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第二章 束の間の休息に 4

「まったく、どう見ても声掛けていい状況じゃなかったのに君ってやつは……。」


「それは悪かったと思うけどさ、ゼオくんももう少し考えて口塞いでよね。骨が折れるかと思った……」


 身長差のせいだね。僕が慌てて背後から飛び付いて彼女の口を手で塞いで物陰に引っ張り込んだものだから、思いっきり彼女の背中を反らせることになって大変な思いをさせてしまった。


「とりあえず反対方向に行こうよ、二人の邪魔したくないからさ。」


「あっ、じゃあとっておきの場所があるからそこに!」


 僕がこの国に来るのは実は初めてだ。カスタードみたいに訓練を抜けだしてくることはなかったし、何より彼女が積極的に鍛錬を抜け出してガルマンドまで来てたからね。僕が姫様にうつつを抜かして始めてからは彼女の足も遠のいてたから、尚更僕がここに来る理由がなかったっていうのもあるかな……


「いやぁ、嬉しいな。ゼオくんがロワールに来てくれたうえに、二人きりでデートだなんて……」


「僕はそんなつもりないからね。」


 たしかに僕は姫様のことは諦めた。でもそれはつい昨日のことで、いきなり心を切り替えていこう、とはいかない。カスタードは僕と一緒に居るのが嬉しいかもしれないけれど、僕はそれに甘えてしまうと逃げているようにしか思えなくて何となく邪険に扱ってしまいそうになる。


「いいよ、それで。アタシだって好意を押し付けてるだけみたいなものだし、ここでいきなり迫ってこられても困るじゃん?だからこれでいいの。」


 そんなに不満そうな顔で言われても説得力無いんだけどなぁ……。


「ところでゼオくん、さっきので胸の所のボタンが一つ飛んじゃったんだけど、どこに行ったかわかる?」


「はぁっ!?そんなこと僕にわかるわけないよ!もっと早く言いたまえよ!もうあそこから大分歩いてきちゃってるよ!」


「んぇ、とりあえずこれでごまかせるかな……?」


 おもむろに髪をかき上げるとイヤリングを外してボタンの代わりにしようと悪戦苦闘し始める。……イヤリングなんてしてたんだね。イヤリング……何か記憶の片隅に引っかかるような……


「ん、これで良し!ゼオくんから貰ったので留めてるから実質ゼオくんが留めてくれてるみたいなもんだよね。」


「いやいや、違うよ。確かにそれは僕がかなり昔にプレゼントした覚えがなくはないけど、もうすっかり忘れてたから実質僕があげた物ではないということにしたまえよ。」


「はぁ、やっぱり忘れてたんだ?わかってたけど悲しいなー、あー、つらいなー。」


「なんで棒読み……」


 間違いない、僕等が小さい頃に、たしか誕生日プレゼントとして渡したものだ。まだちゃんと持っててくれただけでなく身に付けてくれてるなんて……嬉しく思うのと同時にちょっと心苦しい。


「その心苦しさに負けて抱きしめてくれてもいいんだよ?」


「嫌だよ?」


「んぇっ、ダメかぁ……」


 どうしてここまで直球で思いをぶつけてこれるんだろう?僕、彼女に対しては後ろめたいことしかないのに……


「ねぇ、ゼオくんは私に好かれるのは迷惑なのかな?」


「どうなんだろうね。考えたことなんてなかったから……」


 小さい頃からずっとそうだ。彼女はずっと僕を好いてくれていた。だけど最初からずっとそうだったから、それが当然だと思ってしまっていたから、ここまで熱い想いだとは気付けていなかったよね。


「カスタードってさ、最初からずっとそうだったから僕は仲良くなれたんだと思うよ。でも、僕のせいで会わなくなって何年も経つのに、どうしてそんなに僕のことを好きでいてくれるんだい?実際僕なんてここに来るまですっかり君のことなんて失念してたのに……」


「……ゼオくん、もし最初に一人でここに来いって言われてたとしたら、きっとアタシのこと思い出してここまでは来なかったでしょ?ここに来るまでには大変な目に遭って来たってキリくんたちが言ってたじゃん。命がけで、痛い目に遭って、辛い思いをしながらここまで来たんだよね?」


「でも、結局ここに近付くにつれて君のことを思い出して逃げ出したくなったよ……」


「逃げなかったじゃん。ちゃんと私に会いに来てくれたじゃん!……まぁ、目は逸らすし、すごく逃げ出したそうにしてたことについてはちょっと傷付いたけどさ……。それでも嬉しかったんだよ。ああ、ゼオくんはちゃんと強くなったんだな、って。」


 僕のことに関しては本当に何でもポジティブに捉えてくれるんだよね、この子は。


「アタシの理想の男性はね、一緒に強くなってくれる人。強くなっていける人。ゼオくんは昔からちゃんと努力してたからね。ああ、この人しかいないなって想っちゃったんだよ。そりゃあ姫様に心奪われちゃった時は悲しくて、でも邪魔しちゃいけないと思って身を引いたし、急にここに来てるって聞いてとりあえず一発ぶん殴ってやろうと思ったけどさ。……けどさ、ここに来るまでのお話聞いて、昔のゼオくんなら逃げ出してるようなことでもしっかり向き合って進んできたの分かっちゃって……」


 不意に彼女が足を止める。眼下にロワールを一望できる高台。ここがさっき言っていたとっておきの場所かな?


