27話・氷の都⑦
「はあ………」
(思わず承諾してしまったが、断るべきだっただろうか)
ラヴィニアがなにをしようとしているのかはわからないけど、恐らくまた面倒な事をしでかそうとしているんだろう。
(もし魔力切れが起きた時に俺がそばにいれなかったら、きっとどこかで転けて怪我でもしているかもしれない。そう考えると、引き受けて良かったかもな)
天井へと向けていた顔を俺に抱きつくラヴィニアへと向ける。
ラヴィニアは顔を胸板にうずめたままピクリとも動かない。
おかしい。
ラヴィニア、と声をかけても動かない。
「まさかとは思うが………寝ているのか?」
よく耳をすませばすぅーと静かな寝息が聞こえる。
確かに、今日はあの意味不明な王子の世話を一日して、挙句魔法を何回もかけられて疲れていることは理解出来る。
だがしかし、女が恋人でもない男に抱きついて、その上寝てしまうなんてことがあっていいのだろうか。
それも婚約前の皇女が。
「ったく、無防備すぎるんだよ。お前は」
ゆっくりとラヴィニアを起こさないように自分の体を起こす。
背中へと回されていた腕の力は強く、本当に寝ているのかってくらい固く繋がられていた。
それをやんわりと解きながら地面に足を下ろす。
暖を取る相手がいなくなって寒くなったのか狭いソファの上で器用に体を丸める仕草はとても小動物にも似たなにかを感じる。
絶対に本人の前では言えないけれど、もう少しだけその寝顔を見ていたい、そう思うのは相手がラヴィニアだから。
「ん、んんー……」
「っ、起こしたか?」
「すぅー……すぅー……」
「はぁ……寝返りをうっただけか」
たった一人の一挙一動にここまでビビらされるとは、ラヴィニアと出会う前の俺なら考えられないだろう。
ソファだと寝苦しいと思い横抱きにしてベッドまで運ぶ。
よっこらせ、とおっさんのように意気込みラヴィニアの体を持ち上げた。
『重くない?』
先程言われたラヴィニアの言葉が思い出される。
あの時はからかった後の会話が楽しくて冗談で「重い」なんて答えてしまったけど、
「………重いわけないだろうが。むしろ軽すぎるくらいだっての」
確かに重みを感じる。
けれど、それは魔法なんて使わなくてもベッドまで悠々と運べる程の重さだ。
(あんなに菓子を大量に食っておいて、どんな腹してんだ。ブラックホールかなにかか?)
体調管理のための食事について、ロゼッタと話し合って訓練のスケジュールに組み込んでおこうと思った。
あとはベッドの上に下ろせば俺の仕事は完了だ。
丁寧にベッドに寝かし上に布団を被せると暖かくなったのか、寒さで張り詰めていた顔を緩めた。
その寝顔を見ていると自然と顔が綻んでしまう。
ベッドの端の方に座り、ラヴィニアの赤い髪を片手ですくい上げると、指と指の隙間からさらさらとした髪が零れていく。
テオドロスのラヴィニアに対する行為を考えると怒りが湧いてくる。
ラヴィニア自信が厄介事を引きつける体質を持っているため、本人がどんなに嫌がって拒絶しても、なにかしら起きてしまう。
まるで誰かに仕組まれたかのように───。
魔法をかけられ最悪の場合、殺されてしまうかもしれない状況にまで至ったというのに。
それでも尚、テオドロスの救いになれば、と俺に協力を求めてきた。
「───危険な目になんかもう二度と合わせやしない。ラヴィニア、絶対にお前を守り抜いてやる」
寝ている本人には当然聞こえていない。
たとえ起きていても、小声で呟いたから耳には入らないだろう。
俺も朝までラヴィニアの部屋にいるほど軽率な男ではない。
ベッドまで運んだことだし邸へ帰ろうと立ち上がる。
「……の、あ。行っちゃうの……?」
「! お前起きて──っておいっ、服の裾を掴むなって」
