第1章 代理と何でも屋【4】
「……その情報だけでは、任務遂行に値するかどうか判断ができない」
ロスが静かに言う。ニコルとしても、現段階では断られてもおかしくないと思っていた。この様子では、いまはそのつもりはないのだろう。
「依頼があればなんでも遂行するというものではない。しばらくお前たちと行動をともにさせてもらう」
「承知しました。ですが、どうやって……」
「使用人に紛れ込んだり、親戚になったり、手段はいろいろあるわ」と、メリフ。「こう見えても社交界は長いの。任せておいて」
「わかりました」
どうやら頼もしいようだ、とニコルは心の中で独り言つ。メリフは実際に社交界で生きて来たはずのシリルより若いように見えるが、経験値の差が大きいと思わせるには充分の自信を湛えた表情だった。
「オーランド家の夜会はいつだ」
「十三日後、二十日です。甥御の社交界デビューだそうです」
「わかった。それまでに情報を集める」
「シリルとの信頼関係も築かないとね!」
可愛らしく右目を瞬かせるメリフに、ニコルはまた微笑んで見せた。
「はい、よろしく」
「あなたの笑った顔ってなんだか胡散臭いわね」
「それほどでも」
「褒めてないのよねえ」
胡散臭かろうがなんだろうが、ニコルは微笑まなければならない。それがシリル・ラト代理であるニコルの役目だ。しかし、ただ微笑んでいればいいというわけではない。ニコルには、決して漏らさず伝えなければならないことがあった。
「ひとつだけ、約束していただきたいことがあります」
静かに言うニコルに、メリフが首を傾げて先を促した。
「この先、もし男爵家の者に何か尋ねられたら、ホーキンズ氏の指示で来た、と答えてください。ホーキンズ氏はシリルの叔父で後見人です」
これは必ず守ってもらわなければならない。ふたりが何者か悟られる前に、詮索されることを防がなければならないのだ。
「シリルのことを決めるのはホーキンズ氏です。ホーキンズ氏の指示と言えば反論できる者はいません」
「わかったわ」
例えグレンジャー男爵でも、シリルに関することでホーキンズ氏の指示に背くことはできない。ホーキンズ氏はそれだけ大きな決定権を持っているのだ。
「……こちらもひとつだけ訊いてもいい?」
「なんでしょう」
「シリルは補聴器を着けているように見えたけど、聴力が弱いの?」
よく見ている、とニコルは心の中で感心する。ロスとメリフがシリルと会ったのは、ほんの数秒のことであった。そのあいだに目敏くシリルを観察していたのだ。
「補助的な物です。多少、聴力に問題があります。ですが、普通に会話する分には特に支障はありません」
「ふうん」
メリフはニコルの答えに納得したようで、さて、と声色を明るくして立ち上がった。
「さっそく行こうか、お兄ちゃん!」
「ああ」
やれやれ、といった様子でロスも腰を上げる。
「おふたりは兄妹なんですね」
ニコルが感心して言うと、うふ、とメリフが意味深に笑った。ロスに視線を遣ると、うんざりした様子で溜め息を落とす。ニコルにはよくわからないが、一筋縄ではいかないふたりのようだ。
……――
ふと見上げた空を、曖昧な流星が真っ赤な炎を纏って滑り堕ちていく。その軌跡に塵が舞い、灰色の雫となって降り注ぐ。
――ああ、なんて綺麗な世界なんだろう。
鮮明な色彩が繊細に織り成しぼやけて烟る光景が、同じ処へ逝きたいと訴えている。
許されない願いが渇望となって散っていく。
パッと弾けた花弁が、地で砕けて真紅の水溜まりを作る夢。
揺り椅子に身を委ね、風と遊ぶ嘲笑を子守唄に目を閉じる。
撃ち落された鳥の羽が、二度と目覚めぬようにと祈っている。




