番外編01話 『佐倉 彩香』のその後
短めです。
「彩香さん。お時間でーす」
「あ、はーい。すぐ行きまーす」
先輩が私の前からいなくなってもう一年以上が過ぎていた。だと言うのに、未だに先輩の事が頭から離れない。好きだった先輩の偶に見せてくれたあの笑顔が忘れられない。先輩の事を思うと今でも胸が苦しい。
そんな事を知ってか、梨絵はこまめに連絡をくれる。今日は他どんなことをした、今度の休みに会おう、みたいな事を梨絵とは話している。私の心の支えは梨絵だ。
そんな先輩の事を今でも思い続けている、何も変わらない私に、唯一劇的に変わった事がある。それは生活だ。
私の生活が変わるキッカケになったのは、私が自殺をしようとした踏切での出来事だった。
私の自殺をしようとする姿や泣きじゃくる姿。梨絵の優しく受け止めてくれる姿。それらを動画として撮った誰かがSNSにアップロードした事で、大きな反響を呼んだ。その動画には様々なコメントがついた。
――何これ? なんかのドラマ?
――演技うますぎじゃない?
――泣いてるのに可愛いのがよく分かる。
――この二人芸能人?
――友達に芸能界に詳しい奴がいるから聞いてみたけど、この二人の事知らないらしい。
――謎の美女が二人。俺、ファンになるわ。
――よく見たら着てる服、喪服じゃね? もしかして、泣いてる人が頻繁に言ってる『先輩』が……。
――私には演技に見えない……あれ、本気で死のうとしてたようにしか……。
――この動画、不謹慎過ぎないか?
私と梨絵についての幾多のコメント、動画に対する数多くの高評価、そして動画の真相を知りたいという多くの人達の好奇心によって瞬く間に拡散されていき、一週間もしないうちにネットニュースの最も注目されている記事になった。
謎の美女二人は誰なのか、死んでしまおうとした理由はなんなのか、『先輩』に起きた事は一体なんなのか。その動画は多くの人々を謎に陥れたため、長い間ネットニュースで様々な考察がされていた。
これ程までに大きな出来事になれば、私や梨絵、会社の人達も何が起こっているのか把握することが出来る。
私は、今後この話題が大きくなっていくのならいつか動画の人物が私であることに気付かれると考えた。もしバレたら会社に電話などが来て迷惑をかけるかもしれないと思うと申し訳なくなり、また、先輩がいなくなった思い出のある会社にいても辛いだけだったので、辞表を提出した。
すると、私の後を追って梨絵も会社を辞めた。理由は私と一緒で迷惑がかかるからだと言っていたけれど、本当は私を一人にさせない為についてきたんだと雰囲気から感じた。
こんな私の為にここまでの事をしてくれる梨絵に、一生を掛けて恩返しをしていこうと誓った。
そして会社を辞めてしばらくの事。転機は唐突に訪れた。
私は職が無くなり、今まで貯めてきた貯金を切り崩しながら自宅で次の職を探していた。
そんな時、自宅へ一人の人が尋ねて来た。その人は自己紹介も早々に、意味も分からない事を言い出した。
「映画の主演に抜擢されました。監督がお待ちです」
この時の私は何秒間か思考停止をしていた。本当に何を言われているのか分からなかった。すると、痺れを切らしたのかその監督の方から私の方へ出向いてきた。
しょうがないので家に上げておもてなしをし、先程の発言はどういう経緯で言ったのか、詳細聞いた。
なんともその監督は脚本家でもあるそうで、自分の脚本のラストのイメージが湧かず行き詰まっていた所に、例の動画をみたらしく、その動画に強いインスピレーションを受けたそう。
また、主演のキャストにはインスピレーションを受けた時から私以外にはやらせないと決めていたようで、今の今まで私の事を探していたらしい。それに加え、助演女優は梨絵にすることも決めていて、後日尋ねる予定だそうだった。
監督が言うには少し形は違うがスカウトに似たようなものらしく、事務所などには主演を了承してくれた時に入れると言っていた。
その時の私は新しい職を探している最中だったから願ったり叶ったりで、そういう事ならと主演になる事を了承した。
私が主演をすることになった映画のタイトルは『AI〜遠くにいってしまった想い人〜』。
私が演じるOLの主人公には想いを寄せる男性がいた。主人公は梨絵が演じる事になった親友に手伝ってもらい、少しづつその男性と距離を縮めていく。一緒にショッピングを楽しんで食事をしたり、二人で遊園地に遊びに行ったり。そうしているうちに男性も徐々に主人公に惹かれ始め、仕事も捗るようになり軌道に乗り始める。
しかし、その男性を妬む先輩が、態と不始末を起こし、それらの全て男性へと擦り付ける。何も知らない男性はやっていないと声を上げるが、事実を巧妙に隠され誰も気付けなかった為に結局全責任を負うことになってしまう。
それが原因で、男性は社内で虐げられるようになる。男性は主人公を巻き込まいと主人公を避け続け、縮まっていた仲も徐々に広がっていく事になる。
