第二章 束の間の休息に 3
「あそこの甘味はおすすめですね。しっかりお腹を満たしたいならあちらの定食屋、ちょっとひと息つきたい時はあちらの茶屋が……」
部屋に通されたものの特にすることもなかったので、リリィクに案内してもらってロワールを散策することにした。で、さっきから飲食物系ばっかり紹介されてるのはなんでだろうな。ああ、ちょっと忘れかけてたけど、そういえばリリィクはよく食べる子だった。
「ココと一緒によく歩いて回ったものです。……疲れてないですか、勇人?少し休憩しましょうか?」
「……そうだな、少し休憩するか。」
そんなに歩いていないはずだが、どうも食べたい物があるようだ。ちなみに「あそこの甘味はおすすめですね。」は何回か聞いた。さりげないつもりなんだろうが、会話の端々に投げ込まれて来るから気になってしょうがない。
「よかった。さあ、行きましょう!」
そう言うと不意に手を取って歩き始める。流石に恥ずかしいが、そういえば最初に合った時もこうして手を繋いで歩いたなと懐かしくもある。
「んぁっ、いたいた。おー……むぐっ!」
何か後ろで聞こえた気がして振り返ってみたが、気のせいだったか?特に声を掛けてくるような人は見当たらない。
「さあ、着きましたよ。中に入りましょう。」
「あ、ああ。」
リリィクが気にしている様子もないし気のせいだったんだろう。店内に入ると店員に案内されて奥の席に着く。リリィクのお勧めと他にいくつか適当に見繕って注文した。
「おやおや、これはこれはバーゼッタの姫様ではないか!こんな所で会えるとはまさに奇遇。ご一緒しても?」
先に熱いお茶が出されていたので頼んだ物が来るまでゆっくりリリィクと話しでもしようとしていたところに謎の男が近付いて来る。話し方とか近付いて来る感じとか、苦手なタイプかな、これは。なんというか、多分この状況はリリィクが機嫌を損ねるから勘弁してほしい。
「どなたか存じませんが、出来ればご遠慮願いたいものです。」
「いやいやいや、そんなこと言うもんじゃないよ。私がわざわざ出向いてあげたのだから少々でも時間を割かなくては失礼というものだ。」
なんだこのゼオの悪い所を何倍にも増幅したような野郎は。まさかのあいつの親族とか?いや、流石にそれはないか……
気付けば店内は静まり返っていて全員がこの男を睨みつけている。店の外には何やら仰々しい格好で入口を塞いでいる一団が見える。
「私はリクシーケルン、あの女の所に行ったのだから名前ぐらいは聞いているだろう?妹君のことは残念だった……いや、まだ見つかってないだけでこんな事を言ってはまるで死んでしまったみたいだ、これは失礼失礼、フフッ。」
その瞬間リリィクが湯呑を掴んで顔面めがけて投げ付けた。
「熱っ!痛ぁっ!何をするんだ君は!失礼だぞこの私に向かって!」
「では、お互い失礼で痛み分けですね。特に用もなく、ただ煽りに来ただけというなら早々にお帰りください。目障りです。」
大切な時間を邪魔された場合の彼女はとにかく苛烈だ。そこに追加で煽られればこうもなる。
「ふん、気に食わん小娘だ。まあいい、あの忌々しい鬼人族のように私の邪魔だけはしないことだな。私の邪魔をするならタダじゃ済まさん。フフフッ、フハハハァッ!」
高笑いしながら外の一団を伴って立ち去っていく。いったい何しに来たんだ?
