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第二章 束の間の休息に 2

 沈黙。


「……ねえ、座らないの?」


「……え、嫌だよ。なんか怖い……」


 気まずい沈黙……


「……ねえ、お饅頭、もらっていい?」


「……いいよ、好きにしたまえよ……」


 ありがとうと言いながらそれを半分だけ頬張る彼女の表情を窺ってみる。うん、こっち見てる。


「ねえ、アタシに何か言うことは?バスラさん」


「……ひ、久しぶりだね!元気にしてたかい?僕は元気さ、あははは……ごめん……」


「うん……」


 何がうんなのか分からないけど、怒っていることだけはすごく伝わって来る。僕は彼女に対してそれだけのことをしてしまっているんだ。


 僕と彼女は幼馴染だ。小さい頃、ロワールとの交流を持とうと国が動いていた時に彼女は父親に連れられてやって来た。彼女の父親は近衛守護気功団の団長、そして僕の父親はカルメア様を補佐し護衛する側近。子ども同士遊ばせておけばいいだろうという考えだったんだろうけど、そんなのは関係なしに僕たちはよく一緒に遊んだ。最初は短い滞在だったけど、そのうち彼女は色々と理由を付けて父親を急かしては僕に会いに来てくれるようになっていた。……僕が姫様に一目惚れするまでは……。


 彼女は昔から元気だった。さんざん僕をいろんな所に引き摺り回しては楽しそうに笑っていた。時には鍛錬が嫌だからと一人でガルマンドまで逃げて来ることもあった。今考えても無茶苦茶だけど、当時の僕はそれでも嬉しかった。きっと、僕はどんな時でも笑顔で力強い彼女に憧れを抱いていたんだと思う。


「君は、今でも変わりないかい?」


「ん~、体つきとかはだいぶ育っちゃったよ。ほら。」


 そう言って立ち上がる。えっ、あ?背、高い!?僕よりも!?


「……縮んだ?」


「君が伸びすぎなんだよ!まったく、昔から食い意地はってたし、だらしないし、身体の成長に栄養全部取られちゃったんじゃないかな!?」


 背だけじゃない、さっきユウトが見惚れていた部分もそうだし、全体的に、こう、大人の魅力に溢れているというかなんというか……


「んふふ、君も顔真っ赤だよ、バスラさん。」


「バスラさんはやめたまえよ、カスタード。」


 彼女をカスタードと呼んだのは僕が始まりだ。名前が可愛くないと嘆いていた彼女に、名前から文字を拾って付けただけの簡単なあだ名。大層気に入ってくれたみたいで、力いっぱい抱きしめられて死にそうになったことを覚えている。


 僕も彼女も何かを守るために日々鍛錬していた。そういったこともお互いを近づけていた要因だと思う。ある日彼女は僕に言った。


「君が王様を守るために頑張るなら、アタシは君を守れるようになるよ!」


「それは僕が弱虫だからかな……?」


 彼女は首を横に振って、僕だから守りたいと言った。あれはたしか……


「はぁ、ようやくカスタードって呼んでくれたと思ったら何か考え込んでる?もしかして、謝罪の言葉を探してるの?それとも、私が望んでる言葉を考えてくれてるのかな?」


 頬を赤らめて覗き込んでくる。声のトーンも甘えたような感じになってるし。そういえば、二人きりの時はずっとこうだったなあと思い出した。ああ、だから僕はこの子が苦手だ。もう数年は会ってなかったけど、あの頃と変わらず僕への好意を隠そうとしない。真っ直ぐに僕だけを見つめ続けている。もっともあの頃の僕には恋愛なんてこの子との間にあるなんて微塵も考えていなかったんだけど。彼女はずっとそうだったんだろうな。


「僕が君の期待に応えられるとは思わない、知ってるよね?」


「うん、知ってる。だって、姫様姫様言いながら目を輝かせてたじゃん。」


 そう、僕が姫様に出会ってからは彼女に対しても姫様の話しかしなくっていた。……なんだかもう、今振り返ってみると僕って相当最低な……


「で、姫様取られちゃったんだ?」


「う、いや、どうやらそもそも姫様は勇人のことしか見てなかったみたいだよ。」


 詳しく聞いたわけじゃないけど、どうも二人は小さい頃にあったことがあるとか。どうりで僕が相手にされないわけだよ……


「へえ、諦めるんだ。あんなに入れ込んでたじゃん?もったいない……。それはもう事あるごとに……」


「あああ、ちょっと待ってカスタード!」


 別に僕はこの状態でも話し続けていいかなと思ってたんだけど、流石にあんまり恥ずかしい思い出はつつかれたくない。僕は咄嗟に彼女の耳に口を寄せた。


「ひゃあ、ゼオくんいきなり何を!?」


 彼女に抱き付くような体勢になるが構うもんか。素早く耳元でささやく。


「皆が床下で聞いてるからそれ以上は勘弁してくれたまえよ。」


「……んえぇ?」


 随分と間抜けな声を上げるね……。まさか本気で気付いてないとは思わなかったけど、それならもっと早く教えてあげればよかったよ。


「……あ、ああ、あああ……」


 おっと、離れた方がよさそうだね。きっと大爆発するよ。


「あああああああああもう君達ってばホントに!!」


 少し腰を落として右腕を引いて構えを取ると、ヒュウッという勢いのいい音とともに彼女が一気に息を吸い込む。ロワールではエーテルを体内に取り込んで身体強化を施して戦うのが主流だ。もちろん彼女もそうだよ。


「あ、ゼオくんは動かないで。」


 左手をこちらに突き出して小声で何かを唱えているけど……これは、もしかして……。


「これで大丈夫!じゃあ、みんな覚悟できてる?……せえぇぇぇぇぇぇぇぇいっ!!」


 気合一発、床を思いっきりぶち抜いた。いやあ、壮観だね。


「うわぁん、なんで私の邪魔するの!?」


 泣きながら出来上がった穴に向かって叫ぶけど、そこに居たはずの人達はさっさと退散していたようだ。


「んぅ、ゼオくん、後でじっくりお話しするからね。逃がさないんだから……」


 まったく、これからしばらくは騒がしくなりそうだよ。


 即座に現れた人に部屋まで案内されながらさっきの彼女の行動を振り返る。僕の周りに障壁が展開されていた……あれはどう見ても魔法だね。基本的にロワールの人達は自己鍛錬に重きを置いているから魔法を習うことはない。詳しくは僕も知らないけれど、彼女たちが使う気功と魔法ではエーテルの使い方に大きな差異があって、同時に使うには相性が悪すぎると言われてたはずだよ。


「うん、これも後でゆっくり聞こう……」


 彼女が半分だけ食べて残していた饅頭をかじりながら案内の人に続く。……これは、甘いや……。


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