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眉間に皺を寄せて首を横に振り、呆然としたまま訓練場に入ってきたアドヴェル。セインは気まずそうに、けれどゆっくり近付いて行った。
「アドヴェル。助けてくれてありがとう」
「セイン……そうか、目が覚めたか」
アドヴェルは力一杯セインを抱き締める。セインがアドヴェルの背中に腕を回してホッと息を吐くと、アドヴェルも小さく微笑んだ。けれどすぐにようやく着地したジェマに視線を向けると抱擁を解く。そしてジェマを鋭く睨みつけてセインを庇うように背中に隠した。
「お前、何をしている?」
「魔法の使い方についてお話していただけですよ」
ジェマはにっこりと営業用の笑顔を張り付ける。それに比例するようにアドヴェルの眉間に刻まれた皺が深くなる。そんな様子にグラスはため息を吐いてアドヴェルに近付くとゴチンとげんこつを落とした。
「お前は、偏見で物を見るな。自分で見たものを信じろ。そのためには1度話を聞くという姿勢を見せなくてはいけないだろう?」
「それは……でも、こいつは所詮恵まれた人間だ」
一瞬言葉に詰まったアドヴェルは、すぐにもう1度ジェマを睨みつける。恵まれた人間、その言葉にシヴァリーとハナナは心配そうにジェマを見る。けれどジェマは笑みを崩さない。
「ええ、恵まれていますよ。父のことは尊敬していますし、ジャスパーもジェットもそばにいてくれます。それに友人にも恵まれていますから」
ジェマが真に恵まれたのは、愛されてきたこと。早くにスレートが亡くなったものの、生きている間にこれでもかというほどの愛を受け止めてきた。そしてスレートが亡くなってもジャスパーがそばにいたから、独りぼっちではなかった。ジェットと出会うこともできた。
ジェマは孤独を知らない。母親がいなくても父親を失っていても、打ちひしがれることはなかった。ただ一心に前を向いて、夢に向かって突き進む。それが現実逃避だと言うのなら、それはきっと正しい現実逃避だ。
アドヴェルはジェマの言葉にギリギリと奥歯を噛み締める。そしてふんっと鼻を鳴らした。
「恵まれた人間に何が分かるっていうのよ。セインがどれだけ苦労してきたか分からないくせに、口出ししないで!」
「それは、違うんじゃないか?」
思わず、といった様子で口を挟んだのは、シヴァリーだった。険しい表情には、どこか憐れみが滲んでいる。
「アドヴェルだって、セインの全てを理解できるわけではないだろう。アドヴェルは両親もいて孤児ではない。同じ家で育ったといえど、2人は同じじゃない。一緒にいてセインを守っていたかもしれないが、守られることでセインがどう思っていたのかは分かっているのか? セインが今無警戒な上にお前に依存し続けていることは? それが冒険者として危険と隣り合わせの環境で生きていく上でどれほど危険な子とか理解しているのか?」
シヴァリーの詰め寄るような口調の速さに、ハナナがそっと肩に手を置いて止めた。シヴァリーはハッとして息を飲むと、言葉と焦燥感、怒りを全て押し殺した。
アドヴェルはシヴァリーの言葉にわなわなと肩を震わせる。その様子に、セインは俯いた。グラスはため息を吐くと、セインの肩を叩いた。
「思っていることがあるなら、言えば良い。お前はアドヴェルに守られるだけの男じゃない。アドヴェルの仲間として隣に立つんだろう?」
仲間ならば、会話を通して互いの想いを通わせ合うことが必要。けれどセインは言葉を飲み込み、アドヴェルは言葉を押し付ける。グラスから見ていても、仲間とは言い難かった。
「何、何が言いたいっていうの? 私はセインのこと、全部分かってる!」
「分かってないよ。分かってない。アドヴェル、僕はね、聖人であることが特別だと思ってない。聖人だったから教会に拾われて生きてこられたことに感謝はしているけど、それはただの偶然だから。僕は、戦うことは苦手。だけど、守られるだけじゃ嫌だよ。冒険者として、ワンドマスターとして戦いたい。アドヴェルを守りたい。そのための力が欲しい」
いつになく流暢に意思を述べるセインに、アドヴェルは目を見開いて信じられないとでも言いたげに首を横に振る。けれどセインの心からの言葉だと伝わったからこそ、アドヴェルは何も言えなかった。
「アドヴェル。セインの学びたい気持ちを尊重してやってくれ。お前たちはバディなんだろう?」
アドヴェルは黙って俯いたまま。セインは自分の杖を手に取ると、それをジェマに差し出した。
「この武器を、僕が戦える武器にしてください」
「はい、承りました。使いたい魔法は、この杖に付与された魔石の魔法だけでよろしいですか?」
すっかり仕事モードのジェマは、改めて杖をじっくりと観察する。それぞれが強く緑色の魔力の輝きを放っている。まだまだ元気な魔石たち。杖から切り離して新たな武器にすることはジェマにとって心躍る作業だった。
「武器の形はどうしますか? 全てを杖にすると持ち運びにくいでしょうし」
「そう、ですね」
ワンドマスターとしては杖を持ちたい。けれど魔物を前にして杖の持ち替えに手間取れば、仲間の命が危なくなる。
「ジェマさんのもののようなネックレスや指輪にできますか?」
「分かりました。デザインの方はどうしましょうか」
1つずつ話を詰めていく2人。その背中をアドヴェルは眉間に皺を寄せながらも泣きそうな顔で見つめていた。