主人公は男性の事を諦め始めるのだが、そんな時に親友が不始末の真相を突き止め、社内で真相の噂を流し始める。その噂は瞬く間に広がり、男性の身の潔白が証明され、先輩は事の悪質さ故に解雇となった。
だが、それでも一度広がってしまった溝は再び埋めるには難しい所まで来ていた。親友はそんな二人を見かね、デートをさせる計画を立て、見事に成功させる。
その計画のおかげまた二人は元の関係に戻る事が出来た。だが、そのデートの途中、運悪く通り魔に出会ってしまい、主人公を守って男性が命を落としてしまう。
失意に駆られる主人公は、生きている価値を失ったと思い込み、飛び込み自殺を試みる。しかし、主人公を常に気にかけてくれていた親友によって助けられ、優しく心を包んでくれる。
そんな親友のおかげで、主人公は先輩が守ってくれた命を大切にしようと決意する。
そして、数年後。先輩のお墓の前で手を合わせる主人公とその子供の姿が。
そこで、映画は終わる。
この映画の主人公はまるで私のような存在だった。台本を読むだけでも感情移入をしてしまい毎回涙を流す。演技も主人公の行動がそのまま私の行動と一致していて、演じていると感じた事は一切なかった。
主人公の気持ちが痛いほどに分かった。分かってしまった。大切な人と過ごす幸せや、死んでしまいたくなるほどの絶望が。だからこの映画はずっと素の私のままでいられた。
映画『AI〜遠くへいってしまった想い人』は全国で大ヒットし、そこでようやく私が例の動画にいた人だと全国に伝わった。
そして、私は映画の宣伝にバラエティ番組にも出演するようになり、一躍有名人となった。梨絵は、抜群のスタイルの良さでモデルとして、有名な雑誌で度々表紙を飾るほどになった。
今日も今からバラエティ番組に主演することになっている。MCは大御所の方で、トークが止まると死んでしまうのではないかと散々言われ続けてきた『まぐろ』という人だ。
「収録開始五秒前。三、二、一……」
「いやぁ、今週も始まってしもたなぁ。それでな、さっきの事なんやねんけど・・・」
噂通りトークが止まらない。マシンガントークというものがどういうものなのかを初めて目の当たりにした気がする。本当にトークを辞めたら死んでしまうんじゃないかってくらいに話し続けている。
「・・・あっ、そや! えー、初登場の彩香ちゃんはなんか凄いんやって!?」
「い、いえ! そんな事は全然……」
「俺、彩香ちゃんが芸能界に入ったのが映画の主演を監督に頼まれたからって聞いたで!? それになんや、演技力がずば抜けてるらしいやん!」
「それなんですけど、あの映画の主人公がどうしても他人のように思えなくて、どちらかと言うと、あれが素の私っていう感じで」
「へぇ! そうなんや! ……ん? 彩香ちゃんの話題になった動画がある? どれや?」
するとモニターに今でも忘れられない、飛び込み自殺をしようとした時の動画が流れ始める。今、大勢の前で見るのは恥ずかしくて顔から火を噴きそうなくらい。
「これ俺知ってるわ! 一年くらい前にめちゃくちゃ有名人になったやつやろ!?」
「そうですね。私がこれに気付いた時にはなんか凄い事になってました」
「やろなぁ……答えたくなかったら答えなくてもいいんやけど、このよく聞こえてくる『先輩』って誰なん?」
「この先輩って言う人は、トラックに轢かれそうになってる子猫を助ける為に道路へ飛び出すくらいに優しくて、でも、子猫と一緒に手の届かないくらいに遠くへ行ってしまう自分勝手な人で……私のとても大切な人ですね」
「そうやったんかぁ……それは悲しかったなぁ……」
「ですね……思えば私の先輩は、私が出演した映画に出てくる男性に少し似てる所がありますね。命を守る為に命をかける所とかそっくりじゃないですか?」
「俺、映画見てないわぁ……」
「「「えぇー!」」」
「いやぁ毎日忙しくてなぁ、映画を見る時間ない」
「まぐろさんの自慢なんて誰も聞いてませんて!」
芸人さんがまぐろさんにツッコミを入れるとみんなから笑いが上がる。私も知らず知らずに笑顔になっている。
今の私が笑えるのも先輩の事を乗り越えたからだと思う。とはいえ、まだ先輩を想っているかもしれないのに乗り越えたと言ってもいいのか疑わしい。
その後、番組の収録を終えて、今日の仕事は終了した。番組で先輩の事を強く思い出したせいか、今でも頭の中に先輩の色々な姿が思い浮かぶ。
何だか先輩に守られているようなそんな気分になれる。今日はぐっすり眠れそう。
そう思った私はどこにも寄り道すること無く、真っ直ぐに自宅へ戻った。
シャワーを浴び、パジャマに着替え、自分のベッドに潜り込む。最後に先輩の笑顔を思い浮かべ、その先輩におやすみと語りかける。
徐々に落ちてくるまぶたをそのままに、薄れゆく意識。
そして私は眠りにつき、長い長い夢を見る――。
奏陽が異世界で過ごしているとき、彩香はこんな事になっていましたというお話です。
次回から第二章に入ろうと思っていますが、もしかしたらまた番外編を書くかもしれません。まだ未定です。
それでは、次回もお会い出来る事を願って。