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王子様の側近候補 中編

【セイが嫌そう】

 ずっと微妙な表情でいる誠吾にノアが気づいた。

【嫌だよ。身内のそういう話。言ってるだろ】

【だから気ぃ遣ってんじゃん。セイの前ではキヨの水着の感想言ったりしてないだろ】

【意外とオスカーがツボだったらしいけど】

 なんでだよ。遊び人キャラを守れよ。

【だって可愛かったじゃん。出し過ぎないのがキヨっぽくていいっておまえらも】

 結局言うのかよ。

【だからヤメロ。一緒にビーチバレーした女子高生三人のが美人だったしスタイルも良かったろ】

【まあ確かにな。ユリウス目当て丸出しだったけど】

 すーっと身を引いて清乃にまとわりつきに行った美形を悔しそうに見ていて、可哀想になったものだ。モテる男は寄ってくる女を躱すのが上手い。

 ユリウスは清乃の特別でいたいから、彼女に他の女といるところを見られたくないのだ。

【セイは意外と派手な()が好き】

【いーだろ別に】

 中三のときの初カノジョは清楚系だった。たった一週間でよく分からないままフられた後に、派手めギャルの優しさに触れて宗旨替えしたのだ。

【姉とは違うタイプがいいのか】

【普通そうだろ。おまえらがどこを見てアレをカワイイ言ってるのか俺には理解できないし】

【ユリウスはこのカオだろ。隣に並ばされる女の子可哀想じゃん。だから俺ら、ユリウスの相手には美人綺麗可愛い女神だって言い続けてあげようって決めてて】

 ユリウスが微妙な顔になって友人たちを見る。どうやら初耳らしい。

【だからおまえら、アレをそんなに持ち上げて】

 納得してしまった。なんという忠誠心だ。あれ? なんか違うな。騎士道精神? まあとにかく、さすが側近候補。

【それもあるけど、でもキヨ普通に可愛いじゃん。なー、ロン】

【うん】

【そうそう。カワイイ。好き】

 可愛い言い続けて自己暗示にかかったか。チョロい奴らめ。

【ノアは女子見たら九割方可愛い言うからな】

【うちの学校、大体みんなそうだろ】

 男子校育ちめ。

 共学の誠吾も似たようなものだからあまり言えないが。

【残りの一割が気になる】

【カタリナ系女子】

【ああ。可愛いじゃなく綺麗系】

【怖い系だよ。もしくは魔女系。アッシュデールの女子、十人にひとりはあんな感じだ】

 そんなにいるのか。

【キヨは見た目も可愛いけど、ちゃんと自分を持ってるところがいい。素敵な女性だと思うよ】

 弟の眼から見ると自分を持ち過ぎている感もあるが。

 マシューの意見はやっぱり大人だ。



【俺もう聞きたくない。トイレ行ってくる】

 グループ内に女ふたりしかいなくて、そのうちひとりが鬼教官なのだから、チビ女に視線が集まるのは仕方ないこととは思う。だがやっぱり居心地が悪い。

 彼らは本人がいる場では紳士的な態度を崩さなかった。陰で噂するくらい、誠吾もしている。クラスのあの娘はどうとか、何組の誰それはどうとか。

 身内って面倒臭い。

 もう次からは誘われても、姉も一緒なら断ろう。

 ……というわけにもいかないか。ちゃんと見張っとかないと、あの連中は清乃に何をするか分かったものじゃない。

 黙って連れ去られても困るし、地球防衛軍に入隊させられても困る。

 そんなの両親が黙っているわけがないし、そうなれば誠吾も無関心を貫くわけにはいかない。受験生なのに。なんとしても阻止せねば。

 ダラダラ歩きながらトイレマークの表示を見上げる誠吾の視界の端に、白いワンピースが映った。


「……ん?」

 細めた目で白いヒラヒラを反射的に追う。

 七分袖、絞りのない膝下丈のワンピース。誠吾はレディース服には詳しくないが、多分流行りとは無関係な形だろうと思ったあれ。

 あの娘だ。

 また後ろ姿。だけど初めて明るいところで見た。

 誠吾は吸い寄せられるように少女の背中を追った。


(……って目的地同じか)

 少女はトイレマークの下を曲がっていった。

 急いで後を追ったら痴漢扱いされかねない。仕方ない。さっさと用を済ませて、近くの店を見ている振りでもしていよう。

 明るい髪の色をしていたな。着ているものはギャルでもヤンキーでもなさそうだったが。

 誠吾ははやる心を抑えて男子トイレに入った。

 先客はふたり。うちひとりは個室だ。

 誠吾が手を洗うときには、トイレ内には彼と個室内の人物しかいなかった。


 その見えない人物が立てる音が、突如響いた。

 がんっ どさっ

(どさっ?)

 え、倒れた?