「……行かないで……」
「…………」
ラヴィニアの意識はまだ夢の中にある。
普段のラヴィニアは簡単に人に涙を見せたりはしない。
きっと悪い夢でも見ているのだろう。
「大丈夫だ。俺はここにいる」
「……うん………」
安心したのだろう。そう応えて直ぐに深い眠りについた。
裾には未だ手が添えられている。
強く掴んではいない無いから振りほどこうと思えば簡単に出来る。
(この状態のラヴィニアを放っておけばの話だがな)
もちろん放っておくなんて選択肢は微塵もない。
しかし同じベッドの中に入るというのは、たとえ子供といえどどうだろうか。
ましてこいつはバカだが馬鹿ではない。
このことが邸の連中に知れれば世界規模で逃げ回らなくてはならなくなる。
主に本気で殺しに来るのは居候とシェリーだろうが。
前もって言っておくと、俺なりに色々と考えたのだ。
考えた末、俺はベッドの横にあぐらをかいて腕を組み首を折り曲げた体勢で眠りにつくことを選んだ。
(朝起きた時、きっと俺の首は悲鳴を上げるだろう)
そんな予言をして眠りにつく。
しかしトラブル体質のラヴィニアがいて、そんな簡単に眠りにつけるはずがなかった。
「開けろ」
そう低い声が聞こえた直後、扉がバターーンっと勢いよく開き一人の男が部屋へと進入してきた。
「ここに不法侵入者はいない。お前たちは今すぐ自らの持ち場へ戻れ」
「はっ」
部屋の前で待機していたであろう数名の衛兵たちは敬礼をして命令通りに持ち場へと戻っていった。
命令を下した男だけがその場に残り、その凍てつくような目で上からじっと俺を見下ろす。
「………やはり、不法侵入者とはお前の事だったか──ノア」
「さすがにこれは、俺も驚きましたよ。皇帝陛下」
不審な人物が入って来ても即対応ができるよう、片膝をつけ魔力を集中させていたため自然と跪く姿勢となっていたが、結果として正解だった。
「そこで眠っているのはラヴィニアか」
「そうですね」
「貴様はなぜここにいる」
「魔法の師匠が魔法を教えに来てはいけませんか」
「………今回はそういうことにしておく。この娘も眠りについたのだから早く邸へ戻れ」
「生憎ですが陛下。皇女様本人がそれを拒んでおいでですので。それに今夜は少し、警戒することをオススメします」
訝しげな目で俺を見る。
数秒の間睨みをきかしつつ考えた後、「いいだろう」と頷いた。
「その娘の監視を怠るなよ」
「りょーかい」
扉がバタンと閉まり、嵐のように現れ立ち去る陛下。
あれだけ騒いだというのに未だ爆睡中のラヴィニア。
この状況でよく眠れるな、と感心した。
時計に視線を合わせると時刻は深夜0時少し前。
今日は最後の最後までとことん厄日でだった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
チュンチュンと小鳥の鳴く声がして目が覚める。
窓に太陽の光が刺して部屋は程良い明るさに包まれていた。
目が覚めて、最初に感じた違和感は右手だった。
「…………」
ぱちぱちと目を瞬かせ、天井から左腕へ、左腕から足へ、最後に違和感のある右腕へと視線を移す。
手には黒いローブだけが掴まれており、それを着ていたであろう人物の姿はどこにも無かった。
(………暇で帰っちゃったのかな)
立ちくらみしないようにゆっくりと体を起こし、んん~っと気持ちよく伸びをする。
時計の針は七を指しており、朝食まであと何十分といったところだ。
もうすぐメイドが部屋まで迎えに来る頃だろう。
パジャマ姿を知らない人に見られるのは恥ずかしいので早々にお着替え。
(こっちは帝国とは違って寒いから、いつもよりあったかい服がいいんだけど、どこにあったっけ?)
