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英雄の娘  作者: かおもじ
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雨の中の絶望

 少女が意識を手放してから間もなく、先程までの快晴がまるで嘘の様に周囲は曇天に包まれていた。頭上を厚く覆った雲は次第に雨粒を呼び、その体を地面に投げ出し意識を沈めたままの少女と周囲の地表を境界無く濡らしていった。



 気を失った状態で雨ざらしになる事を幸いに感じる人はいないだろうが、しかしてその全身を打つ雨粒の冷たさが少女の零れ落ちた意識を取り戻す切っ掛けになったと考えれば、一概に不幸とも言い切れない所だ。



 生来寝起きの良い少女ではないが、体全体で感じるその冷たさは直ぐの覚醒を促し意識を失う直前までの思考をなぞらせる事に成功する。ゆっくり目を開けながらその顔を上げ、次いで体を引き起こしながら周囲の景色を見渡す。



「うぅ…冷たい………今度は場所は変わってないか」



 意識を失ったあといきなりこの場に倒れていた先程の経験から、目を覚ましたらまた違う場所に飛ばされるのではないかと警戒したが…周囲の景色は気を失う前に見ていたものと相違はなく、どうやら今回は違ったらしい。であれば先程想像していた通り今いるこの場所はドミネス高原なのだろうか。



 ゲームの景色と酷似している以上、やはりここはゲーム内エリアの様に思える───そう考える一方でこの全身を打つ雨粒の冷ややかな感触と雨濡れの草花から香る匂いは正に現実そのものであり、とてもゲームだとは思えない。



 ここはあくまでゲームの中だと自身の常識は主張するが、それと同時に自らの五感はここが現実だという主張を譲らず、結果両者が鬩ぎあいを始め決着を見ない。



 そんな自らの中で意図せず始まった争いに対して、天秤を傾けさせるヒントはないかと考えていた時、ハッと一つのことに思い至る。これがゲームなのかそうではないのか、簡単に確かめる方法が一つあるではないか。



『ステータスオープン』



 ゲーム内ではお馴染みの仕様。これでステータスが開けばここはゲーム内、開かなければゲームに良く似た何か。どちらに転んでも状況を把握する為の手掛かりにはなる。



 そう考え言葉を発すると同時に自身の目の前にホログラムの様な映像が映し出される。何度見たのかも分からぬ程に見慣れたゲーム内でのステータス画面だ。



『ステータスが開いた…やっぱりゲーム…?』



 そう口に出しながらステータス画面を上からスクロールしつつ流し見していくうちに重大な事に気がついた。



「ログアウトが───無い」



 本来ステータス画面内に表示されるはずのログアウトの項目が見当たらないのだ。いや、よくよく見るとログアウトの項目以外にもステータス画面には様々な異変が見られていた。



 ゲーム内でのミッションやクエストに関する項目が黒く塗り潰されたようになっております、確認する事が出来ない。それ以外にもゲーム内のオプション等いくつかの項目がそもそも初めから存在しなかったかのように消えている。



「ステータスが見れるってことはやっぱりここはゲーム内で、ステータス画面がおかしいのはアプデか何かの影響でバグってるから…?」



 ステータス画面に明確に異常は見られるが、開く事は出来た事実を踏まえるとゲームの中で何かしらのイベント、或いはバグが起こっているのだろうか。そんな事を思いつつステータス画面を覗き込みながら一人うんうんと唸っていた少女であったが突然周囲が暗くなった事に気が付き小さく声を漏らす。



「あれ?」



 雨は依然として降り続けており、その勢いはどんどんと強まっている。一瞬雨が強まり雲に厚みが増したせいかとも考えた少女だったが流石にこれほど突然暗くなるという事があるのだろうか。不思議に思いつつ軽く視線を上げてみるが、分厚い雨雲が空を覆っている景色に大きな変化はないように思われた。



 前方の景色に変化はない───変化があったのは前ではなく自分の背後であった。



 (何かいる…!)



 今までなぜ気が付かなかったのかと思うほどの距離に何らかの気配を感じる。



 「……………」



 背後のナニカは身動ぎもせずジッとしていたが、背中越しに感じる息遣いはその存在を強く主張している。後ろを振り向く勇気が沸かず確認した訳ではないが…かなり大きい生き物な気がする。



 理由を挙げようと思えば上げる事は可能だろう。

 突然草原の真ん中に放り出されているという訳の分からない状況に対する混乱。

 霞が掛かった様にボンヤリとしている思考回路。

 考え事を始めると周囲への注意が散漫になるという生来の悪癖。

 先程から降り続くこの強い雨。

 それら様々な要因が重なりあい少女は背後の『ナニカ』に対して、これ程の接近を許してしまったのではないだろうか。

 或いは、意識を取り戻した時点で既に近くに居たのかもしれない。



 いずれにせよ接近を許してしまったという現実は変わらない以上どうしようもない。問題はこの後どうするかを考えるべきだが…少女は何も出来ずに固まっていた。



 そもそもゲームであれば後ろに何が居ようと大した問題ではない。ゲーム内の敵ならば倒せばいいだけではないか。ステータスが表示された事を考えればここがゲーム内である可能性は極めて高いのだから…

そう自身に言い聞かせようとするが、背後から感じるプレッシャーがその考えを肯定させてくれない。



 それはここがゲームだと一度は結論付けかけた天秤を反対側に傾けてしまうほどであった。



 背後から感じるその余りに強いプレッシャーに身動きが出来ず固まってしまった少女。それに同調するかの様に背後のナニカも動く気配がなく、その不気味さがより一層少女の精神を削る。



 決して長くはない、しかし途方も無く長く感じる時間の中での逡巡。



 振り返った時に目にしてしまうであろうモノに対する恐怖と、背後に居るナニカを確認せずに居る事に対する不安がせめぎ合い、幾許かの時間が経過した後、少女は遂に後ろを振り返る決意をする。



 鉛の様に重たい体に鞭を打ちながらゆっくりと首を後ろに回す。そうして視線を運ばせたその先に居たもの、それは───異様とも異形とも言える大きさに、全身を黒い毛に覆われた『怪物』であった。

この度は私奴の作品をお読み頂き誠に有難う御座います。


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