来てくれたわ。やっぱり男の人は女の子に弱いのね』


『………言い方がどこぞの怪しい女スパイなんだよな……』


『心の声が丸聞こえなのわかって言ってる? でも女スパイ………カッコイイわね。学院へ入学したら諜報員系の冒険者でも目指そうかしら』


『だったら俺はお前がミスして他の人に迷惑をかけないよう見張り役で』


『そんなにミスなんてしないわよ。それに私についてこなくても我が道を行けばいいじゃない』


『お前を守ってサポートすることが今の俺の役目みたいなもんだからな』


『そ、そう………ありがと』


 そうストレートに言われると照れてしまうのが乙女心というものだ。

 最近、ノアと話すと楽しさと同時に胸がキュッと苦しめられる気がするのよね。


「さっきから何をそんなに楽しそうなんだい?」

「な、ななな何でもありません!」

「そう? でも顔が真っ赤だよ?」

「えっ……!? そ、そんなに赤い、ですか……?」

「林檎のようだよ。ふふ、可愛いね」


(は、恥ずかしい………そんなに真っ赤になっていたなんて、全然気づかなかった)


 熱のこもった頬に冷えきった手をあてて、熱を冷ますのと同時に赤くなった顔を隠す。



『もう着くから例の場所にいてくれ』


『…………』


『? ラヴィニア?』


『っ、えと、わかった』


『………何かあったなら言え。お前は直ぐに厄介事に巻き込まれるからな』


『ありがとう。本当になんでもないのよ』



 少しの間が空いたあと、『そうか』と戸惑いの交じった声が絞り出された。

 本当に心配してくれているみたいだから後でちゃんと誤解を解かないと。でもどうやって解けばいいのやら。


「いつまで湖を眺めているつもりだい?私は構わないけれど、ここの気温に慣れていない君はそろそろ冷えきってしまう頃だと思うから心配だよ」

「大丈夫です!私こう見えて体だけは丈夫に生まれてきたので! それよりも、陛下の体がまだもつなら、ここで待っていてくれませんか」

「君はどうするんだい?」

「急用で走って参ります!」


 敬礼をしてスタートダッシュのクラウチングスポーズでその場に待機。

 ポカーンとした顔をして立ち尽くすサミュエル。

 しかし、ここで嫌な顔ひとつせず「いってらっしゃい」と一言添えるだけのできた男こそサミュエルなのだ。


 私は綺麗なフォームで森へと駆け出した。






  ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆




 これは今から凡そ数時間前の話。

 今回の件についての作戦会議をノアが提案したことから始まる。



「予め集合する場所は決めておこう」


 そう言い出したのは、私がサミュエルの元へ向かう直前、ドアノブに手をかけた時だった。

 その言葉の真意がわからずドアノブを握ったまま首だけをノアへ向ける。


「その場で二人を合わせるんじゃないの?」

「はぁ、バカかお前は………」

「バっ!? こう見えてちゃんと考えて行動しているつもりよ!」

「じゃあもう少し考えてから言え。だが安心しろ。俺がサポートにいる限り、失敗なんて有り得ねーから」


 頭にポンと手のひらが置かれ左右に首が揺れる。

 ノアに撫でられるのは嫌いじゃない。

 同い歳だけど先生と生徒という関係なだけあって、先生に褒められれば素直に喜んでしまう生徒なのです。

 ………この場合褒められているというかあやされているというか。


(ここでただ頼って甘やかされっぱなしだったら、いつまで経っても成長しないのよ。そんな事だから処刑されちゃうのよ!)


「私、頼りっぱなしは嫌よ。指示をちょうだい。ノアの努力が無駄にならないように頑張るわ」


 脇を締めて「ふんっ」とヤル気十分。

 待てと言われた飼い犬のようにノアの次の行動をじっくり観察する。

 ノアは目を見開いて後頭部をかくと「そう言うとおもったんだ」と呆れたようにため息を着く。


「お前はもっと甘やかされていい立場だろう。皇女なんて一生他人に指示を出して堂々と玉座に納まっていればいいんだから」

「そんなのただのお飾りじゃない! 名ばかりの王はいつか破滅するわ。これは自分のためにやっている事よ!」

「ま、お前らしいと言えばらしい考え方だな……そういうお前だから俺は守りたいって思ったんだ……」

「? なぁに?」

「なんでもない」


 クスッと優しく笑い頭をポンポンするノア。

 いつもと逆に頼られているみたいで嬉しくて頬が綻んでしまう。


「俺が考えた案が必ずしも上手くいくとは限らない。いざって時のためにいくつか代替案を用意している。それを全部言うから、今覚えろ」

「う、うん!」


 ノアは天才だ。いくつもの事が瞬時に頭に思い浮かんで全て同時にできるくらい。

 普段は私たちにレベルを合わせてくれていることはわかっている。

 だから、今覚えろ、なんて無茶ぶりなことは今まで一度も言ったことがない。


(つまり、信用してくれているのよね)


 ニヤけそうになる顔に喝を入れて引き締める。

 覚悟が決まったことを確認し、ノアはその口を開く。


「大丈夫だ、俺がいる。まずは───…………」





「────俺の考えた策は以上だ」


 頭の中ではノアから叩き込まれた指示がグルグルと巡っている。

 忘れないように何度も復唱。


 すると突然、コツンとノアの頭が私の肩の上に乗りグリグリ掘るように頭を回転させる。

 頭を揺らす度ノアの柔らかい髪が頬に触れ、それがくすぐったくて小さな笑い声がもれる。


「ふふっ、もう、なぁに? くすぐったいわよ、ノア」


 声をかけると頭を肩の上に乗せたままピタリと動きを止める。

 そして震えた声で言葉を紡ぎ出す。


「…………テオドロスだけじゃない。国王だってグルかもしれない。二人きりなんて本当はさせたくないし、できることならこんなことやめて直ぐにでも邸に連れ帰って安全なところで閉じ込めておきたいくらいだ」


