王子様の側近候補 後編
突然強大な力を手に入れた未熟な子どもに、亡霊が聞こえのいい言葉を囁いた。
みんなが幸せになる、と言われたジェニファーは、その気になってしまった。悪意は、多分皆無だった。
同情の余地は、無くは無い。
アイスクリームの食べ過ぎで腹を壊す少女を見ていると、そんな気になってしまうから恐ろしい。
「したわ。そんなのアリシアも喜ばないってみんなに言われた」
また「みんな」か。
小さな頃から寝たり起きたりを繰り返していたジェニファーは、同じ年頃の少女よりも情緒が幼いのだ。
だから簡単に亡霊の思惑に乗り、大人に説教されたらすぐに反省する。
こんなのがエルヴィラを上回る魔女になるかもしれないといわれているのだ。恐ろしい。
「ふーん。で? 兄貴に駄目って言われたのに、勝手に来たのか」
「……キヨに、謝りたくて。みんな駄目だって言って会わせてくれないけど、悪いことをしてしまったから」
ずいぶん勝手な王女様だ。
「姉ちゃんには会わせねえよ」
そんなの田舎のヤンキーと同じだ。
悪いことをして人を傷つけ、自分の都合で謝って、被害者を追いつめる。赦さざるをえない状況に追い込む。赦せない自分が悪いのかと悩ませる。
「でも」
「まだ早い。分かれよ。分かんねえなら尚更会わせられない。俺は杉田清乃の弟として、あんたを姉に会わせるわけにはいかない」
「………………はい」
素直だ。怖。
「んで? 兄貴を追いかけて来てアイス喰って腹壊したのか」
アホだ。誠吾も賢くはないが、それ以上のアホの子だ。美人なのにもったいない。
「……ユリウスの現在地を目掛けて跳んできたの。でも見つかったら怒られちゃうでしょ。キヨがひとりになるのを待ってたんだけど、ユリウスがずっとべったりしてるから。隠れて待っていたら親切な方がアイスクリームをくださって、一緒に食べながらおしゃべりしてたの。わたしこれまでアイスなんてほとんど食べさせてもらえなかったから嬉しくなっちゃって」
ナンパされている。そのことに気づいていない。怖。
その「親切な方」、金髪美少女ナンパに成功したと思ったら、お腹痛い、と消えられてぽかんとしただろうな。可哀想。
病弱なら自分の胃腸が弱いことくらい忘れるな。
「ちゃんとお礼言ったのか」
「言ったわよ。失礼ね。お手洗いに跳ぶのも、ちゃんと隠れてからにしたわ。……でもちょっと間違えちゃったみたいで、気づいたときには外に人がいて出られなくなっちゃって、具合が悪くて跳ぶこともできなくて。近くにいたセイを呼んで来てもらったの」
「何してんだ」
色々意味が分からなくて、細かくツッコむ気にもなれない。
「ありがとう、セイ。助かったわ」
「もう帰れよ」
ちょっと買い物してくる、とメールしておいたが、誰かが探しに来ないとも限らない。
「……うん」
ジェニファーは無いよりはマシだろうと誠吾が提供したままのシャツを肩から外した。
上品で高そうな半袖ワンピースから伸びる腕が細い。
(十五歳。高一かあ)
誠吾のふたつ下だ。
目の前にいるのが後輩女子と仮定してみれば、しょんぼりしたまま帰すのが可哀想な気がしてきてしまう。
魔女なのに。
赦されないことをした悪い奴なのに。
「…………おい。センパイがジュース……は今はダメか。日本っぽいもん買ってやるから、なんか選べよ」
「セイ?」
「せっかく来たんだからそのくらいいいだろ。その代わりもう二度と来るなよ」
かよわい身体に強大な力を持って生まれたジェニファー。そのために寝込む期間が長く、甘やかされ幼いまま放置されてしまった。
そのため、初めてできた友人に傾倒しすぎ、狡猾な亡霊に簡単に操られてしまった。
彼女が悪くないわけではない。それでも同情の余地は無くは無い、とやっぱり思ってしまう。
その過酷な運命を背負うには、誠吾の眼に彼女は弱過ぎるように見えるのだ。
誠吾は自分には関係ない、と眼を逸らし姉共々逃げることを決めた。
ジェニファーにはその選択肢が与えられないのだ。
