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英雄の娘  作者: かおもじ
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見える景色は

 王都に向けて出発してから2時間程経過したが、歩き始めてからは平和そのものであった。



 道中何度かモンスターに遭遇はしたが襲い掛かってくる気配はなく、むしろこちらに気が付いた瞬間逃げるように離れていく事が何度かあった。その様子は自分よりも遥かに格上の相手には襲い掛からない『アビスゲートオンライン』におけるモンスターの生態と類似している様に思えたが、とはいえ油断は出来ない。



 その生態はあくまで『アビスゲートオンライン』におけるものだ。この世界のモンスターが全く同じである保証など何処にも無いのだ。



 油断して何かしらの状態異常でも喰らって死んだ…等という事になれば笑い話にもならない。格上に襲い掛かってこないのはあくまでゲームでの話なのだ。



 ただ、油断さえしなければ積極的に襲い掛かって来るモンスターは多くないという認識を持つこと自体は悪い事ではないだろう。常に四方を警戒して移動するというのはそれだけで神経を擦り減らす。疲弊した所を襲われて…という可能性もあり得るのだ。適度な緊張感を持って移動するのが最適だろう。



 それにレベル差に関わらず襲い掛かってくる魔物は実際に『アビスゲートオンライン』でも一定数存在していた。先程の大羊がその最たる一例である。



 大羊を含めた各フィールドに生息する固有種は周囲の魔物と比べて圧倒的にレベルが高く、周囲の生態系の長とも言える存在であり、自他共に認める王者である。その為、自身のテリトリーに入る者は何人足りとも許さない。例えそれが自身よりも格上の存在であってもだ。



 そう考えると先程の自分はあの大羊のテリトリーを知らずに犯して居たのだろう。気が付いた瞬間にはあの場所に居たのだから防ぎようはなかったのだが。



 またその他にも特別な条件下で襲ってくる魔物も多く存在する為、やはり移動中に完全に気を抜くことは禁物である。



 そう思い気を引き締め直し歩き続けるが、もしここが自身の記憶に在るドミネス高原と全く同じ地形であるならば現在地は王都どころか高原エリアの入口すら程遠い場所である。慎重をきして歩いて来たが、少しペースを上げて行きたいという思いもある。



 「ランニングの練習がてら走ってみようかな…」



 ここまで歩いて来た感覚から、どうやら変に力まなければ通常動作位は問題はなさそうであった。それならランニング位は…そんな思いが芽生え、大きく深呼吸してから軽く一歩を踏み出す。



 しかし、一歩目を踏み出す事を意識し過ぎたのが良くなかった。変に力んでしまったのだ。



 ドンッ!!!っという音と共に一歩で加速したその体は文字通り音を置き去りにし、周囲の風景が高速で流れていく。そんな高速で動く世界でも周囲の様子を自身はキチンと知覚出来ており、動体視力なども上がっているのだという事を改めて認識する。



 「って、それどころじゃない!ヤヴァイィィイイ!」



 加速した体をどうにかして止めたいのだが、どう止めればいいのかが分からない。最悪わざと転べば止まれるのではとも考えたが、そうなれば怪我の有無は兎も角として今着ているこの一張羅がお釈迦になる事は確実である。流石に半裸で歩く趣味はない。



 踵を地面に当てて止める…いや、ダメだこの勢いでそんなことをしてもそのあと吹っ飛んでいくのは目に見えている。考えろ考えろ考えろ…



 そうだ、これだ!


 

 そう思い立ち両膝を軽く曲げた後、全く同じタイミングで地面を踏みつける。それにより上方向に新たに力が加わり、その小さな体が天に向かうロケットの様に打ち出される。


 

 天を貫く一条の矢の如く伸びていったその軌跡は、雲を突き抜ける程の高さに達した辺りで漸くその動きを止める。



 そうして天を貫いた葉月が頂上で見たものは、地平の彼方まで続く雄大な大地の姿であった。



 『凄い…凄い!』



 険しく聳え立つ山々、鬱蒼たる大森林、遥か遠くに見える大海原、あ、王都も見えた。



 眼下に広がる光景に感動を覚える同時に、スカイダイビングをやる人ってこういうのを味わいたくてやるのかなぁ、等と呑気な考えが浮かぶ。



 しかしてこの世界にも重力が存在する事は先程の大羊とのやり取りと、今まさに自分の体が再び敗北を喫してその動きを止めた事で証明されている。



 つまりこの後待ち受けるのは…正しくフリーフォール(自由落下)だ。



 始め下へ下へと向かってグングン加速していくのを感じるが、それでも空気抵抗を受けている事で一定の速度に達し安定した事を感じた。先程自分で加速した時に比べれば遥かに遅い。