 よろけて壁にぶつかり、そのまま倒れた音に聞こえた。

 思わず周囲を見渡すが、誰の姿もない。

 間違いない。音はひとつだけ閉まっている個室内で起きた出来事によるものだ。

「えええ……? あのっ、大丈夫ですかっ?」

 遠慮がちにノックしてみると、再び中からがたんと音がした。

「あのっ、人呼んできましょうかっ」

 しまった。ひとりで来るんじゃなかった。

 ふたりいたら、看護役と人を呼んでくる役とに分担できたのに。

 突然のことに慌てる誠吾の前で、ドアが細く開いた。よかった。鍵を開けるだけの余力はあったか。

 内開きのドアから出て来るであろう人物を支えようと待ち構えていた彼は、そのままの姿勢で固まった。


 体調不良者。

 敵。

 外国人。

 魔女。

 白金髪。美少女。

 恐怖。混乱。動揺。困惑。


 ジェニファーが蒼白の顔で倒れかかってきた。

「どうしろと」




 どうするもこうするも、弱っている歳下の女の子を放っておくわけにはいかない。

 相手が魔女だろうと敵だろうと、男子トイレの個室に放置して逃げるほど誠吾は非情にはなれなかった。

 とりあえず場所が悪い。

 いくら世界に誇る日本の清潔なトイレだろうと、男子トイレに女子はまずい。

 誠吾はジェニファーの足がわずかに浮く程度に持ち上げると、人が来ないうちにと急いで運び出した。

 細い柔らかいいや待て落ち着けこんなの姉ちゃんとほぼ同じだ大したことねえこいつ魔女だからいい匂いとかありえねえやめろほらトイレの芳香剤のにおいも混ざってる。

 誠吾は混乱したままトイレ横のベンチにジェニファーを座らせた。力なく倒れかかる少女を押し退けることもできず、仕方なく支えてやりながらズボンの右ポケットから携帯を取り出す。


「……セイ?」

「ちょっと待ってろ。兄貴呼んでやるから。しっかりしろよ」

 ジェニファーは身体が弱いのだとユリウスが言っていたことを思い出す。

 何故日本に、とか何故男子トイレに、とか、今はとりあえず置いておくしかない。

「…………だめ。よばないで」

 弱々しい手に縋りつかれて懇願されても、誠吾は構わず携帯を開いた。

 こいつは魔女だ。春先にわけの分からん理由で姉を害そうとした敵だ。専門家に引き渡す必要がある。

「死にそうな顔して何言ってんだ。……おい離せ」

「おねがい。またおこられちゃう。ちょっと休んだら帰るから」

 携帯を持つ手を両手で引っ張られたら、潤んだ瞳を見ざるをえない。


(……くそっかわいい)

 馬鹿じゃねえの何が可愛いだ相手は魔女だぞしっかりしろ。

 必死で自分に言い聞かせるが、抗えなかった。ちくしょう魔女め。

「…………三分だけ待ってやる。それまでに回復して帰れ」

 ふるふると力無く首を横に振るジェニファー。その動きに合わせてサラサラの白金髪が肩からこぼれ落ちる。

 姉ちゃん助けて美形の顔面鷲掴みにする精神の鍛え方を伝授してくれまじで頼む。

「三十分。お願い。それだけ休んだら動けるようになるから」

「……どこか悪いのか」

 ジェニファーの元から白い顔に赤味はなくなり、脂汗が滲んでいる。

 彼女は浅い呼吸を繰り返しながら目に涙を浮かべた。

(勘弁してくれ)

 俺は何もしていない。

 誠吾は誰にともなく心中で主張しながら、Tシャツの上に羽織っていた前開きシャツを脱いでジェニファーの頭から身体の上半分を覆ってやった。

 こんなキザ男みたいな行為、人生初だ。好きでやるわけではない。

「臭いとかキモいとか言うなよ。あんたのアタマ日本では目立つから」

 長いプラチナブロンドを隠せば多少は注目されることを避けられる。苦しむ姿を通りすがりの人間に見られるのも嫌だろうし。


「…………ええ。ありがとう」

「で、どこが悪いんだ。病院か薬が必要なら」

 再び首振り。

 繊細な身体に慣れない薬は危険か。飲み合わせとか気にしなきゃなんだっけ。分からん。

「………………お、おなかが」

 腹。女の事情的なヤツか。誠吾の手には余る。

 一応姉はいるが、彼女が生理痛で苦しむところは見たことがない。対処法が分からない。

「悪い。俺じゃ役に立てない。ユリウスが駄目ならカタリナ呼んでやろうか」

「……ちがうの。あの、…………アイスクリームがおいしくて」

「アイス」

 それは美味いだろうよ。夏だからな。

「……それでつい」

「………………女子トイレはあっちだ」



 魔女も腹を壊すのか。

 美人もアイスの喰いすぎでトイレに駆け込みたくなる日もあるのか。

「……そんなに笑わないでよ」

 ジェニファーが血色を取り戻しすぎた顔を俯かせてぷるぷるしている。

 なんだ怒ったのか、魔女。こええな。

 ああ違うか。恥じらってんのか。魔女のくせに。

 自分のキャラをしっかり守れよ。美魔女、は意味が違ってくるか。美少女な魔女っ子キャラ。

「笑ってないだろ」

 ちゃんと我慢している。

「うそ」

「笑ってない。魔女だって生き物なんだから、喰えば出るのは当然だろ」

 冷たいものを食べ過ぎて腹を壊すのは子どもだが。まあまだ十五歳だし。

「やめて!」


「あんたなんであんなとこにいた、ってかなんで日本にいるんだ」

 まだ清乃をどうこうするつもりで追って来たというなら、……どうしよう。

 どうすればいいか分からないが、とりあえず保護者にチクってやる。

「……ユリウスが日本に遊びに行くって。わたしも行きたいって言ったのに、駄目だって」

「そりゃそうだろ」

 卒業旅行に妹を連れて行くわけがない。

 幼児のような我儘を言ったものだ。だから腹も。

(やべえ笑える)

「……だって。あれからみんなにいっぱい叱られたの。わたしがしたのは悪いことだって。現世の魔女が亡霊に操られるなんて、自覚がないにも程があるって」

 怒られポイントが微妙だが、まあ説教されまくったうちの一部なのだろう。

 それだけで済んだのは、清乃の機転と温情のおかげだ。狙われたのが彼女でなければ魔女の目的は達成され、ジェニファーは今頃国内で犯罪者として扱われていたはずだ。

 人々に尊敬される善き魔女エルヴィラとは対照的に、悪い魔女として一生幽閉されるところだったと聞いている。

「それで反省したのか」

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