「……うん、自分でもおかしいかなってちょっと考えてしまうけどさ、やっぱりゼオくんのことが好きなんだなぁと思ってしまったんだよ。」


 僕の方を向いて照れくさそうに笑う。でも、僕はまだこの笑顔に応えられないよ……


「ねえ、ゼオくん、小さい頃に約束したこと覚えてる?」


「うん、僕が頑張るなら君が僕を守ってくれるってやつかい?」


「そこだけ切り取らないでちゃんと最後まで言って。」


 やれやれ、さっき思い出したばっかりで自信はないけれど、確か彼女のこの言葉に続けて僕はこう言ったはずだ。


「それは僕が弱虫だからかい?」


「ううん、違うよ。ゼオくんだから守りたいの。」


「僕だから?」


「うん、君だから。」


「よくわからないけど……でも、カスタードがそう言ってくれるなら、僕は君を守れるようになればいいのかな?」


「お互いの背中を守れるように?」


「うん、そうなれるといいね。」


 そう言って彼女の頭を撫でる。今の彼女では背が高すぎて手が届かなかったが、少し屈んで手に頭を押し付けて来る。


「カスタード、僕はまだ弱いよ。今君がこんなにまっすぐ気持ちをぶつけてくれているというのに、それに応える勇気がないんだ。」


「まだ姫様に未練がある?」


「それは……たぶんなくなっていくとは思うけど、僕は一度君の好意を無下にしているからね。そのことについてはやっぱり後ろめたいよ。それに、まだ助けるべき人達がいる。全てが終わるまでは考える余裕はないと思うよ。」


 カルメア様もユリアル様も操られたままだ。ユウトや姫様とともにバーゼッタを解放するには間違いなくお二人を助けなければならないだろう。そして、操られているのはお二人だけじゃない。全ての元凶、トーマ・ボルストを倒して、そして……ストラーと名乗ったあの方を……


「んぅ、ゼオくん、勇気がないとか後ろめたいとか余裕がないとか、アタシに対してよく言えるね……」


「あ、ごめんよ。なんだかカスタードだったら何でも言っていいような気がして……」


 ちょっと不満そうな顔をして、それでもやっぱり笑顔になって何かを言おうとした彼女の表情が突然険しくなる。


「何しに来たの?」


 ふと気配を感じて振り向くと一人の男がニヤニヤしながら立っていた。


「いやいやいや、甘酸っぱい物を見せてくれてありがとう。まさか副団長ともあろうお方が、こんなに大変な時期に!まさか色恋沙汰に明け暮れていようとは!フフっ、失礼。まあまあ、こういったことは個人の自由、好きにすればいいんじゃないかな?」


「リクシーケルン、もう一度だけ聞くけど、何しに来たの?」


 この男がリクシーケルン?なんだかいけすかない感じの男だよ。


「継承戦のことだよ、副団長殿。そろそろ決めて頂きたい。」


「条件は出したはずだよね?それがのめないならお社への道を復興するのが先、散々言ってきたじゃん?それともそのことも忘れちゃううぐらい記憶力がないのかな?」


「フハッ、いやいやしかしそれでは副団長殿の思惑通りに事が運んでしまうのではなかろうか?」


「それはこっちのセリフ。まったく、ルンナが気弱なのを知ってて利用しようとしてるくせに、よくそんなことが言えるね。」


「フフッ、我々は彼女の方がふさわしいと思っているだけだよ。だから私はそのための舞台を用意したいというわけさ。」


 その上でこの国を裏から掌握する、ということだろうね。うん、嫌な奴だ。


「ま、いいよ。いつかは心変わりするかもと思ったけど、有り得ないようだし。うん、条件はのもう。そこの彼が証人だ。日程とかはまた話し合いかな?できればすぐに始めてしまいたいけれどね。」


「明日、皆を集めようかな。ちゃんと話し合わないと何されるかわかったもんじゃないし。」


「了解了解、話がこじれて長引かないことを願っているよ。……ところで君。」


「僕……?」


 口出しすることじゃなさそうだから傍観していた僕に不意に声を掛けてくる。


「そう、君だ。名前は?」


 指をつき付けられてじろじろと見られるのはいい気持ちがしないけど、まぁ、名前ぐらいは名乗っておいてもいいのかな?