「カスタードの言っていた継承戦の邪魔をするな、とでも言いたかったのでしょう。しかし、あれではココのことも自分が関わっていると言っているようなものです。それを言っても構わないほど自分のやり方に自信があるのか、もしくは自分なら大丈夫だと思い込んでいるだけなのか、どちらかでしょう。」
「あんまり関わり合いになりたくないな……。」
新しく運ばれてきたお茶と、何故か店内の他のお客さんから色々差し入れられたものを見ながら呟く。だが、リリィクの妹の事に関わっているならいずれ間違いなく関わりを持つことになるだろう。
「ああ、そうだ。いい機会だしそろそろ妹さんのことについて教えてくれないか?」
何故か少し嫌そうな顔をする。城に居る間もそうだったが、彼女は妹のことについてはほとんど触れようとしない。何度か質問してみたことはあったが、その度にうまくはぐらかされてきていた。実は仲が悪いとか、そういうことがあるのかもしれないな思ってしまう。
「……ココ・バーゼッタ、とある一件から私の妹となった人です。今はここロワールに留学中で、国の文化や事業を学んだり政治的な面を教わったりしていたはずなのですが……」
行方不明、なのは分かっている。留学しているというのもちらっと聞いていた。妹となった人、この釈然としない表現についてはどうしても説明してはくれない。
「……ごめんなさい勇人、流石にそこに触れてしまうと制約に関わりかねません……」
そう言われるともう何も言えなくなってしまう。制約を解けないのは俺が記憶を取り戻していないことに深く関わってくるからだ。気にはなるし問い詰めたい気持ちがないわけでもないが、何よりもリリィクを傷つけたくはない。まったく、自分の記憶なんだからさっさと戻ってくれればいいのにな、とは常々思っている。
「こっちこそごめん……」
「あ、あの、勇人を責めているわけではないんです!私はただ……」
二人して黙って俯いてしまう。リリィクの気持ちは分かっているつもりだ。ミートゥリアに来てからはずっと一緒に居るし、何かきっかけがあれば積極的に俺に触れてくれる。それは決して俺がお客様だったからじゃないはずだ。
「……ひとまず食べようか。おすすめなんだろ?」
「は、はい!」
うん、確かに美味い。食べ進めていくうちに沈黙は晴れていった。
「そういえば、ゼオとカスタードの関係については詳しく分りませんでしたね、残念です。」
「ああ、まったくだ。後で絶対問い詰めてやる。」
「私もカスタードとの付き合いは長いのですが、彼の話を聞いたことはなかったですからね。……まさか彼女があんなに甘えた声で喋ることがあるとはとは思いもしませんでした。」
「俺もゼオがあんな風に話したりするのは初めて聞いた気がするな。」
「しかも、最後さりげなく残ったお饅頭持って行きましたからね。あの、半分カスタードが食べた物を……」
そう言いながら顔を真っ赤にするリリィクは珍しいと思った。思えばこういった話をする機会は全くなかったからな。リリィクも年頃の女の子というわけだ。新しい一面を見れたという点ではあいつに感謝してもよさそうだ。
「持って行ったってことは、食べたってことだよな……。あいつそんなに大胆なこと出来る奴だったか?」
「おそらくカスタードが相手だとああなんだと思います。聞こえてきた断片的な情報では、どうやら小さい頃から交流があったようですから。」
俺の中でゼオの印象がどんどん変わって行っている気がする。最初はキザで嫌な奴だと思ったし、森で再会した時にはへたれだと発覚したけれど、そこから洞窟を抜けるまでの間に強くなりたいと決意を固めたみたいで多少の無理もするようになっていった。
「命の危機でもありましたからね。彼だけでなく私たちも何かしら心境の変化はあったはずです。」
「ああ、そうだな。」
命の危機か……。正直、バーゼッタを出るまではあまり実感はなかったものだ。森で刃脚のクィン・デットに追われ、霧四肢と対峙して、たどり着いた洞窟では拷腕のアントラメリアに襲われながらも奇跡的に逃げ切ってロックヘッドを倒した。最初は人の力を借りてなんとか切り抜けてきたが、少しずつ俺達の戦い方も良くなってきていると思う。
「勇人、雷龍様の社への道が復興するまではしばらくここに滞在することになります。カスタードに頼んで戦闘訓練、してみませんか?」
「そうだな、色々な戦い方に慣れてみたい。後で頼みに行ってみよう。」
いい経験になりそうだ。正直急いでやるべきことを終わらせてしまいたい気持ちもあるが、今は待つしかない。ダラダラと過ごすよりは遙かに有意義だ。
「あの、それとですね、時間が出来たらで良いのですが……また二人きりで、今日みたいに散策とか……してみたい、です……」
照れながら俯いていくリリィク。そういえば二人きりで出かけるのはこれは初めてだったか……ん、つまりこれは……噂に聞くデートというもの!?いかん、そう意識すると急に恥ずかしくなってきた。しっかりしろ、俺!改めて考えるから心が悶えるだけなんだ!冷静になれ!リリィクとはいつも一緒に居るじゃないか……そう、いつも一緒に……一緒に……落ち着け……
「あ、あの、勇人……?」
「あっ、すまない!もちろん時間が出来たら!こっちこそお願いする!」
「ふふっ、ありがとうございます。」
良い笑顔だ。たぶんこの笑顔は俺にしか向けられたことがない。普段の彼女は不機嫌な表情意外あまり表に出すことはないからだ。誰かと話す時は基本的にキリッとした表情で真っ直ぐ相手を見つめて淡々と話す。ガルオムでさえ、「昔は違ったのに、今はお前だけ……ずるいなぁ!」と俺に言ってきてたぐらいだから何か原因はあるんだろうけども。
「さて、すっかり食べ終わってしまったしこれからどうしようか。」
「私、行っておきたい場所があるのですが、一緒にいいですか?」
「もちろん、行こうか。」
お勘定を済ませて外に出る。
「景色が奇麗なんですよ。さあ、行きましょう!」
そう言って再び手を引いてくれる彼女と歩きながら思う。ずっとこんな風に一緒にいられたらな、と。きっと、そのためには記憶を取り戻して彼女の制約も解いていかなければいけないだろう。
……この時の俺には、彼女の制約が何を抑え込むために掛けられたものなのか想像すらできていなかったわけだが……




