各々の戦い
漸く腕の怪我も良くなってきたので、少しずつ再開して行きます!
ルナがその背にマリーを乗せ走り出してから早1時間───その姿は既に王都近くの森の中にあった。
道中大きなトラブルはなかったが…強いて言えば両翼合わせて1メートル程の鳥型のモンスターがマリーを狙って2~3度襲って来た事くらいだろう。とはいえルナのレベルを考えると王都や高原付近のモンスターはナイトメアシープ以外はほぼ相手にも成らない強さのモンスターしか居ない。襲い掛かって来たモンスターも腰に携えた剣の一振りでその全てが地に伏すことになった。
「マリー、もうすぐ街に着くんだけど…家に帰る前にちょっと寄っていかないといけない場所があるんだ。お腹空いてるだろうけど我慢できる?」
ナイトメアシープの討伐を終えた事を報告しないといつまでも街道は封鎖されたままだろうし、エルフであるマリーを見つけた事もギルドには知らせて置いた方が良いだろう。そう考えたルナは王都に着いたらまずはギルドに向かう事を決めていた。
「大丈夫だよ」
昨日の昼から何も食べていないだろうに、それでも大丈夫と伝える健気さに何だかホロリと来そうになるが…視界の端に城門の一部を捉え、王都が愈々近くなった事でその思考を切り替える。
というのも、街の中に入るにあたって一つ懸念事項があるのだ。それは、本来この大陸に居るはずの無いエルフがどういう扱いを受けるのか…という点だ。
似通った種族であるエルフィンもおり、その他にも多様な種族の人間が暮らす世界である。まさか魔女狩りの様な扱いを受ける事はないだろうが…物珍しさに要らぬトラブルに発展しないとも限らない。
「考え過ぎの可能性もあるけど…用心は必要か。───ねぇマリー、さっきの事もあるし安全な場所に着くまでマリーの姿が見えなくなる魔法を掛けようと思うんだけど…良いかな?」
暗に街中が安全とは限らないと伝えている為、余り良い話ではないのだが…余程自分の事を信頼してくれているのか、マリーは嫌がる素振りも無く事も無げに答える。
「ルナがそうした方が良いって言うなら、私はそれでいいよ」
その言葉に微笑みながら頷き、忍術を発動させながら言葉を続ける。
「ありがとう、それじゃあ魔法を掛けたら物にぶつからない様に私の後ろを着いて来て。姿が消えてる間に何かに触れると魔法が解けちゃうから」
そう注意事項を伝えながら『隠形術の壱:隠遁』と『隠形術の弐:無足忍』をマリーに掛けると、その姿は見る間に希薄になっていく。それは忍術を掛けられたマリーの視点からも同様であり、搔き消えた自分の姿に驚きの声を上げる。
「わっ、本当に手も足も見えなくなっちゃった…」
「周りからも完全に見えないし、足音や話し声も聞こえないから触らなければ誰にも気づかれないよ」
改めてそうマリーに伝え目前に迫った王都に向かい再び歩き始める。周囲から認識される事の無い状態のマリーではあるが、術者であるルナはその効果の範囲外である。故にマリーが後ろからちゃんと付いて来ているのも確認できた。
自分にも忍術を使用してそのまま中に入っても良かったのだが、王都から出る際にドミネス高原に向かうという話を衛兵のおじさんにしてしまった。なので余計な心配を掛けない為にも帰って来た姿は見せておいたほうが良いだろうと判断する。
そうしてマリーの歩幅に合わせるようにゆっくりと城門に近づいていくと、門に近づいた所で案の定衛兵のおじさんに声を掛けられる。
「お、帰ったみたいだね。仕事は無事に終わったのかい?」
「はい、無事に依頼を終えて来ました 。おじさんも毎日見張り大変ですね」
世間話半分、本音半分でそう口にする。毎日長時間ずっと見張りの仕事をするというのは自分から見たらかなりの苦行に感じられたからだ。
「なぁに、慣れだよ慣れ。特段変わりがなければ殆ど突っ立ってるだけだし、慣れてくると疲れにくい立ち方ってのも出来る様になるしな。俺からすればモンスターと正面から戦う冒険者の方がよっぽどシンドいと思うがね」
「あ〜まぁ、人それぞれって事ですかね」と生返事を返す。
実際親の残してくれた遺産で生きて来た自分からすれば、毎日しっかりと労働に勤しみ賃金を得ているおじさんは十分尊敬できる存在ではあるのだが、その辺りは各々の認識の違いだろう。
「確かに、何が大変かは人それぞれか。ふふ、さて引き止めて悪かったね。気を付けてお帰りよお嬢さん」
そう笑いながら話す衛兵のオジサンに別れを告げ、門を潜り街の中に入る。すると後ろにいたマリーが初めて見る光景に思わず声を上げる。
「わぁ…人が一杯いて何だか楽しそう」
ほぼ全ての記憶を失っている様子のマリーにとっては見る物全てが新鮮なのだろう。亜人に捕まっていた時ですらそれなりに落ち着いた様子だったマリーだが、今は興奮している様に見える。
「時間が出来たら一緒に街の中も見て歩こうか。取り合えず冒険者ギルドっていう所に向かうんだけど、人が多いから人にぶつからない様に気を付けてね」