ワンピースタイプのパジャマだから下から一斉に上へと上げてベッドの上に脱ぎ捨てる。
つまり、今の私は下着姿なわけだ。
「おいラヴィニア。そろそろ起来ないと朝食に間に合わ、ない……ぞ……」
私が掴んでいたローブと同じローブを腕にかけ、口うるさいお母さんのようにわざわざ起こしに来てくれたノア。
それにしてもスペックがあるのか、このローブ……
ノアは言葉に余韻を残し、立ち尽くしたまま絶句。
この場合の被害者(?)である私に、見られて恥ずかしいとかそういった感情はない。
八歳のお子ちゃま体型の女の子の下着姿を見て恥じらう男子がいれば、そいつは将来の変態予備軍だ。
(まあ昨日も見られているし。散々一緒にいて今更どう恥じらえばいいのやら)
こういう時、どこからか湧いて出たお姉さん心が燻ってしまうのは自然の摂理というものだと思う。
「そんなまじまじ見ちゃって。昨日は『別に』みたいなこと言ってたのに、照れちゃったのかな~?」
「バカ言ってないで早く着替えろ。その格好でうろちょろしてると風邪ひくぞ」
「うわっ……!」
ローブを頭から被せられ目の前が見えなくなる。
本当に興味がないといった様子で普通に私の体の心配をし始めてしまった。
同年代の男の子とは頭の作りが違うんじゃないかって疑っちゃうほど出来のいい子だから、仕方ないのかもしれない。
つまらない反応なのには変わりはないんだけど。
用意した服に着替え終えると「こっち来てみろ」と手招きされたのでトコトコ近寄る。
私の部屋のバルコニーからは湖を一望できる穴場スポットなのだ。
ノアがニヤニヤして意味ありげな表情で湖親指を湖に向けるから「なにかあるの?」と見るけれど、昨日テオ王子と遊んだ時と同じで凍ったままのただの湖だ。
「突然ですが、今から課題を出します」
「突然すぎるわね。今起きたばっかりなのに」
「お前は寝すぎなんだ。じゃあ出題するぞ。ラヴィニア、お前にはあの湖がどういう風に見える」
「昨日と同じ凍った湖」
「不正解だ」
「え、うそ!なんで!?」
「今まで教わったことを思い出してもう一回よく見ることだな」
意地の悪いノアのことだ。湖になにか面倒な細工を仕掛けたのだろう。
こういうマメなところがある面倒な男なんです。
(考えられる中で最も可能性が高いのは、幻術ね)
幻術はノアの得意魔法の一つだ。
炎は熱く感じ、水は冷たく、風は涼しく、と五感にまで影響を与えるほど洗練された技術を持っている。
(この前教わった幻術解除のやり方は……盾を作る時の応用で、魔力を目の一点に集中………)
視界がぼやけ始めたのは魔力がきちんと作用しようとしている結果だ、とノアは言っていた。
段々とはっきりくっきり見えるようになり、ついに本物の湖が目に映る。
「! うそ。湖の氷が、全部溶けてる」
「約束したからにはきちんと仕事をこなすのが社会で生きていくためのコツだからな」
とか言いつつも、ドヤ顔で胸を張っている。
昨日までは風が吹こうとも石を投げ込もうともビクともしなかった湖が、風に凪いで緩やかな波を描く。
よく目を凝らしてみると、ピチョンっと時々水面ができる。
「もしかして、魚!?」
「ああ。魚型の擬似モンスターだけどな。さすがに生きた魚を作り出すのは俺でも無理だ」
「………ノアって優秀な子だったのね」
「お前のことだから、それを褒め言葉で言っているのはわかる。だが他に言いようは無かったのか」
あれだけ広大な湖の氷を全て解かした上に、ロゼッタにもこき使われて、そこら辺の魔道士なら今頃根を上げている頃だろう。
めんどくさい、なんて言いつつもどこか余裕を残してやり遂げることができるノアの魔力量はかなりのものだ。
幻術だって、使っている間は魔力を消費し続けている。
ノアのためになるべく早く終わらせなくてはいけない。
(そのために、まずあの二人を湖へと誘い出さないと)
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「この仕事が終わったらでいいなら構わないよ」
「本当ですか!? ありがとうございます。サミュエル陛下!」
「他でもないラヴィニアさんの頼みだからね」
爽やかに微笑むこの美男子こそ、バーベル国王サミュエル陛下である。
顔パスで簡単に話し合いの場を設けられ、湖へ行く理由やそれに関するメリットなど、殆ど話すことなく事の他あっさりと許可が降りた。
