君を傷つける奴は、私が許さない
ベルタとソフィアが城に現れたのは、よく晴れた昼下がりだった。
二人は、あらかじめ用意してきた台詞を楽しげに練習していたらしい。
「かわいそうなエレナ。さぞやつれて……あら?」
応接間に通された二人の言葉が、途中で止まった。
そこにいたのは、骨でも、やつれた囚人でもなかった。
最高級のドレスをまとい、髪には大粒のダイヤを飾り、ソファに腰かけた――わたしだった。
「お母さま。ソフィア。ようこそお越しくださいました」
わたしは、ゆっくりと微笑んだ。
ソフィアの顔が、みるみる引きつる。
「な……なんなの、その格好。その宝石……どこから盗んだの!?」
「盗む?」
その時、背後の扉が開いた。
クロードが入ってくる。
ベルタとソフィアは、噂の怪物公爵を前に、さっと顔を青ざめさせた。
「これはこれは。公爵様。妻が、ご迷惑をおかけしては――」
「迷惑?」
クロードは、わたしの隣に腰を下ろすと、当然のように肩を抱き寄せた。
「私の妻ほど、この城に光をもたらした存在はない。彼女の身につけているものは、すべて私が贈ったものだ。文句があるのかな」
ベルタの口が、ぱくぱくと動いた。
「だ……男色家、では」
「ああ、あの噂か」
クロードは冷ややかに笑った。
「悪い虫を寄せつけないための嘘だよ。たとえば――君たちのような」
*
「ところで」
クロードの声が、すっと温度を下げた。
「フォードリック伯爵家。借金の証文を買い集めさせてもらった。エレナの父君が遺した領地を、君たちが食い潰した記録もすべて、ね」
ベルタの顔から、血の気が引いていく。
「そして、これは何かな」
彼が差し出したのは――母の形見の指輪だった。
「妻の母君の形見を、勝手に売り払ったそうだね。買い戻すのに、少々骨が折れたよ」
「そ、それは、その……」
「君を傷つける奴は、私が許さない」
クロードはわたしを見て、約束のように囁いた。
それから二人へ向き直り、氷の刃のような声を放つ。
「証文はすべて私の手にある。今日この瞬間から、フォードリック家の全債務の取り立ては、私が行う。――覚悟しておくといい」
ソフィアが、ひっ、と悲鳴をあげた。
「お、お姉さま、助けて……わたくしたち、家を失ってしまうわ!」
失う、ではない。もう動き出している。来週には公爵家の使者が屋敷に向かい、調度も領地も差し押さえ、残った召使いも解雇される――ハンナが手配の控えを、わたしにそっと見せてくれていた。
「その結婚、本当は……わたくしのものだったのに」
ソフィアが床を見つめ、絞り出すように呟いた。玉の輿を逃した嫉妬が、絶望に塗り替えられていく。
わたしは、母の指輪をそっと指にはめた。
ぴたりと収まる、懐かしい重み。
「あなたたちが教えてくれたのよ」
静かに、けれどはっきりと言った。
「家族でも、誇りまでは売らない。――わたしは、最後まで顔を上げていたわ」
*
ベルタが、よろりと膝をついた。
姫のように大切にされる継子。
向けられる、本物の公爵の溺愛。
それは彼女たちが「絶望」として差し出したはずの、未来の姿だった。
「う……あ……」
言葉にならない呻きを残し、ベルタはそのまま気を失った。
ソフィアも、嫉妬と絶望の入り混じった顔で、後を追うように崩れ落ちる。
二人がハンナに連れ出されていくのを見届けて、クロードがふっと息をついた。
「怖がらせたかな」
「いいえ」
わたしは首を振り、彼の手にそっと自分の手を重ねた。
「あなたがそばにいてくれるなら、わたしはもう、何も怖くありません」
クロードは目を見開き――それから、世界一幸せそうに微笑んだ。
「では、宣言しよう」
ひょいと、わたしを横抱きに抱え上げる。
「君は私の、たった一つの国宝だ。これから先ずっと、誰よりも大切にすると」
窓の外には、わたしのために作られたバラ園が、満開に咲き誇っていた。
怪物に嫁いだはずのわたしは、今、世界でいちばん愛されている。