少しばかり、同情するくらいしてやってもいいだろう。
「なんで? 怒ってるんじゃなかったの?」
「笑ってる」
「! 笑ってないって言ったじゃない!」
「いや、だって無理だろ。我慢できねえ。アイス喰いすぎってコドモか」
顔を真っ赤にして怒る姿は、美形すぎるのが玉に瑕だが可愛らしい女の子にしか見えなかった。
ジェニファーは案外うきうきと雑貨屋で扇子を選んだ。
誠吾は、くそ、思ったより高えの選んだなこれだからセレブは、との文句を飲み込んで支払いを済ませた扇子を渡してやる。
(バイト代月末振込一万二千円バイト代月末……)
……月末って夏休み終わるじゃん。
まあいいか。どうせ今年も部活だけして終わるのだ。ああ。今年は部活と受験勉強、か。小遣いを使う予定はない。
エレベーターでもエスカレーターでもなく、建物の端にある階段なら人目は避けられる。
誠吾がジェニファーを誘導して歩いて行くと、階段の途中に魔女が立っていた。
「…………エルヴィラ」
新米魔女が姉の名を呼んで冷や汗をかく。
勝手に日本まで跳んだことがバレてしまった。叱られる、と思っている。
「セイ、また迷惑をかけてしまったな」
誠吾は驚かなかった。魔女にメールしたのは彼だからだ。
テレパシーなんか出来なくても、携帯電話があれば外国にいる人とも連絡が取れる。
「いえ。来てくださってありがとうございます」
「ジェニファー、それはセイに買ってもらったのか」
優しく声をかけられたのが意外だったのか、ジェニファーはおずおずと頷いた。
「……うん」
「よかったな。セイ、ありがとう」
「別に。遊ぶだけでへーかにバイト代もらえることになったから」
なんとなく言い訳染みてしまう誠吾に、エルヴィラは柔らかく微笑んだ。
「そうか。ジェニファー、帰るぞ」
「……はい。セイ、あの、ありがとう。色々」
「じゃあな。暑くても腹出して寝るなよ」
「! 出さないわよ。意地悪」
誠吾がヒラヒラと右手を振ると、似てない魔女姉妹の姿が消えた。
「…………あーつっかれたあ」
首を回しながら踵を返すと、長身のイケメンと眼が合った。
「おつかれ」
うわあ、だ。ひどい大人が登場した。
「気づいてたんなら早く来てくださいよ。あれフェリクスさんの従妹でしょ」
「そうしようとおもったら、あいつがよろよろトイレにむかっていくから。とめたらかわいそうだろ」
そこから見てたのか。ほぼ最初から。
「その喋り方やめてくださいよ。聞き取りづらい」
フェリクスは海で、下手な日本人よりも正確に日本語を操っていた。普段の違和感のある抑揚は演技だったのだ。
「おれはユリウスほどしゃべれない。きちんとはつおんするにはきあいがひつようだ。セイもそうだろ。えいごをしゃべるときはいろいろきにしてしゃべってる」
気を抜いたら「はろー」だが、英語を喋る、と意識して発音すると「hello」になる、ということか。
「……そんなもんすか?」
「ああ。このほうがらく」
胡散臭え。
「…………ふーん」
「あとにほんごがわかることがバレたら、キヨのののしりかたがひどくなる」
「今でも結構ひどいこと言ってますけどね」
「そうおもうならとめろ。セイのあねだろ」
やり返された。身内だからと責任を押し付けられたらたまらない。
「無理っす」
ゲームコーナーに戻ると、そこには誠吾とフェリクス以外の全員が揃っていた。
アイスを食べながら興味無さそうにゲーム機を眺めていた清乃が、壁際の椅子に座ったまま弟を見上げる。
「ん」
差し出されたのは、千円札。
「何。アイスのおかわり?」
パシってこいってか。丈夫な腹だなあ、おい。
縦横のサイズはほぼ同じなのに、病弱魔女とはえらい違いだ。
「お土産代。半分負担してあげる」
「…………見てたのかよ」
清乃に会わせたら駄目だと頑張った弟心を無にしやがって。
ユリウスが申し訳無さそうに、横から携帯画面を見せてくる。
英文だ。ジェニファーが男とアイス喰ってる。なんで?