「うん!」
散策の約束に対する返事なのか、はたまた気を付けてと言った事に対するリアクションなのか、食い気味に返事をするマリー。まぁその様子を見るに約束の方の可能性が高い気はするが…苦笑しながらまずは目的を果たしてしまおうとその足を冒険者ギルドへ向ける。
冒険者ギルドは大通りに面しており、今いる場所からほど近い場所にある。その為マリーの足に合わせても5分と掛からず到着した。
相も変わらぬその豪華な扉を開けば中も負けず劣らずの豪奢な装いをしており、その様はまるで一流ホテルのフロントの様だ。
その綺羅びやかな見た目に圧倒されたのかマリーが「ふぇ…」と少し間の抜けた声を上げているが、ルナは気にする事無く周囲いを見渡しながら目的の人物を探す。すると先程と同じカウンターにレニィが座っているのを発見した。
向こうもコチラの姿を確認した様で、小さく手を振りながらこっちこっちと合図を送って来る。そうして促されるままカウンターの前に向かうとレニィの方から話しかけて来た。
「ルナ様お疲れ様です。ギルドにお顔を出して頂けたという事は、もしや先刻の依頼を最早達成して頂いたのですか?」
「ええと、ナイトメアシープの討伐は無事達成したんですけど、それとはまた別の問題が起こって、それで副ギルマスにお会いしたいんですけど…」
依頼の達成を報告し、問題が解決した事に一瞬安堵の表情を浮かべたレニィだったが…二の句を告げた私の言葉にいやな予感を感じたのか表情を曇らせるレニィ。とはいえそこはプロの受付嬢の成せる業か、直ぐに表情を整えると落ち着いた様子で対応を続けて来た。
「別の問題…ですか。分かりました、この時間ならまだ執務室に居る筈なので、時間が取れるか確認してみますね」
そう言って直ぐに席を立つレニィ。手持ち無沙汰になりマリーの様子を伺うと、マリーはまだ落ち着かない様子で周囲をキョロキョロと見回していた。その様子を微笑ましく思い眺めていると、レニィがカウンターの奥から戻ってくるのが目に入る。
「大変お待たせ致しました、副ギルマスがお会いになるそうです。さっそくご案内を…と言いたいのですが、その前に討伐したナイトメアシープを確認させて頂きたいのですが宜しいでしょうか?」
「あぁスミマセン!そうですよね、討伐したって私が言っても証明する物が無いとダメですよね!」
「勿論依頼はしっかり達成して頂いたと思っていますが、確認をしないと事務処理が出来ませんので申し訳ありません…それにマジッグバッグをお持ちのルナ様ならば死体の一部とかではなく丸ごとお持ち帰りですよね?」
「あ、はい。全部丸ごと持ってきました」
「であればまたギルドで解体する流れかなと思いまして、それも含めての…という事です」
そのレニィの言葉通り、2体目のナイトメアシープもギルドに解体を依頼するつもりだったルナとしてはそれはありがたい申し出であった。
「では、解体所までお願いいたします」
そう言って歩き出すレニィの後ろをついていき、午前中にも訪れた解体所に再び足を運ぶ。夕方という事もあり一仕事を終えた冒険者が素材を沢山持ち込んでいそうなものだが、午前中とそれ程様子は変わらず思いの他空いているスペースが見受けられた。
「昼前に副ギルドマスターがお話していたかと思いますが、最近は王都に居る冒険者が少なくなっている影響もありまして…大物が運ばれる事も少なく場所は空きがちなんですよね。そうですね…あちらの区画にお願いいたします。」
そうして指定された場所でナイトメアシープの亡骸をマジックバックから取り出す。
改めてその姿を見ると、やはり昨日のナイトメアシープより一回り大きいように思われる。それは他の場所で解体作業をしていた職員も同じように感じたのか場の空気がざわつくのを感じる。午前中に運び込まれた巨大なナイトメアシープよりもさらに大きい上に、動体の部分がポッカリなかった先程の物とは違い頭部以外はほぼ無傷のナイトメアシープである。
それを今から解体しなければいけないという現実に絶望し、「マジかよ…」「今日は定時上がりだと思ってたのに…」等、少なくない数の怨嗟の声が聞こえて来た。
そんな声に思わず苦笑するルナだが、解体担当の職員の声など意に介していない様子のレニィは笑顔で対応を続ける。
「ギルドに届いていた目撃情報とも特徴が一致してますし依頼した討伐対象と確認しました。改めて、ありがとうございます。それでは副ギルマスも待っているでしょうし、事務的なお話は後にして先にご案内させて頂きますね!」
そう言ってルナを連れ解体所を後にレニィだが、その後ろ姿を恨めしそうに見つめる解体担当の方に視線を送る事は終ぞ無かった。
労働とは戦い…!
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