「ラヴィニアさんとも今日でお別れだ。最後くらい一緒に過ごす時間があってもエルヴィスの雷が落ちることはないと信じたいな」
「? お父様は私に無関心ですので、私といくらいようと政治的方面での関わり合いでなければ何も言われないと思いますよ」
一瞬だけキョトンとした後、飄々と事実を述べる私を見てサミュエルは目を見開いた。
口元に片手を添え苦笑し「どうして親子というものはこう上手くいかないんだろうね」と悲しそうに微笑んだ。
私と父に愛情なんて暖かい関係は無い。
皇帝は冷たく孤高の存在として君臨し、その娘はどことも知らぬ場所に隠されている。
(実際にほとんどの貴族や平民が、私の存在自体を知っていたとしても、どこにいるのか、どんな姿なのか。それを知らない)
すっかり考え込んで妙な空気が生まれてしまった。
そもそも先程のサミュエルの言葉が私に対する質問なのか、それともただの独り言なのか。
答えるべきか困っていると、机に片手を置き「さあ行こうか」と立ち上がる。
その傍らには、たった今終わったであろう大量の書類が机付近の一箇所へ集められ積み重なっていた。
「どうしたんだい?」
「いえ。今更ながらお忙しい中申し訳ないなと思って………」
「ん? ああ。この枚数の紙切れに目を通すなんて一瞬でできるから、それ程大変な作業ではないよ。それにエルヴィスはこの何倍もの量の仕事をこなしているからね。帝国は王国と規模が違って広い領地を治めるから管理が大変なんだ」
この書類の何倍………書類だけで数週間は潰れそう。
考えるだけで逃避行したくなるような気の遠くなる仕事量だ。
皇帝として帝国を治めているだけあって、やはり父はとてつもなく優秀な人なのだろう。
「湖までだったら護衛もそこまで要らないね。君達は邸とその周辺の警護にあたってくれるかい」
「はっ」
テキパキした指示を即座に出して的確な判断を下せる国王とそれに適応できる衛兵。
(衛兵の方は昨日の爆破事件で、なんとなく間抜けなイメージを持っていたけど、それ程間抜けでは無いのかもしれないわね)
この国が敵に回ったら同規模の国や小国はひとたまりもないだろうな、と過去に勃発した戦争で滅ぼされた他国を思い苦笑する。
いつの間にかテンションが高くなっているサミュエルが先頭を歩き、随分と機嫌がいい様子で足取りが軽い。
「そうだ」と思い出したように言い、くるりと後ろを振り返る。
「湖まで少し距離もあるだろうし、昔のエルヴィスについて話してあげよう。お父さんとお母さんの馴れ初め、気になるだろう?」
「そうですね。興味はあります」
帝国貴族を相手にする時のような営業スマイル全開で相手をする。
今サミュエルが一言「帰る」と言ったら計画は全て水の泡となる。それだけは尽力してくれたノアの為にも阻止しなければいけない結末だ。
湖へ向かうには必然的に小規模な森林の中を通ることになる。テオ王子と湖へ向かった時もこの道を通った。
もちろん国王や王子だけでなく、周辺の村人たちも訪れるため、しっかり整備されているので安心安全の設備管理が施されている。
木々の隙間からうっすらと太陽の光がもれ出て、足跡ひとつない真っ白な地面に細い枝の影を映す。
(こっちはどうにかなったけど、ノアたちの方は大丈夫かな。平和に湖まで連れて行けるといいけど)
よく晴れた空を眺めていると、心配する気持ちが大きく膨れ上がっていくようだった。
今朝の話し合いで二手に分かれて湖へ誘導する辺りまではすらすらと決まったのだけど、どちらがテオ王子を連れ出すかについて、頑なに自分が担当すると言い張ったノア。
『俺がテオドロスを連れて行く。異論は認めない。わかったら散れ』
(なんて強引に決めちゃうんだから、きっと策があるのよね)
昨日の件で私がテオ王子と二人きりになることを心配する反面恐れているようにも見えた。
(ノアが私に何かを隠しているのは確かだけど、それがなんなのか。いつか話してくれる日が来ることを信じるしかないのよね)
既にテオ王子の部屋に着き交渉を持ちかけているであろうノアに、心配の念を抱く。
どうか平和に解決しますように、と。
そしてノア特製小型爆弾が四次元ポケットから出現しないことを一番に祈る。
読んで頂きありがとうございました
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