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外は雪が薄っすらと舞い降り、幾たびの人は首にマフラーを、手には手袋を付けているようだ。春の訪れを拒むような無限に広がる雲がアヤトたちを覆っている。
「温度の方はよろしいでしょうか」
「は、はい!大丈夫です」
車内の暖房程度では解きほぐせないほどにガチガチに固まった身体は細かな震えを上げる。予想外と言わざる得ない状況。
「アヤトー、このパン美味しいね!」
「ク、クオレさん。この状況に慣れてるあなたが羨ましいよ」
何がそこまでアヤトに畏怖を与えたか……。
数個のリクライニングシートにソファー、足元には高級感の溢れ出る動物の毛皮らしき絨毯。落ち着いた空間と快適な空調。冷蔵庫付きでテーブルも置かれている。いわゆるリムジン車だ。
「ふぁ、ふぁんふぁいっふぁ?(え、なんか言った?)」
「なんでもないです」
「才波様、いかがなさいますか?」
「えっと……ご飯と買い物が出来るところをお願いします」
「でしたら先月オープンしたアウトレットがよろしいかと。ここから十数分かかりますがよろしいでしょうか」
「あ、はい。そこでお願いします」
トンビ返しのように返答を返す。
昨日到着して、まだ何がどこにあるのか分からない。オススメがあるのならば、それに従う他ないと考えてそう回答する。運転手は了承したと一言交わして青信号になった前方に視線をやりアクセルを踏む。
「では才波様、お時間はいかほどに?」
「あ、じゃあ携帯番号を渡しますので用が終わったら連絡します」
「承知しました。どうぞお楽しみください」
リムジン車から降りたアヤトとクオレに一礼し、運転手は再び車に乗り込み走り去る。周りからは何者なのだろうかと怪しげな目が向けられる。人馴れしていないアヤトは、より一層その視線を敏感に受け取り、その場の気まずさに今すぐこの場を逃げ出したい衝動に駆られた。
「人がいっぱいだね!」
「クオレ、お前寒くなの?」
「ほへ?別にー。でもちょっと寒いかも」
よくよく見れば、足は寒さに縮こまり歩幅もいつもよりも小さい。アヤトに迷惑をかけたくないせいか。少しの罪悪感に駆られる。
「ん?」
ふと、懐から聴き慣れた電話の着信メロディーが流れる。若干の嫌な予感を察しながら耳に当てる。
『お兄ちゃん!今のリムジンから出てきたのお兄ちゃん!?』
「ちょっ、なんでそれを……」
『私もアウトレットに来てるんだよ!フードコートで友達と話してたら凄い車が来たからなんだと思ったらお兄ちゃんとか予想外だよ!』
「お、おう。そうか」
『ご飯食べてないけど、今からそっちに行くから一歩も動かないでね!』
そう告げると、以前よろしく返答を待たずにスマホの通話は切られる。隣のクオレがいる状況で妹に見つかる。よりにもやって、今関わりたくない人物に見つかってしまい、早くもアヤトは脱力感にとらわれる。
「アヤト、どうしたの?」
「…………妹が来る」
「アヤトの妹!それはとっても興味があるね」
「いや、それをお前にだけは言われたくない」
「アヤトは私に興味があるの?」
「違うわ!そういう意味じゃないわ!」
何を勘違いしたのか、クオレの頬は朱色に染まる。その途端にアヤトのツッコミが炸裂。興味があると言うのはクオレの存在自体。大まかには、なぜ自身が匿って世話をしているのかという現状だ。
アヤト自身の計画であれば、東京に着いたと同時にマンションの一室を借りて引きこもりの生活に帰還。なのになぜこのような事態に陥ってるのか。全ては昨日の悪夢が原因だと歯を噛みしめる。