ビルの屋上でUFOに遭遇
深夜二時。
とっくに終電もなくなったこの時間に、まだ灯の残ったオフィスがある。
その内の一つに一人残り、PCの前で孤軍奮闘している男が居た。
尾形ケイスケ、四十二歳、独身。
職業はプログラマー。……のはずが、ここ最近は「仕様変更対応係」と呼んだほうが正確だ。
完成していた。徹夜続きの末に、ようやく。それが夕方、メール一通でひっくり返った。
『度重なるご連絡になり、本当に申し訳ありません。先方から、また要望が入りまして……。根幹の設計を、少しだけ変えていただけないでしょうか。ご負担なのは重々承知しております。納期は明後日のままで、大変心苦しいのですが……』
ケイスケは、天井を見上げた。
これで何度目だろう。送ってきた担当者が悪い人ではないのは分かっている。彼もまた、上から降ってくる要望の板挟みなのだ。だからこそ、怒りの向け先が見つからない。
少し、の定義を辞書で引き直してほしい。
まぁ、素人目には少しに見えるのだろうが、システムというのはその少しが厄介なのだ……
「……」
財布を握って、コンビニへ向かった。
イートインの端の席に座り、ホットコーヒーとアンパンを並べる。徹夜に効く、二大燃料。
アンパンをかじり、コーヒーで流し込むと、ようやく脳が回りだした。
回りだしたついでに、頭の中はもうコードのことでいっぱいだ。
(あの処理を切り出して、依存を逆にして……いや、テーブル定義から触らないと駄目か)
帰りのエレベーターに乗り込む。ケイスケのオフィスは最上階。だから押すのは、いつも一番上のボタンだ。何も考えず、指が勝手に動く。
上昇する箱の中で、彼は考え続けていた。例外処理の順番。ロールバックの条件。あの関数の引数は、増やすか、構造体にまとめるか。
チン、と間の抜けた音が鳴って、扉が開いた。
考え事の続きのまま、ケイスケは足を踏み出した。
「えっ!? うわっ!」
足が止まった。
そこはエレベーターホールではなく、屋上だった。
「……は?」
振り返ると、エレベーターの扉が開いたままそこにある。
このビルのエレベーターに、屋上のボタンなんてなかったはずだ。
10年以上このビルで働いているのだ。間違いない。
しかしそれより……
満天の星空
「すげぇ……こんな星、見たことねぇよ」
そう呟いた、その時だった。
星のひとつが、流れ落ちてきた。
いや、落ちたのではない。降りてきたのだ。
音もなく、空気を切り裂くでもなく、ただ滑るように。大気がイオン化して、ほのかなオゾンの匂いが鼻先をかすめる。
星空を切り抜くように、銀色の流線型が現れた。
継ぎ目のない機体は、闇夜の中でも輝くような、銀。
UFO。
一般的なイメージよりもはるかに美しいが、そうとしか呼びようのないものが、ケイスケの頭上で、ぴたりと静止した。
『――私のマスターに、なっていただけませんか?』
声は、空から降ってきた。抑揚は少ないのに、不思議と耳に馴染む声だった。
ケイスケは、しばらく黙って考えた。
夜風の冷たさ。徹夜続きの頭の鈍さ。
……ああ、なるほど。
「これは夢だな」
貫徹続きで、知らないうちに寝落ちしたに違いない。今ごろデスクに突っ伏しているのだ、きっと。
夢なら、遠慮はいらない。
「おおなるなる。なってやるから、どっか遠いところに連れてってくれよ」
投げやりに手を振って、そう言った。
――ありがとうございます――
そう聞こえた気がした。
次の瞬間、頭上の円盤から白い光が降りてきて、ケイスケの全身を包み込んだ。重力がふっと抜ける。
(ああ、あの関数、コメント書いてない……)
それを最後に、ケイスケの意識は、白の中へ溶けていった。