「でもノア、それは──」


「だけどお前は、それをしないだろう。そんな逃げるような真似はしない。俺が絶対に守ってやる………だから、安心して行ってこい!」


 ノアの一言が後押しするように私はドアノブを捻りサミュエルの待つ部屋へと向かった。




 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇





(………よし、予定通り。約束した場所まであと少し。ノアはもう着いた頃かしら)


 浮遊魔法で地面から少し浮いた状態で走りながら、ノアの居場所を予測する。

 数センチ程度浮いただけだけど、土の上に積もった雪に足が埋もれて生じる誤差が極端に減った。

 風と同じ速さで走るのは気分がいい。



 サミュエルとテオ王子、それぞれを湖へ連れ出す事に成功した後、この二人が顔を見合せる前に打ち合わせをしておこう、というのがノアの提案だった。

 もちろん私も大賛成。ここまで来たら失敗は許されない。


(念には念をとは言うけど、入れすぎでしょ、これは………私一人だったら無計画に行き当たりばったりで失敗していたわね)


 約束の場所のすぐ側までやってくると、見知った人影が見えてきた。

 それが誰なのか瞬時に理解し片手を大きく振り回す。


「ノア───────、

 ……………………………?

 ……………………………え」


 本来ならここは感動の再会を演出するシーン。

 昂っていた心はみるみるうちに衰えていき、最後に発したのは疑問だけ。


「ようやく来たか」

「…………」

「どうした、気分でも悪いか?………まさかあの国王に何かやられたのか!? だが見張りをつけてある。ということは他に別の奴が………すぐに探し出して、燃やしてやる」


 キリッと勇ましい顔をして今にも颯爽と走り出そうとするノアの袖をツンと引っ張り急停止させる。

 違う違う、と首をふるふる横に振る。


「まず確認したいことがあるのだけど、その肩の上で伸びている男の子は、誰………?」

「テオドロスだ。見てわかるだろ」


 私へ背中を向けるとミノムシ状態のテオ王子の意識の無い頭がこちらに向く。

 死体を思わせるそれは本当に口から魂が抜け駆けていた。

 どうしたらここまで疲弊させられるのだろう………


「気持ちはわかるわ。でもさすがに殺すのはアウトじゃないかしら。自首しましょう? その方が楽になれるわ」

「は?……え?…………は?」

「口から魂が家出しそうになるまで………いったいどんな理由があったのかはわからないけれど、殺すのはだめよ………」

「何を言っているのかまるでわからないが、とんでもない誤解を生んでいることだけはわかった。とりあえず、一旦落ち着け」


 なぜか私が宥められた。

 その時、ピクっとテオ王子の指先が揺れ、直後「はっ……!」と意識まで取り戻した。


(ノアなら殺りかねないから、本当に心配したわ。生きていてくれてありがとうテオ王子)


 思わぬ所であ感謝をする羽目に。

 ノアが殺人を犯していないことにホッと安堵の息をもらして胸を撫で下ろす。


「良かった。ちゃんと生きてて………」

「だから誤解だって言っただろうが。こちつを抱えたまま走っていたら勝手に酔って自滅しただけだ。人の話はちゃんと聞け」

「あいたっっっ!」


 デコピンがおでこに直撃。

 テオ王子を担いだままここまで自由に動けるとは、ノアの体力を見誤っていたわ。


「………ねえ、ちょっと」

「ようやく起きたかこのクソガキ。一生寝ていたら良かったものを」

「縁起悪いこと言わないの」


 チッと舌打ちしてそっぽ向いてしまうノア。

 肩に担がれたテオ王子にも見慣れ、ミノムシ状態のまま平然と会話をする。

 平然といっても多少の苛立ちはあるようで、いつもより低い声音で怒りを通り越して最早"無"そのもののよう。


「僕に何をさせたいわけ。謝罪? 罪滅ぼし? それともなにか知りたいことがあるってこと?」


 ノアはテオ王子を下ろして近くにあったちょうどいい切り株の上に座らせる。もちろんテオ王子が逃げ出さないよ縛り上げた状態で、だ。


 私たちはお互いに顔を見合せ質問三昧なテオ王子を放置し作戦会議を始める。


『サプライズのことはちゃんと黙ってきたのね』

『あたりまえだろう。あんまり暴れるから少し拘束させてもらったが、あれくらい問題ない』

『あれを問題ないと捉えるのもどうかと思うけど………まあそれは置いといて、この後は作戦通りに行くわよ』

『了解』


 コクと頷き合い息の合った連携プレーで早速作業に取り掛かる。


「話し合いはもういいわけ………ってちょっと、今度はなに!? 腕縛ったうえに目隠しまでするって、絶対に訴えてやる!」

「「はいはいはいはーい」」


 二人揃って華麗にスルーをキメる。

 再び肩に担ぎ上げられたテオ王子は体を反らせたり両足を同じ方向へ上下させたりと、とにかく暴れまくる。

 しかめっ面になるノアを見ていると、同じ悲劇が繰り返されているんだな、と。


「ねえ! どこまで連れていく気!!?」

「すぐそこまでだ」


 答えることすら面倒臭いというオーラを醸し出し、受け答えがかなり適当になってきた。

 それが火に油を注いだのか、テオ王子は更にわがまま放題言い放題。

 終いには防音効果のある魔法をかけられてしまう始末だ。





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