メールの送信者はフェリクス。
「ジェニファー様を見失ったってフェリクスが言うから探してたの」
それで陰から見てたのか。焦る誠吾を見てみなで笑っていたと。
「……半分に足りねえ。あいつ庶民の小遣いの相場知らねえだろ」
仕方ないな、と清乃は財布からもう一枚紙幣を取り出して寄越してきた。
大学生は金持ってていいな。今回のアルバイト代、だいぶもらうことになってるらしいし。
そりゃあ清乃は色々手配したり車運転したり買い出しして食事の用意したり……あれ、額が違っても当然か。誠吾は遊んでいただけだ。
しかもその金は彼女の純粋な小遣いではなく、生活費になるのだ。
前言撤回。大学生大変そう。
来年からは、自分もこんな風にやっていけるだろうか。
そもそも大学受からなきゃ大学生になれないな。絶対一人暮らししたいから頑張らねば。一人暮らしは大変そうだけど、その自由さが羨ましい。
「ジェニファー様喜んでたね」
「……なんだその感想。姉ちゃんあいつに」
「その話は決着ついたじゃん。そもそも全部未遂だったし。立ってるだけで犯罪者みたいなフェリクスがしれっとしてるんだから、あの娘だけ責めたら可哀想でしょ」
おいセイ、止めろ。とフェリクスが視線を寄越してくる。
だから無理っす。と誠吾も無言で返す。
だって、確かに、と思ってしまった。
このひと、ほぼ正気なときに清乃を攫っているのだ。彼女が何故平然と接しているのか不思議なくらいのことをしている気がする。
「……あいつ、姉ちゃんに会いに来たんだって」
「ふーん。あんな美少女とプリクラ撮ったら合成写真みたいになるかな。ちょっと撮りたかったかも」
なんだよそれ。
高橋のことは忌み嫌っているくせに。
「それでいいのか」
ユリウスも戸惑っている。
「だってジェニファー様美少女だし」
女に甘い。おっさんか。
「なんだよそれ……」
最後まで問題は起こったが、アッシュデールの人々を全員空港まで送り届けてきた。
誠吾は清乃の運転するレンタカーで適当な駅まで送ってもらった。
卒業式済んだら免許取ろう、と決意を新たにしながら助手席のドアを開ける。
「じゃあね。またお盆には帰るから」
「おー」
明日からまた部活だ。
楽しかったな。地元以外の海。
姉の交友関係に混ざるとか、小学生以来のことだが陽気で楽しい連中だ。
王子様の側近候補たちは清乃の知人、むしろ誠吾の友達という位置付けになっているらしいし。
(……ん?)
まさか俺も候補に入れられてるとか。
……ないよな。
清乃のついでというには、繰り返し勧誘されている気がしてきているが。
気のせい、だよな。
車を降りる途中で固まってしまった誠吾を、姉が訝しげに見ている。
「どうした。早く降りてよ」
「……姉ちゃん。油断すんなよ」
「何よ急に」
「俺は魔女の国になんか、もう行きたくないからな」
夏の空に誓っておくか。
宣誓!
わたし、杉田誠吾は、時に卑怯な手を使うことも厭わず、力いっぱい抗って、最後まで日本で生き抜くことを誓います!
王子様の側近候補になんか、絶対なったりしない!
「王子様の側近候補」なんとか前中後編で収まりました。