 ここまでは予定通り。あとは自分が怖気付く事無く着地するだけだ。



 徐々に近づく地面を前に、先程大羊にかち上げられた時の事が思い浮かび一瞬身を固くする。しかしその残像を意志の力で振り切ると、その両足でしっかりと着地してみせるのだった。



 今日何度目か分からぬ衝撃音を響かせながら着地。体の何処にも痛みが発生しなかった事に安堵しゆっくりと立ち上がる。受け身も取らずに背中から叩きつけられても無傷だった先程の経験から浮かんだ案だったが、どうやら上手くいったようだ。あと着地先に誰もいなくてよかった。



 「ふぅ…」



 大きくため息を付きながら、近くにあった大きめの岩にへたり込むように腰を落とす。



 先程の大羊の時といい、今のランニング失敗といい、途轍もない力だ。とても今の自分に制御出来る類のものではない。これを何とかするためにもやはり王都に早く向かわねば。



 暫しの休憩の後、徐に立ち上がると今度こそランニングを成功させようと試みる。



 先程の経験を活かし大げさに深呼吸をするのではなく、自然な動きで軽いランニングフォームを取り走り出す。


 

 タッ、タッ、タッ、タ…



 どうやら今度は上手くいったようだ。ホッと一息つきながら軽快に走り始める。───そもそも何故ランニング程度でこんなに緊張しなければ行けないのかとも思うが。



 兎も角ペースは上がり、2時間程走った辺りで高原の入り口付近に差し掛かる。山間が近くなり、道から少し離れた位置にはある程度密集した木々も見え始めてきた。



 今の所歩いて来た道程と上空で見た景色を照らし合わせても、ゲームとの地形的な違いは見当たらない。この林の中を道沿いに進み続ければ王都に辿り着くはずだ。



 逸る気持ちを抑えながら、ペースを変えず走り続ける。



 更に2時間程走り続けると道沿いにある小さな小屋と行き先を指し示す看板が目に入る。



 「あれ…あんな所に小屋なんてあったかな?」



 ゲームでは道沿いに小屋など無かったと思うが、どうだっただろうか。そもそもエリア的にはゲーム開始直後のプレイヤーが通る様な場所である。何年もこの道沿いを歩いた覚えはなく、記憶違いや覚えていないだけの可能性も在る。



 何の小屋かと確かめる様に近づくと、どうやら休憩所のようだった。



 高ステータスのおかげか特に体に疲労は感じないが、あくまで体はである。いきなり訳の分からない状況に置かれてハプニング続きの上で更にここまで延々走って来た為、精神的にはかなりの疲労を感じていた。



『少し休憩していこうかな』



 先を急ぎたい気持ちはあるが、やはり精神的疲労を考慮し一度休憩する事にした。



 木造の休憩所の中に入る。すると中には簡素な木造りの椅子と長テーブルが置かれていた。



 バッグの中から道中見つけて取ってきた果物を一つ取り出す。それはリンゴの様な…というか、リンゴそのものであった。



 『アビスゲートオンライン』では、ファンタジー世界のくせに食材や料理は地球と全く同じ名前に設定されていた。手抜きだろうか。…まぁ覚えやすくて良いのだが。



 ともあれリンゴを一口頬張ると、シャリっという音と同時に瑞々しさが口の中に広がる。



『美味しい…』



 『アビスゲートオンライン』でも味覚は設定されていたが、それとはやはりひと味もふた味も違う。地球で食事をするのと全く変わらない口触りが広がり、改めて現実感を覚える。



 そうして二口三口と食べ進めるとあっと言う間に一つ丸々完食する。



 食べ終わった芯の部分はバッグに入れて持ち帰る。日本人的エチケットは地球外に来ても健在である。



 ちなみにバッグは所謂マジックバッグであり、バッグ内は生物以外なら概ね何でも収納可能である。持ち物は全て無かったがバッグだけは服と一緒に腰元に備え付けられていた。これは持ち物ではなくあくまでステータスのアイテム欄と直結しているからと言うことだろうか。



 30分程休憩した後、よッと一声上げながら腰を上げる。



 王都までの移動を開始して約5時間、順調ならあと2時間もあれば辿り着くだろう。


 

 「よぉし、頑張ろ」



 誰に聞かせるでも自らの気持ちを鼓舞する為独り言ち、葉月はその歩みを再び王都へと向けるのであった。

突然アメコミヒーローみたいなパワーを持っても、そんなのいきなり扱えるわけないよねってお話です。


△▼△▼△▼△▼△▼



この度は私奴の作品をお読み頂き誠に有難う御座います。


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何卒宜しくお願い致します!オナシャス!

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