《幕間》その頬を濡らすのは
雨が降っていた
降り出した雨はまるで止む事を忘れてしまった様に
晴れた空を記憶から消し去る様に
シトシト、シトシトと
ただただ、雨が、降り続けていた
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人は過去の出来事をどれほど覚えているのだろうか
どれだけ心に残る記憶でも、いつかは霞が掛かるようにその鮮明さは失われていく
私はどれだけ過去の事を覚えているだろうか
胸の内にあった筈の遠い日の思い出は、今は靄が掛かった様にボンヤリとして思い出せない
それでもあの日、貴方に出会ったあの時だけは
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昔の事は余り思い出せない
気が付いた時には自分は女神様の使徒に仕えるのが仕事に就くのだと、そう教えられていた
それがいつになるのか、どんな人が来るのかは分からなかった
ただ、出来れば、そう出来ればだけれど
なるべく優しい人が良いなって、そんな事を思っていた
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ある日突然呼び出された。
店先に居たのは、とても綺麗な女の人
美しいが何処か幼さを感じさせる顔立ちと、赤みがかった艶やかな髪
どこか太陽を連想させるその姿を、思わずジッと見つめてしまう
そんな私にその人は、優しく手を伸ばしてくれた
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新しいお家に来た
ご主人様は多くを語る人では無かった
何故だか私の口をつくのは同じ言葉ばかりで、ご主人様との会話は余り無かった
でも、それはそんなに嫌じゃなかった
口数は多くなくても、その目はずっと優しかったから
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ご主人様がある日を境に話し掛けてくれる様になった
話の意味は分からなかったけど、これからはいっぱいお話が出来るらしい
大好きなご主人様とお話出来るのが嬉しかった
笑顔で私に話しかけてくれるご主人様の声がとても優しくて
ただただ、嬉しかった
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初めてご主人様が泣いているのを見た
どうしたのか尋ねたけど、何でもないとしか言わなかった
ご主人様の涙を見たのはそれ一度きりだけれど
あんなに優しかったご主人様の目は
その日からずっと悲しみを纏っていた
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ご主人様は余りお家に帰って来なくなった
いつも何処かで冒険をしているらしい
ご主人様が居ないお家はいつもより広く感じて、何だか寂しい気持ちになった
だけど元気を出さなくちゃ
ご主人様が帰って来た時に、笑顔で『おかえり』を言うために
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あの日から世界は変わった
誰もが不安と戸惑いの坩堝に放り込まれた
私の世界も変わってしまった
この部屋の中には貴方の残滓だけが残されていて
ただそれが切なくて
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私も全部忘れてしまえれば良かった
そうすれば一人ぼっちが悲しいなんて思わなかったのに
だけど、忘れ無くて良かったとも思った
きっと私が忘れてしまったら、あの人は1人ぼっちになってしまう
そんな気がしたから
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アレからどれ程が季節が巡っただろうか
待ち人は未だに帰らないけれど、その身の無事だけは信じられた
あの人は誰より、強い力を持っていたから
たけど心配だった
あの人の心は、強く無いと知っていたから
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扉を叩く音が聞こえた
あの日からこの家を訪れる人など、ついぞ居なかったのに
まさか、と思った。期待に胸が膨らんだ
まさか、と思った。諦念が胸を過ぎった
この扉はどちらに繫っているのだろうか
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『ただいま』と言った貴方に、『おかえり』を告げたあの日から
雨の音は聞こえなくなっていた
きっと、雨はもう降らないだろう
だって、私の傍には
太陽が在るから