「バスラ・ゼオ。ガルマンドのバスラ・ゼオだよ。」


「そうか、ではバスラ・ゼオ君に質問だ。答えてくれるね?」


「内容によるよ。妙な質問なら一切答えない。」


「君の脚の骨、何か得体の知れないものがくっついてるね。」


 つき付けられていた指が僕の脚をさす。たしかにスライムだし得体の知れないものと言ってしまってもいいのかもしれないけど、一応はそれが何のかは知っているから首を横に振る。


「別に得体の知れないものじゃないよ。ちゃんと同意して受けた治療さ。」


「ああ、詳しく言わなくてもいいよ。どんな内容であれ質問に答えてくれればよかっただけでね。ほら、もうそこには何にもないよ。」


「えっ……あっ!?」


 不意に脚が体を支えられなくなって地面に崩れ落ちる。咄嗟にカスタードが抱え上げてくれたから倒れ伏すことはなかったけれど、これは……


「おやおやおや、副団長殿は素早いね。だがまあ、これでバスラ君の脚は自然な状態に戻ったわけだ。せいぜい充分に養生したまえ、フフハハハッ!」


 脚のスライムを除去された!?痛みはずっと我慢してたからあんまり変わりはないけれど、歩けなくなるのは非常に困るよ……


「リクシーケルン!」


「おっと副団長、そう怒るもんじゃないよ。どうせ彼らは雷龍に会うまでここに釘付けなんだから歩けようが歩けまいが関係ないだろう?我々の邪魔をしてほしくはないからね。戦力は削いでおくに限るよ、フフハハハッ!」


 そのまま去っていこうとする。カスタードは追い掛けようとしていたけれど、僕はそれを制止した。どうやったのか全く分からなかったけれど、何かしらの魔法を使われたのは間違いないからね。その正体が分からない以上無闇に追うべきじゃない。去って行ってくれるならそれに越したことはないよ。


「ああそうだ副団長殿、団長殿の葬儀はどうするのかな?遺体が見つかるまで先延ばしにするのかい?ああ、もしかしたら生きてるかもしれないからね。まあ、あの状況を見る限り可能性はゼロに近いけど、君のお父上だ、そういう可能性は信じてみたいものだよね!フフフ……フフフフハハハハハハハッ!」


「くぅっ!」


「カスタード、抑えて!挑発に乗っちゃ駄目だよ!」


 今にも飛びかかっていきそうなカスタードの腕を掴んで止める。でも、これは抑える方が酷かもしれない。彼女があまりにも簡単に流れるように話していたものだから考えがそこまで及ばなかったけれど、岩の下敷きになって亡くなったと言っていた近衛守護気功団の団長は彼女の父親だったはずだよ。それをダシにして挑発するなんて人として最低だ。彼女が怒るのは当然だし、僕だってこんな奴殴り飛ばしてやりたいさ。だけど、きっとこいつはそれを利用して何か仕掛けてくるはずだ。それを狙っての挑発だと思うんだ。だから、僕はカスタードを止めた。


「……ごめんねカスタード、よく耐えたね。」


「ううん、いい。ありがと……」


 納得いかない表情なのは仕方ないよね。嫌な後姿が見えなくなってから、カスタードが立ち上がれなくなった僕の横に腰を下ろす。


「……アタシのさ……目の前だったんだ。だから、この目で見たから、死んでるのは間違いなんだよね……」


 そのまま大声を上げて泣き出した彼女に僕が出来ることはない。どんな言葉を掛けていいのか分からないんだよ。抱きしめてあげるのがいいのかもしれないけれど、結局まだその勇気は持てていない。せいぜい気休めに頭を撫でてあげるしかできなかった。


「カスタード!?」


「ゼオ、お前何したんだ!?」


「勘違いも甚だしいよ!?」


 まったく、なんてタイミングで来るんだよ君達は……。


「姫様、彼女をお願いするよ。ユウトは、まぁ、諸々あって動けなくなった僕を運んでくれたまえよ。」


「お前、また脚が……」


「一旦帰ってからちゃんと説明するよ。流石に地面に座りっぱなしなのは勘弁してほしいからね。」


 ユウトに背負われながらカスタードを見やる。きっとずっと無理をしていたんだろうね。姫様に支えられて歩きながらも嗚咽を漏らす彼女を見て、ああ、また自分の弱さを嫌いになっていく感覚がするよ。もし彼女が言うように僕が強くなれる人間であるなら、どんな力でもいいからせめて彼女だけでも守れるようになりたいものだね……


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